ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

白いアジサイとО.ヘンリー

2019-07-24 11:39:30 | 
梅雨が長引いている今日この頃、あちこちで白いアジサイを見かける。
アナベルという名前がついている。
それを見るたびに思い出すのは、О.ヘンリーの短編「甦った良心」だ。
ちょっと、そのわけを聞いて下さい。

ジミー・ヴァレンタインは、腕利きの金庫破り。ムショから出て部屋に戻ると、警察が家宅捜索しても見つけられなかった大事な七つ道具の入ったカバンを取り出す。
彼はまたもや仕事を再開。性懲りもなく3度ほどあちこちで金庫を開け、資金を貯めると、列車で遠い町に向かう。高飛びはいつものことだった。
列車を降りホテルに向かって歩いていると、一人の若くて美しい女性が歩いて来た。
彼女は通りを横切り、角で彼のそばを通ると、「エルモア銀行」と書かれたドアの中へ入って行った。
ジミーは彼女の瞳を見た瞬間、恋に落ちてしまう。
彼女の方は彼を見て少し頬を染めた。彼は若くておしゃれで、一見、スポーツをやる、帰省中の大学生風。こういう田舎にはあまりいないタイプなのだ。
彼は近くにいた男の子に、さりげなくたずねる。
「あれはミス・ポリー・シンプソンだよね?」
するとガキは「ちがわい、あれはアナベル・アダムスだよ。この銀行はあの人のお父さんのだよ」と答えた。

この日、彼は決めた。
金庫破りの稼業はきっぱりやめ、この町でまともに生きて行こうと。
そしてラルフ・某と名前を変えて情報収集し、靴屋を開き、成功。
あの時運命の出会いをした彼女とも親しくなり、彼女の家族にも快く受け入れられ、ついに婚約。

そしてもうすぐ結婚式という日。
彼とアナベルの家族が銀行に集まっている時、彼女の幼い姪っ子が最新式の金庫に閉じ込められてしまう。
その子の命を助けることができるのは彼しかいない。しかも彼は、偶然そこに例の七つ道具を持参していた。
だが、その場には婚約者とその家族がいる。
そんなことをすれば、隠していた自分の過去が明るみに出てしまう。

子供の母親(アナベルの姉)は半狂乱、祖父(アナベルの父)もどうすることもできず、取り乱すばかり。
そんな中、ジミーをひたすら愛し尊敬しているアナベルは、彼にできないことはない、とでも言うように、彼に言う。
「何とか助けられない?ラルフ?」
彼は、奇妙な笑みを浮かべて、アナベルに言う。
「アナベル、あなたの胸に刺している、そのバラを僕にくれませんか」
彼女はわけが分からないまま、バラの蕾を取って彼に手渡す。
彼はそれを大事そうにベストのポケットにしまうと、上着を脱ぎ、腕まくりしてみんなに言うのだった。
「さあ、皆さん、どいて下さい。」・・・!
そして彼はかつての手慣れた仕事に取りかかる。いつもそうしていたように、軽く口笛を吹きながら。
10分後、子供は無事に助け出された。これまでの彼の記録を破るタイムだった。

この後、彼を追って来た刑事とのひとくさりがあるのだが、それはここでは省略。

О.ヘンリーは、さすが短編の名手。一行も、いや一語も、無駄なところがない!
ちなみに、この話を、赤塚不二夫がチビ太を主人公にしてマンガにしたのを、偶然テレビで見たことがある。
それも、涙無しには見られない感動的な作品だった。

というわけで、白いアジサイ(=アナベル)を見るたびに、この話を思い出して胸がキューッと締めつけられてしまうのでした。

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「オレステイア」

2019-07-11 22:40:05 | 芝居
6月11日新国立劇場中劇場で、ロバート・アイク作「オレステイア」を見た(原作:アイスキュロス、演出:上村聡史)。
日本初演。
オレステスの父アガメムノンは戦争の勝利のために娘イビゲネイアを生贄として殺害する。妻クリュタイメストラは、凱旋を祝ったその夜、自らの手で娘の仇である夫を
殺す。そしてオレステスもまた・・・。裁判にかけられたオレステスは、トラウマで混乱しながら、かすかな記憶をたどり一連の悲劇を振り返る(チラシより)。

3部構成。休憩が20分ずつ2回入る。
第1幕
オレステス(生田斗真)が客席から登場。早くも右手が血まみれ。

驚いたことに、本当にチラシにある通り「換骨奪胎」だった。ほぼすべてのセリフを作者アイクがゼロから書き起こしている。
それはそれで面白いし、こういうのを作りたいという欲求はよく理解できるが・・。

アガメムノン(横田栄司)は、長女イビゲネイアをいけにえとして殺せばこの戦争(トロイ戦争)に勝利できる、という神託を受け、衝撃を受ける。弟などから説得され、
激しく抵抗するものの、万策尽き、ついに折れて娘殺害を決意する。妻クリュタイメストラ(神野三鈴)は、夫が夜中にうなされ、うわ言に「支払いは子供」と言うのを
聞き、夫を問いただす。神託のお告げと彼の決心を知ると彼女は激しく怒り、夫と争う。しまいに彼女は「私は・・・計画を立てます」と告げて去る。

舞台奥に湯船。アガメムノンは自分の赤いガウンの紐で娘を殺そうとするが邪魔が入る。結局、父と娘は仲良く椅子にかけ、父は紙コップに入ったものを彼女に飲ませる。
1つ目は濁った液体、2つ目はピンクの錠剤1粒、3つ目は甘い飲み物。 飲み干した娘は「横になりたいかも」と前方に出て行き、倒れ、死ぬ。

第2幕
ギリシャ軍が凱旋帰国するという日、クリュタイメストラはインタビューに答えている。「私は首を吊ろうとしました・・・。」
彼女は帰国した夫アガメムノンを笑顔で抱いて迎えると、夫を差し置いて長々とスピーチする。家に入ると1幕同様、家族全員そろって長テーブルに着いて食事。
原作では、次女エレクトラも長男オレステスもここにはいないはずだが。
戦いに負けて奴隷として連れて来られたトロイの王女カッサンドラは、驚いたことに、イビゲネイアと同じ役者が同じ黄色い衣を着て演じる。ただ頭も同じ布ですっぽり覆って
いる。
アガメムノンは例の舞台奥の風呂に入る。鹿の頭をかぶった人物が近づく。クリュタイメストラは赤いテーブルクロスとナイフをつかみ、走って行ってアガメムノン殺害。
「私は夫を殺した。あの夫の愛人(カッサンドラのこと)も殺してやった。」
驚いたことに、その後やっとクリュタイメストラの愛人アイギストス登場。しかもアガメムノンと同じ役者が同じ赤い衣をまとって演じる!
どういう効果を狙っているのか不明。
クリュタイメストラは子供たちに、「こちらアイギストス・・・」と愛人を紹介する。
オレステスは母を殺そうとし、母は左の乳房に彼の手を当て「お前とエレクトラをこの胸の乳で育てた・・」と言うが。
裁判。アガメムノン役の役者などが登場。裁判長が問い詰め、オレステスは手錠をかけられる。

第3幕
前幕同様、赤い長い衣をつけた裁判官(男4名女4名)が椅子に座る。オレステスは散々問い詰められる。
何と、姉エレクトラは、オレステスが自分の罪を少しでも軽くするためにでっち上げた架空の存在だったとされる!!
ついに裁判官たちによる投票で判決を下すことになり、有罪なら死刑という。
だが同数だったため、裁判長(女性)が無罪と宣告。
皆、赤い衣を脱いで立ち去るが、オレステスは客席に向かって「おれはどうすればいいんだ!?」とか何とか叫ぶ。

後味が悪い。
近代劇風の心理劇に矮小化されてしまった。

原作ではコロス(合唱)が多くを語る。
そこで民衆と宮廷の人々の思いが伝わる。
例えば「オレステスさまが帰って来て下されば!」というセリフに、人々の切望が感じ取れる。
夫の留守中、クリュタイメストラはアイギストスと不義を働き、2人の関係は宮廷では知らぬ者とてなかった。
臣下たちは彼女を恐れ、「物言わぬ」ようになった。
ようやく国が勝利し、王が帰国したが、その日のうちにクリュタイメストラと彼女の情夫は王を殺害。
しかもクリュタイメストラは悪びれることなく臣下たちに堂々と「これからはこの人が国王だ・・」と宣言する。
皆、顔青ざめて何も言えない。
ただ、王子オレステスさまさえ帰国して下されば、と願うのだ。
それはつまり、息子が父王の仇を取ってくれるはず、そして国を邪悪な者たちから奪い返して、あるべき正常な姿に戻してくれるはず、という願いに他ならない。

ところが、この脚本では民衆の希望は描かれない。母殺害は、単に息子一人の復讐に矮小化されてしまっている。
しかもそのために、姉エレクトラは実は存在せず、自分の罪を軽くするための彼の妄想に過ぎなかったとされるのだ。

アイギストス殺害が省略されているため、その印象はますます強まる。
母とその情夫は共に殺されるのであり、その前に、そもそもアガメムノンは二人が協力して殺すのだ。
そこを母一人にやらせ、その復讐も母一人に対してするため、後半は、すべてがオレステスと母との関係に、そして個人的な復讐としての母殺しに焦点が絞られてしまった。
これでは運命の大きなうねりに圧倒されることもなく、正義の実現を激しく求める気持ちも、その成就を目の当たりにする喜びも得ることはできない。

ただ役者は素晴らしい人がそろった。
アガメムノンとアイギストス役の横田栄司とクリュタイメストラ役の神野三鈴は期待通りの好演。
主役オレステス役の生田斗真も熱演。

皮肉なことに、この作品のおかげで、かえってギリシャ悲劇のすごさ、力強い魅力が浮き彫りになった。





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