ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「アンドーラ 十二場からなる戯曲」

2024-03-28 15:44:19 | 芝居
3月21日文学座アトリエで、マックス・フリッシュ作「アンドーラ 十二場からなる戯曲」を見た(演出:西本由香)。



敬虔なキリスト教国であるアンドーラ。アンドリは隣国の「黒い国」でユダヤ人が虐殺されているさなか、ある教師に救い出され、
教師夫妻とその実の娘バブリーンのもと4人で親子同然に暮らしていた。
もとは平和な国であったアンドーラだが、近頃は黒い国からの侵略の噂が飛び交い、不穏な空気が漂っている。
ある日、アンドリとバブリーンは結婚したいと教師に切り出すが、教師は激昂して許さない。
自分がユダヤ人であるからだと悲嘆に暮れるアンドリのもとに、黒い国からある女性が訪れて・・・(チラシより)。

戦後スイスの代表的作家マックス・フリッシュがドイツ語で書き、ドイツ語圏の多くの国で教科書に掲載されている寓話劇の由。
今回の上演では、演出家も美術・照明・衣装の各担当者もドイツに派遣されて研鑽を積んだ人だという。

舞台は白壁が取り囲む空間。三角と四角の幾何学的な形。黒いテーブルといくつかの黒い椅子。
それが酒場になったりアンドリの家になったり。
バブリーン(渡邊真砂珠)が家の壁を白く塗っている。聖人のお祭りの日のため。
カーキ色の軍服を着た兵士パンター(采澤靖起)が彼女をじろじろ見て、嫌がる彼女にしつこくからんでくる。
バブリーン「私、婚約してるの」
パンター「誰?そんな奴、見たことないぞ」・・

酒場でアンドリの父(沢田冬樹)が家具屋の主人・親方(大原康裕)と交渉中。
家具職人見習いにしてもらう費用が50ポンド。どうしてもまけられないと突っぱねられ、父はさらに酒をあおる。

途中何度も照明が変わり、客席を向いた人が一人一人、「証言します」「アンドリがあんなことになったのは私のせいじゃありません」
などと言うので、破局が待っているのかと想像がつく。

アンドリ(小石川桃子)は20歳。酒場で手伝いをしているが、家具職人になりたがっている。
それはアンドーラの伝統的な職業だった。
妹バブリーンは19歳。二人は子供の頃から愛し合い、学校で「兄妹だから結婚できないよ」とからかわれた。
絶望して死のうとしたこともあった。
その時母(郡山冬果)に見つかり、実はアンドリは実の子ではなく、父が隣国から助け出した子だ、と知らされる。
その日以来、二人は同じ部屋で寝るのをやめた。
二人は将来結婚すると約束していた。

酒場でアンドリはパンターと言い争いになり、パンターは「ユダヤ!」と罵倒する。
アンドリは家具職人の親方の元、初めて自分で椅子を作った。立派な出来栄えだった。
だが親方は、別の椅子を点検して脚をはずし、これじゃあダメだ、などと言って、アンドリに「ユダヤ人は商売の方に向いているから
外回りして注文を取って来い」と言う。
親方の、あまりに露骨な態度に絶望するアンドリ。

両親の前で、アンドリとバブリーンは結婚の許可を求める。
母は「そうなると思ってた!」と大喜びで二人に駆け寄るが、父は愕然として手にした台拭きを落とす。
父「絶対ダメだ!」
アンドリは驚き、「僕がユダヤ人だから?」と尋ねるが、父は答えずに去る。

家に医者が来る。
外国から20年ぶりに帰国した彼は、アンドリがユダヤ人だという話を知らない。
アンドリを診察し、薬をやろうとするが、その時「すべてのユダヤ人は地に倒されよ」みたいな決まり文句を口にする。
聞きとがめたアンドリは「どうしてユダヤ人は・・?」と尋ねるが、医者ははっきり答えない。
アンドリは薬を受け取らず、ぷいと出てゆく。

神父とアンドリの会話。
ユダヤ人とアンドーラ人について。
神父「みんな君を愛している」「君は人より賢い・・」
話が嚙み合わない。
「どうして父は娘を僕にくれない?」

アンドリとバブリーンが、夜いつものようにバブリーンの部屋の前で語りながら眠ってしまうと、パンターがそっと入って来て
バブリーンの口をふさぎ、彼女の部屋に連れ込んで鍵をかけて乱暴する。
アンドリは気づかず、時々目を覚ましてバブリーンに話しかける・・。

隣国が攻めてくるという噂があり、みな不安がる。
だが医者は落ち着いている。
「だってその理由がない。アンドーラは世界一平和で自由な国だ。世界中から愛されている。
美しいが貧しい。オリーブが取れるが、特に上等というわけでもない。攻めたって仕方がない」と言ってみなを安心させる。
<休憩>
旅館に隣国の女性が一人で来るというので、町の人々はうろたえている。
パンターは、敵と見なしてやっつける、と息巻く始末。
その女性は来ると、宿の主人にメモを渡し、「学校教師のカンという人に渡して」。
そこにアンドリが来て、パンターを見ると彼の帽子を取って地面に投げ捨てる。
二度もそうするので、パンターは彼に殴りかかり、アンドリは血を流す。
女性が止めると、みな立ち去る。
彼女はアンドリを介抱し、「お父さんのところへ連れて行って」。

家で、女性はアンドリの父と対面。
かつて二人は隣国で付き合っていて、彼女はアンドリを出産したのだった。
だが、かの国で共に暮らすことは難しく、父は息子を連れて帰国。
その時彼は、ユダヤ人の子供を迫害から救い出した、という話をでっち上げた。
そのため彼の行為は美談として広まり、隣国にいる彼女の知るところとなった。
驚いた彼女は、彼に何度も手紙を書いて送ったが、返事はなかった。
彼女はついに、直接二人に会いに来たのだった。

アンドリと二人だけになると、彼女は自分の若かりし日のことを話す。
ある人と出会って恋に落ちて、でも一緒に暮らしていくのは難しくて・・。
「あなたに話したいこと、聞きたいことがたくさんあるわ。
でも、もう行かなきゃ」「行くように言われたの」
「また会いましょ!」と言って去る。
外は騒がしい。
敵対国の人間がこの家の中にいる、と町の人々が騒いでいるのだ。
父がアンドリに送らせようとするが、彼女は「一人で帰る」と言ったという。
父はあわてて彼女を追いかけ、広場を通らず裏道を行かせようとするが・・。
彼女は群衆が投げた石に当たって死ぬ・・。

またしても「証言」。
私じゃありません。そこにいなかったし。
誰が石を投げたか分かりません。

神父がアンドリと面談する。
父親は、真実を息子に告げることがどうしてもできず、神父に告白したらしい。
神父は父親の代わりに、アンドリに事実を話して聞かせる。
「君はユダヤ人じゃなかったんだよ」
だが話を聞いたアンドリは、バブリーンが血のつながった妹だったのか、だから父は結婚に反対したのか、と納得するかと思いきや、
自分がユダヤ人でなくアンドーラ人だったということに愕然とする。
彼は突然のことに混乱し、困惑して立ち去る。

アンドリの父の妻は、ようやく真実に気がつく。
「あの人はアンドリの母親なのね」
「そしてあなたが父親・・」

「ユダヤ人選別」が始まる。町の人々は黒布で頭をすっぽり覆い、兵士パンターに命令されている。
黒服の男が無言で査定する。
連れて来られた男の裸足の足をしげしげ観察し、頭、顔、体つき・・と丹念に調べていき、兵士に合図する。
アンドリも連れて来られる。
両親が来て、母が「この子はユダヤ人じゃありません、夫の子なんです!」と叫ぶが、今さら誰も信じない。
体を調べられた後、彼は連れ去られる。
実の母が別れる時、彼にくれた指輪も、無理やり取られてしまう。

一連の騒動が終わり、町は平和を取り戻したかのようだ。
以前のように酒場にみなが集まり、酒を注文して飲もうとしているところにバブリーンが来る。
髪を極端に短く切っており、持参したバケツの中の白いペンキを床に塗りたくる。
みなが驚きあわてていると、神父がやって来て告げる。
この子の父親は教室で首をくくった・・。
この子はアンドリを探しているのです・・。
  ~~~~~
架空の国アンドーラが舞台の寓話劇だが、作者は敢えて「ユダヤ人」という名称を用いている。
これは決して遠い国の出来事ではない。
私たちが現在生きている、この日本という国と無縁の話ではない。

演出の西本由香がパンフレットに書いている。
「本当に自分たちが選択を迫られた時にどう行動できるのだろうか。
私たちは弱く、自らの生活を守ることと、正しくあり続けることを両立するのは難しい。
それでも、その時のために考え続けること。
遠くの不正を追及することよりも、身近な隣人に誠実であり続けることがずっと難しいと自覚すること。
自分の中にある恐れと弱さ、ずるさに自覚的になること。・・」
深い共感をもって、この文章を読みました。

主役の二人が素晴らしい。
アンドリ役を女性の小石川桃子が演じるが、まったく違和感がない!
この人は一体何者なのか・・。
バブリーン役の渡邊真砂珠は、昨年「夏の夜の夢」でヘレナを好演した人。
今回も熱演だった。
悪役パンターを、今やベテランと言っても過言ではない采澤靖起が飄々と演じる。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「リア王」

2024-03-21 11:09:51 | 芝居
3月14日東京芸術劇場プレイハウスで、シェイクスピア作「リア王」を見た(演出:ショーン・ホームズ)。



ブリテン王国の老王リア(段田安則)は、3人の娘たちに王国を譲り、隠退しようと考える。
彼は娘たちの誰が一番自分のことを愛しているか知りたいと言い出し、自分をどう思っているか皆の前で話すようにと告げる。
その内容に応じて王国の分け前を決めるというのだ。
長女ゴネリル(江口のりこ)と次女リーガン(田畑智子)は巧みな言葉で父の機嫌を取るが、三女コーディーリア(上白石萌歌)は
そんな姉たちの素顔を知っているため、反発し、何も言うことはありません、と答える。
それまで一番のお気に入りだった末娘のこの態度に激高したリアは、即座に彼女を勘当すると宣言。
幸いコーディーリアは、求婚に来ていたフランス王に王妃として迎えられるが、家族とも母国とも悲しい別れをする・・・。
この後、リアは2人の姉娘たちに粗略に扱われ、末娘を勘当したことを深く後悔する羽目になるが・・。

ネタバレあります注意!  

幕が開くと、現代服姿の数人がパイプ椅子に座ってこちらを見ている。
背後は白い壁、かと思ったら白いパネルだった。
3人の姫たちはピンクのワンピースにピンクの帽子と靴。
リア王はパリッとした明るい紺のダブルのスーツで元気そう。
80歳という設定を、もう少し考慮してもらいたい。
みな、真っ直ぐこちらを向いて会話する。まるでオペラのよう。
このように、演出は一貫してアンチリアリズム。

場所が変わるたびに、グロスター伯爵の次男で私生児のエドマンド役の玉置玲央が、背後のパネルに文字を書く。
Gonerill's とか Gloucester's とか。
この芝居には手紙がたびたび登場するが、それが独特。
ペラペラの透明なもので、プロジェクターで背後の幕に大写しにする仕掛け。
だが英文だし小さいし、客席から文面は読めない。
時代を現代に変えたからといって、なぜこんな小細工をする?

ケント伯爵(高橋克実)はコーディーリアの肩を持ったため王の逆鱗に触れ、追放されるが、それでもなおリアに仕えたいと考え、
身分を偽りケイアスとして王に直談判。そばで仕えることを許される。
ゴネリルの城で王に無礼な態度を取ったオズワルド(前原滉)を、ケイアス(=ケント)が足をすくって倒すと、他の騎士たちも
殴ったり蹴ったりするので、オズワルドは腕の骨を折り、顔から出血する!

リアはゴネリルに冷たくされ、怒りのあまり彼女の腹に手を当てて呪いの言葉を浴びせかけるので、ワンピースの腹のところが赤くなる。
リアは、わしにはもう一人娘がいる、と告げ、即、家来たちを連れてリーガンの城へと向かう。
リーガンはそれを察知し、夫コーンウォール公爵(入野自由)と共にグロスター伯爵(浅野和之)の城に急ぐ。
ケントが王の使いでリーガンへの手紙を届ける際、同じくリーガンに宛てたゴネリルの手紙を届けに来たオズワルドと再会して騒動を起こすと、
リーガンはケントの背中を足蹴にする!
父の使いより姉の使いの方を優先させたいリーガンと夫は、ケントの無礼な態度に腹を立て、彼に足枷をつけて外に放置する。
だが今回、足枷ではなくテープで胸と足をそれぞれ椅子に縛りつけていた。
なぜわざわざそんなことをする?
時代を現代に変えたから足枷をテープに変えたのだろうが、「戸外に放置」ということが大事なのに、椅子を使うのは困る。
一貫して、そこにいないはずの人たちが舞台上にいたりするのも嫌だ。気になって仕方がない。
奇をてらいたいのか。
<休憩>
舞台奥に枯れた大木が1本、吊られている。根も空中に浮いている。これが意味不明。
グロスター伯爵は、リア王への娘たちの残虐な振舞いに衝撃を受け、コーディーリアに事情を訴える手紙を出し、フランス側と連絡を取っている。
だが彼は、次男で私生児のエドマンドの本性を見抜くことができず、信頼してすべてを打ち明けていた。
エドマンドは出世のためにコーンウォール公爵に父の秘密をばらし、コーンウォールと妻リーガンは激怒。
グロスター伯爵を捕まえさせ、その片目をえぐり取る。
あまりの残虐さにコーンウォールの家来の一人が止めに入り、斬り合いとなる。
その家来はリーガンに背後から切られて死ぬが、倒れることなくスタスタと歩いて退場!
はあ?何ですか、これは?!
この無名だが勇敢な男が死んで倒れ、ゴミのように扱われることが、戯曲の構成上、深い意味を持つのに。

この後、オズワルドが盲目になったグロスター伯爵を賞金目当てに殺そうとして、反対に彼の長男エドガー(小池徹平)に殺されるが、
この時も、オズワルドは死んでその場に倒れる代わりにスタスタ歩いて退場!
こんな調子だから、エドガーと弟の決闘シーンの前にオールバニー公爵が「ラッパを鳴らせ」と命じても何も鳴らないが、もはや驚きもしない。

ラスト、リアは殺されたコーディーリアを抱いて登場するはずが一人で登場!
ハッ?コーディーリアはどこ??
彼女はその後、白い布に全身をくるまれ、縄で縛られて別の男が引きずって来た!
彼女の遺体は、そのまま舞台上を引きずられて横切る!
だから、リアの最後の重要なセリフは、驚くほど空虚なものになってしまった。
だって、「お前の」とか「これの」とか言うのに、そこに最愛の末娘はいないのだから。

訳は松岡訳を使っているが、かなりカットしているし、あちこち変えてある。

この芝居は、かつてケネス・ブラナー率いるルネサンス・シアター・カンパニーの来日公演で見て以来、何度も見て来たが、
今回のは最悪だった。
こういうものを「斬新」とか「独創的」とか呼ぶ人がいるが、筆者に言わせれば、ただ奇をてらっただけで、
観客のシェイクスピア理解を妨げる、軽薄な思いつきに過ぎない。
この演出家は、私家版「苦手な演出家」のリストに載せて、以後近づかないようにします(笑)

唯一の収穫は、舞台俳優・玉置玲央を発見したこと。
この人は現在、大河ドラマで父親役の段田安則と共に、大変な悪役を演じており、筆者もそんなイメージしかなかったが、
張りのある声がよく通り、演技にも切れがある。今後が楽しみな人だ。
リーガン役の田畑智子も好演。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「OH!マィママ」

2024-03-13 19:41:21 | 芝居
3月8日シアターサンモールで、ブリケール&ラセイグ作「OH!マィママ」を見た(劇団NLT公演、演出:釜紹人)。



     フランスの国会議員アルベールの妻マリィは、25年前に謎の失踪。
一人息子のルイは、アルベールとマリィの幼なじみのマチルドが面倒を見てきました。
     ルイの結婚も決まり、一家が幸せいっぱいのある日、
 国連の人権委員、アメリカの陸軍大佐フランクがアルベールを訪ねてきます。
ところがフランクの話題と視線はルイのことばかり。挙句に結婚にまで口を出す始末。
  一体フランクとは何者なのか?フランクにはとんでもない秘密があったのです!!
 それを知ったアルベールは大パニック。この秘密だけは決してルイに知られてはならない!
知られたら全ては破滅だ。七転八倒の大騒動!!こんなに笑えるのにどうしてこんなに切ないの?
       現代ブールヴァ―ルコメディの自信作です!(チラシより)

パリのアパルトマン。黒ワンピースに白いエプロンというメイド姿のジャサント(吉越千帆)が、家具にはたきをかけている。
彼女はスウェーデンから来た留学生で、家事をする代わりに部屋と食事をタダにしてもらっている。
この家の一人息子ルイ(小泉駿也)が来る。
彼は大学を出て建築家になったばかり。
最近、財閥令嬢イネスと結婚が決まったばかりだが、ジャサントとも深い仲だった。
父親のアルベール(渡辺力)も来る。
ルイが出て行くと、アルベールはジョサントを抱きしめる!
何と、ジョサントはアルベールとも深い仲だった!
そしてこのアルベールも、25年間家事をやってくれているマチルドと再婚することになっている。
去年ようやく元妻の死亡が認定され、晴れて独身に戻れたのだ。
この再婚は、親子同時に結婚したら支持率がアップするだろうという政治家らしい考えから思いついたのだ。

ここにアメリカ人のフランク(海宝弘之)がやって来る。
アルベールと仕事の話をするはずが、なんやかんやとプライベートなことを尋ねる。
(観劇前にチラシを読んだだけで、この男が何者なのか、敏感な人は気づいてしまうだろう)
彼こそは、かつてのマリー・ルイーズで、当時外務省に勤務しており、スパイ騒動に巻き込まれて米国に逃亡する羽目になった。
そこで別人になりすますしかなくなるが、どうせならと性別も変えることにし、顔も整形したのだった。
彼がようやく正体を告白すると、最近心臓が弱っているアルベールは倒れてしまい、薬を飲む。
フランクはジョサントともすぐに親しくなる。
マチルド(安奈ゆかり)が来る。黄金色の衣装に身を包んだ堂々たる体格のひとで、すこぶる女性的なタイプ。
フランクを見ると「何だか胸騒ぎがするの」と言い出す。
彼女は旧友マリー・ルイーズについて語る。
本当は女性が好きだったんじゃないかしら。
アルベールが本当に愛していたのは私なの。
アルベールは子供を欲しがっていたの。でもマリー・ルイーズはそうじゃなかった。
あの人の策略なの。私への当てつけで子供を産んだの・・・。
こんな話を聞くと、彼女とマリー・ルイーズは仲が悪かったのかと思うが、実はそうではなかった。
二人は学校時代から喧嘩ばかりしていたけど、実は密かに惹かれ合っていた・・。

ルイも、フランクに何やら不思議な感じを抱いており、家族がみんなして自分に何か隠していると感じる。
フランクを追及し、「秘密が分かった!」と大興奮するルイ。
突如流れるドラマチックな音楽を背景に「わかった!」と叫ぶので、観客は身構えるが。
彼はフランクを抱きしめて「パパ!」と叫ぶのだった(笑)。
フランクは困惑するが、すぐに心を決めて話を合わせることにし、実のパパのふりをする。

二人から話を聞いたアルベールは、自分がのけ者にされたため、当然ながら面白くない。
そこでマチルドが、実は私が・・・と言い出し、またまた話がややこしくなる。

こういう芝居の場合、最後にはルイが真実を知ることになると普通思うでしょう。
ところがどっこい、違うんですよ。
このマチルドという人が、意外な動きをするのです。
創造力が豊かな彼女は、ルイのためを思って、そしてアルベールのためにも、とんでもない話をでっち上げる。
実は私がルイの母親で、妊娠してしまったことを厳しい父親に知られたくなくて、吹雪の夜、山小屋で出産したの、と、必要以上にドラマチックな物語を語り出す。
ルイが、僕の誕生日は5月ですよ、と言っても聞かない(笑)
自分の捏造する物語にすっかり酔ってしまっている。
そして、実は父親がフランクなのかアルベールなのかわからない、とまで言い出すのだった(笑)
もちろんアルベールがのけ者にならないためだ。
こうして話はどんどん事実から逸れて行ってしまうが、ルイは単純に、そうだったのか!みたいに喜び、4人は盛り上がる。
が、ルイがふと「じゃあ、マリー・ルイーズって誰?」と(当然ながら)尋ねると、マチルド「あれは私のペンネームなの」。
4人はシャンパンで乾杯する。
そこにイネスから電話。
彼女の話を聞いたルイは呆然として電話を切り、「できちゃったって」。
みなは「おめでとう!」アルベール「お前もできちゃった婚か、さすが俺の息子だな」。
ルイ「僕はまだキスしかしてないんだよ!」
「僕の他に男がいたってこと・・」
これで彼の結婚の話はなしになりそうだ。・・・

途中ひょんなことから、ジョサントがルイとアルベールの両方と「ベッドを共にしていた」ことがバレる。
マチルドは「二股かけてたのね!」と驚き呆れ、彼女をクビにするが、ラストでは思い直して、今後もいて欲しいと告げる。

最後にジョサントとフランクが二人だけになると、ジョサントが何と2年前まで男だったと告白。
フランクは似た者同士として彼女を励ます。
だが、このエピソードはつけ足し感が強すぎて、むしろない方がよかった。

非常に面白い芝居だったが、ルイがだまされたまま、その場の思いつきで、皆が適当にお茶を濁して終わるのが残念だった。
いろいろすったもんだはあっても、結局最後には彼が真実を知ることになるだろうと思い込んでいた。
筆者は、"the truth ,the whole truth ,and nothing but the truth " (裁判所での宣誓の言葉)という言葉が好きなので。
それに、チラシに「この秘密だけは決してルイに知られてはならない!知られたら全ては破滅だ」とあるが、
どうしてそんな風に思うのかさっぱりわからない。

とは言え、演出もよく、音楽の使い方も楽しい。
「美しく青きドナウ」、フォーレのレクイエム、「ワルキューレ」「ツアラツストラはかく語りき」などが
要所要所に突然流れ、笑わせ、盛り上げてくれる。

役者は皆さん好演。
特にマチルド役の安奈ゆかりが素晴らしい。
ルイ役の小泉駿也も思いっきり楽しそうに演じている。
ジョサント役の吉越千帆もうまい。

フランス人は、しまいに真実が明らかになって「しみじみする」のが好きじゃないのかも知れない。
それくらいなら、最後まで真実が明らかにならずモヤモヤする方がましなのかも。
いや、そもそもそんなことでモヤモヤしたりしないのかも知れない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オペラ「カルメル会修道女の対話」

2024-03-10 22:03:05 | オペラ
3月1日、新国立劇場中劇場で、フランシス・プーランク作曲のオペラ「カルメル会修道女の対話」を見た(新国立劇場オペラ研修所修了公演、
演出:シュテファン・グレーグラー、指揮:ジョナサン・ストックハマー、オケ:東フィル)。



1789年、革命下のパリ。ド・ラ・フォルス侯爵家の令嬢ブランシュは、内気で怯えやすい少女。
度重なる暴動の不安から、修道院に入ることを決意する。
折しも革命政府の政策による宗教弾圧が激しさを増し、カルメル会修道院の閉鎖を告げられてしまう。
修道院を守ろうと殉教の誓いを立てた修道女たちだが、待ち受けていたのは収監と死刑判決であった。
1794年7月17日、修道女たちは聖母マリアを讃えつつ、断頭台へとのぼっていく・・・(チラシより)。

フランス語上演、日本語字幕付き。
このオペラは2009年に、やはりここの研修所の修了公演で見たことがある。
プーランクの最高傑作であり、20世紀を代表するオペラとのこと。
彼は熱心なカトリック信者だった由。

史実に基づいた物語。
彼女らに刻々と迫り来る過酷な運命に、ぴったり寄り添うプーランクの音楽が、劇的で不穏で素晴らしい。
特にラストシーン。修道女たちがとうとう処刑されることに決まり、一人また一人とギロチン台に歩いて行く時の音楽が凄い。
胸が締めつけられる。

カルメル会修道女の多くは貴族の出身だったという。
そのことと、革命政府に弾圧されたこととは関係があるのだろうか。

歌手では修道院長・クロワシー夫人役の前島真奈美と、新しい修道院長・リドワーヌ夫人役の大高レナが好演。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「夜は昼の母」

2024-03-05 10:54:46 | 芝居
2月27日風姿花伝で、ラーシュ・ノレーン作「夜は昼の母」を見た(演出:上村聡史)。



鳩が鳴く
ダヴィドは母のナイトガウンを着る
ここは父が経営する小さなホテル
今日はダヴィドの16歳の誕生日
兵役を経験した兄
咳が止まらない母
ひたすら喋り続けては空回りする父
家族が奏でる追憶の四重奏(チラシより)

スウェーデン人ラーシュ・ノレーンの代表作にして問題作とのこと。日本初演。

役者は4人。そのうち3人は岡本健一、山崎一、那須佐代子という、一人でも是非とも見に行きたい人だから、これはもう見逃す手はないでしょう。
作者の自伝的要素が強い作品らしい。



舞台は横長で狭い。小さなホテルの小さなキッチン。
壁の色がすごい。赤にくすんだ黒などの色が混ざっていて、不気味で不穏。とてもホテルとは思えない(美術:長田佳代子)。
ダヴィドが一人、母の赤いガウンをはおり、口紅を塗って鏡を見る。
兄イェオリが来て「気持ち悪い」とか言うと、彼はすぐにガウンを脱ぎ、口をぬぐって言う、
「何のことか意味わかんない」。
今日は彼の16歳の誕生日。
彼はゲイで本好きだが、学校にも行かず、たまに皿洗いをするくらいで働かず、一日中家にいて、鳩にえさをやったり、夜中にキッチンで勝手に肉を焼いて食べたり。
兄に言わせると「甘やかされている」。
この兄はサックスを吹く。
父が来る。
このホテルは客室が19室あるが、今、客はいない。
だがいつ来るか分からない客のために料理は用意しておかねばならない。
食材の代金の支払いを猶予してほしいと手紙を出したが、相手から冷淡な返事が来て頭を抱える。
母も来る。咳が止まらない。
父はかつてレストランに雇われていて、夜中まで働いていた。
どんなに貧しくても、あんな生活にはもう二度と戻りたくない、と言う。
妻の両親が金持ちなので、彼はお金の工面をしてもらえないかと聞くが、妻は親に電話したくない、と言う。
彼は金がなくて大変な状況だというのに、仕入れの電話で、いつも通り酒類をたくさん注文する。
もともと感覚がおかしいのか、それとも酒だけは特別で、(後から分かるように)理性がまったく効かないのか。
彼は子供の時、父親が逮捕され、それ以来働きづめだった。彼は妹を養わないといけなかった。

兄は両親がダヴィドを甘やかしていると言うが、母は母なりに次男の将来のことを心配していた。
ただ、彼女は息子をよく理解できていない。
ある日突然、彼女はダヴィドに、明日、船乗りになるための手続きに行くから早く寝るようにと言う。
ダヴィドはショックを受けて断固拒否。
「船なんて男の世界だよ!」とか叫んで床を転げ回る。
確かに、船乗りの男たちの中に入るなんて、彼にとっては恐怖以外の何物でもないだろう。

一人になると、父は流しの下の鍵のかかる戸棚の中から、隠しておいた酒を取り出して飲む。
その小瓶は元に戻すが、その後やって来た兄が父の様子に気づき、しばらく無言でにらみつけていて、突然襲いかかる。
「こいつ飲んでる!」
父は「一滴も飲んでない!」と否定し続けるが、母と弟はショックで愕然となる。
3人がかりで父を押さえつけ、ポケットというポケットを探って鍵を見つけて奪う。
その間、父はみんなを罵倒し続ける。

実は去年の夏、母と長男が留守中、父はへべれけになり、せん妄を起こし、ダヴィドがそれに付き合わされたことがあった。
従業員が救急車を呼んでくれ、父はそれからしばらく施設に入っていた。
3人は週に一度面会に行った。
医者は「もうちょっとで死ぬところだった」と言ったという。

母「お酒さえ飲まなきゃ、あなたほど優しくていい人はいないのに」
 「もう飲まない、と言うのを、そのたびに信じて来た」
母はついに別れる決心をし、カバンに荷物を詰め「両親のところに行くわ。ダヴィドも連れて行きます」。
必死に止める父。
「○○(という薬)を飲むから!あれを飲んだら酒が全然飲めなくなるから」と母の腰にしがみついて頼むので、母は結局思い直す。

母は明るい顔で厨房に入り、夕食を作る。
ダヴィドは(たぶん呆れて)そんな母のセリフをいちいち真似する。
父も明るく入って来る。
二人はすっかり仲直りしたのだ。
だが父は一人になると、今度は床の一段高くなったところの羽目板をはずし、中から別のジンの小瓶を出して何度も飲む。
「本当はジンなんて嫌いなんだ」と言いながら。
それをダヴィドが見ていた。
さらに父は、もっと驚くべき場所に3本目の小瓶を隠していた・・・。
ここは唯一、笑えるところ。
ダヴィドはそれも目撃し、母を呼ぼうとするので、父は必死で止め、金をやるから、と買収しようとする。
だがダヴィドが金額を吊り上げたため、断念する・・。

父はこうして何度も飲んだので、かなり酔いが回っているが、自分の妹に電話して金を借りようとする。
母と息子たちが邪魔するので父は別の部屋に立てこもる。
母たちは、何とかして部屋に突入し、睡眠薬を飲ませて寝かせてしまおうとする・・。

こういう騒ぎに至るまでに、二度ほどダヴィドの妄想のようなシーンが挿入される。
家族4人がいる時、ダヴィドが突然、母親ののど首をナイフで掻き切るシーン。
そして、ダヴィドが父をコートの上から刺し殺し、直後に父のナイフが彼の首に刺さるシーン。
いずれも観客はびっくりだが、暗転の後、何事もなかったかのように4人がそろっているのだった。

みんな、愛憎の振れ幅が大きい。
母が別れようとすると、父は母のことを悪く言い始めるが、それが聞くに耐えない罵詈雑言。
果ては「俺は女とやって楽しかったことなんか一度もない」などと口走る始末。
ダヴィドが時に口にする言葉もひどい。
「ママの股の間からは嫌な臭いがする・・」などと、リア王のようなことを言う。 

テネシー・ウィリアムズの「夜への長い旅路」を思い出した。
あれは、この作品以上に長くて重苦しい芝居だった。
精神を病んだ母、詩人肌の弟、ケチで愛情薄い父親・・。

男たちは時に小さなナイフをちらつかせる。
駄目男に愛想をつかしては、また性懲りもなく信じようとする女。
母はしょっちゅうタバコを吸う。ダヴィドの言うように、咳はそのせいだろう。
母の父への愛は痛いほど伝わってくる。
だが父の母に対する思いは、というと、難しい。
かつては好きだったようだが、性格があまりにも弱いため、アル中という自分の病気を客観的に見ることがどうしてもできない。
自分が家族を苦しめていることに気づいていないのか、それともそういう現実から目をそらしているのか。
始めは次男がゲイで引きこもりであることが、この家族の抱える一番の問題なのかと思ったが、そうではなかった。
だが、壁の色は、ちょっとやり過ぎではないだろうか。
それほど陰惨な話ではないのだから。
チラシにあるように、これは「追憶」の物語だし、この家族には愛と絆がまだ確かに残っているのだから。

4人の役者の火花散る演技がすごい。
まさに期待通り。
戯曲としては長すぎるし、ラストが弱いのが残念だが、この人たちの入魂の演技は一瞬たりとも目が離せないし、
その迫力と来たら凄すぎる。
父親役の山崎一の変幻自在、その声の微妙なニュアンスの変化の大きさ!その笑い声も然り。
母親役の那須佐代子の美しさと情愛と決然たる態度、そして変貌。
ダヴィド役の岡本健一は、確か50代のはずなのに16歳を軽々と演じてまったく何の違和感も感じさせない!
うまい人が演じると、こんなことが起こるのか。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする