ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

太宰治作「新ハムレット」

2023-06-21 10:41:34 | 
先日、太宰治の「新ハムレット」を読み直した。



近々これを元にした芝居を見る予定なので、その前にと。
昔読んだ時は、正直、呆れかえってうんざりしたものだが、今回は(年取ったお陰か)面白く感じた。
なお、現在某劇場で上演中の作品なので、ネタバレ注意です。
結末を知りたくない方は、読まないでくださいね。

この作品は、太宰治の最初の書き下ろし長編小説で、昭和16年7月に刊行された由。
作者によると、これは「作者の勝手な、創造の遊戯に過ぎない」「人物の名前と、だいたいの環境だけを、沙翁の『ハムレット』から拝借して、
一つの不幸な家庭を書いた」「狭い、心理の実験である」という。
さらに彼は、これは戯曲の形のようだが、あくまで小説である、と断りを入れている。
自分は戯曲の書き方を知らないからと。
以下、登場人物の名前の表記は現代風に直しています。

冒頭、新王クローディアスは「ですます調」でしゃべる!しかも家臣たちが居並ぶ前で、長々と。
まずここで、評者などはげんなりするが。

ハムレットばかりか、義父も母親もオフィーリアもホレイショーもポローニアスも、みな驚くほど冗舌。
しかもすぐ泣く。実にウェットで嫌らしい。

オフィーリアは妊娠している!
だからハムレットの最大の悩みはそのことだというのだから呆れるじゃあありませんか!
そして先王の亡霊の噂は、ホレイショーからもたらされる。
彼によると、デンマークの城内で起こったこの噂は国中に広がり、何とドイツのウィッテンベルクにまで伝わったという。
でも、それなのに城内にいるハムレットが一度も耳にしたことがない、というのは、あまりにも非現実的ではないか?

ポローニアスはクローディアスの犯行を目撃していた!
そのため彼は、ハムレットの代わりに悩み、正義という言葉を何度も口にする。
ハムレットとホレイショーに、そのことを打ち明けようとするが、邪魔が入ってうまくいかない。
さらに彼は、娘オフィーリアの妊娠を知って苦しみ、とうとうクローディアス王に向かって「あの日、わしは見た・・・」と口走ってしまい、殺される。
そう、ここではポローニアスを殺すのはクローディアスなのだ!
ロゼギル(ローゼンクランツとギルデンスターン)はいない。
ハムレットは復讐せず、王は死なないまま物語は終わる!
いや、そもそも王子は父王の亡霊から復讐せよと命じられていないし。

それでも、これはこれで一篇の作品として面白い。
シェイクスピアの原作を元に、これだけ遊んだっていいだろう。
もちろんツッコミどころはある。
たとえば、ホレイショーはオフィーリアの妊娠を知って「夢のようです」と驚くが、当時、宮廷内では男女の交際はかなりゆるく、大っぴらだったはずで、
ハムレットとオフィーリアもすでに深い仲になっていたというのが上演の際の一般的な演出だ。
当時の大学生と言えば、もう立派な大人だし。
だからホレイショーがそんなことを思ってもみなかったというのはおかしい。
またここではハムレットの年齢は23歳となっているが、30歳というのが定説。
それから、ハムレットは父王の急死の知らせを聞いて留学先のドイツのウィッテンベルクから帰国したわけだが、それから2ヶ月しかたっていないのに
オフィーリアの妊娠を知って悩むというのは、ちょっと無理っぽいのじゃなかろうか。
これもまた、斉藤美奈子の言う、いわゆる「妊娠小説」に、無理矢理仕立てようとしたためだ。
二人が深い仲になるというだけなら、2ヶ月もあれば十分可能なのだが。
面白いところもたくさんある。
たとえば、クローディアスが幼いハムレットから「山羊の叔父さん」と呼ばれていたとか、ハムレットを城の外のいかがわしいところに
連れて行った(!)とか。(だからハムレットは叔父を全然尊敬できないわけだ)
ポローニアスがフランスに遊学する息子レアティーズに与える、やたら細かい訓話で「カンニングはしてもいいから落第だけはするな」と
長々と言って聞かせるシーンとか(笑)
彼は娘に「お前はクイーンの冠を取りそこねた」と言うし。
ハムレットは恋人の妊娠のことでびくびくしており、義父クローディアスのことを「いったい山羊め、どこまで知っているものかな?」と心配するし。

昭和16年という時代だから仕方ないとは言え、ガートルードの女性としての魅力について過小評価されているのが残念だ。
たとえば「総入れ歯」だの「茶飲み友達」だの・・。
これはハムレットのセリフだから、特に息子から見た母親はこんなものなのかも知れない。
ガートルード自身も「みっともない事ですが、このデンマークの為とあって、クローディアスどのと、名目ばかりですが夫婦になった」と言う。
このセリフは戦時中の日本人としては自然なものだろう。
原作ではクローディアスと彼女はバリバリの現役なのだが。
それでもクローディアスがガートルードのことで何とポローニアスに嫉妬する(!)という意外な場面もあってびっくりさせられる。




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クリスティ作「アクロイド殺害事件」

2021-08-30 13:52:10 | 
先日アガサ・クリスティーの名作「アクロイド殺害事件」を読み終えたら、言いたいことがむくむくと湧き上がってきてしまった。
これもまた番外編みたいなものだが、どうしても書いておきたい。
ただこれはミステリーなので、まだ読んでない方で結末を知りたくない方のために途中で警告を出しますので、そういう方は、それ以降は絶対に読まないで下さいね。

あとがきを読んで驚いたのは、クリスティーが学校教育を受けたことがないということ!家で、母親に教えてもらっただけだそうだ。
これほど多くの名作を次々と生み出して世界中の人を喜ばせてきた人が公教育を受けていないとは・・・。教育についていろいろ考えさせられる。
そう言えば、最近日本でも「脱学校」という考え方が、ようやく普及してきたらしい。

作品中に描かれる、当時の英国の風習が、いちいち珍しく興味が尽きない。
一番意外だったのは麻雀が流行していたらしいこと。
ポンだのチーだのと言う声が、いやもっと難しい、リャンピンとかアンカンとかの中国語までが客間に響くのだから、何だかおかしい。
たぶん当時の英国人にとって、最もクールな遊びだったのだろう。

階級社会ということを改めて感じさせられた。人はみな、おのおの生まれながらに身分があり、それにふさわしい待遇を受け、もっぱら同じ階級の人と交際する。

戸籍という制度がないということ。これは現在もそうなのかどうか分からないが、そのため、少なくとも当時は、生まれた子供に適当に姓をつけてもよかったらしい!
それってまるで、通称とかハンドルみたいなものではないか。また結婚も、役所に届け出なくてもよかったらしい。実に不思議だ。
その辺のところを、もっと詳しく知りたいものだ。

★★★ 警告!ここからは、結末および犯人を知りたくない方は、決して、絶対に、読まないでください!★★★

読了後、いくつかの疑問が残った。それを以下に挙げます。

① シェパードがラルフを、少し離れた場所にある精神病院に車で連れて行って入院させたのは、事件の翌日(土曜)の早朝だった。金曜の夜9時半以降、ラルフは
  宿に帰っていない。となると、ラルフはどこで夜を過ごしたのか?シェパードが自分の車の中に隠れさせておいたのだろうか?
  
② シェパードは「姉は真相を知ることはないだろう」と書いているが、そううまくいくだろうか。結局誰も逮捕されなければ、被害者の遺族や関係者たちは、
  警察に、どういうことかと詰め寄るだろう。そうなると警察は真実を公表するしかあるまい。真相をうやむやにしたままで済むはずがない。彼女は殺人犯の
  姉として、村に住んではいられなくなるかも知れない。何しろ小さな村だし、彼が書いているように「彼女には自尊心がある」のだから。
  彼はポワロに向かって「私は、ほかになんと言われようと、少なくともばかではないつもりですよ」と言っているが、私に言わせれば、そこに気がつかないとは
  相当トンマな極楽トンボだ。
  
③ 秘密の結婚の件。ラルフとアーシュラはどこかで誰か牧師に頼んで式を挙げたのだろうか。役所に届けなくてよかったとしても、正式な結婚の定義はどういう
  ものだったのだろうか。今日のいわゆる「事実婚」と、あるいは「内縁関係」と、どう違うのだろうか。

④ 殺害の時、犯人は普通返り血を浴びるはずだが、そうならないように、よっぽどうまくやったのだろうか。
  また、被害者は叫び声を挙げたはずだが、ドアの前で聞き耳を立てていた執事パーカーが、それを聞かなかったというのも不思議だ。
  しかしまあ、それらは瑕疵に過ぎない。これほど素晴らしい作品なのだから、ツッコミどころの一つや二つあったって別にいいし、作者を責める気にはなれない。

⑤ 指輪の件。最後にアーシュラが、それを池に投げ捨てた時のことを話すとばかり思っていたので、そのことについて何も語られないのでちょっと驚いた。
  私が作者なら、それと、ポワロが指輪をアーシュラに返すシーンを入れたと思う。いや、それではいささか陳腐か。

* これは疑問ではないが、衝撃を受けた点。当時英国では、医者は患者を「療養所」(精神病院)に勝手に自由に入れることができた!これも戸籍というものが
  ないからユルイのかも知れないが、患者の家族にも内緒で、しかも偽名で、偽の診断書で、いつまでも入所させておけた!実に恐ろしい。
 
* シェパードは、若いラルフが自分を誰よりも信頼しているのをいいことに、彼に罪をなすりつけ、密かに新妻と引き離し、永久に(!)精神病院に閉じ込めておく
  つもりだった。しかもそのことについて、彼への謝罪とか後悔とかを一言も書き残していない。人間らしい感情を持たない冷血漢ではないか。
  一方で、自分を知的だとうぬぼれているが、大胆なようで小心者で、ポワロも姉カロラインも認めているように「性格が弱い」人間だとも言える。  
  ついでに言うと、医者は日本では金持ちのイメージなので、医者が金に困ってゆすりを働く・・という点が、彼我の違いを感じさせる。

* いつか原書を手に入れて読んでみたいという目標ができた。大久保康雄訳で読んだが、一部意味の分からない箇所があるので。「カラー箱」とか。

* この作品をドラマ化した三谷幸喜の「黒井戸殺し」を録画したまま、だいぶ経ってしまった。原作を読んでから見ようと思ったので。
  しばらくして読後の余韻が冷めたら見ようと楽しみにしているところです。


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白いアジサイとО.ヘンリー

2019-07-24 11:39:30 | 
梅雨が長引いている今日この頃、あちこちで白いアジサイを見かける。
アナベルという名前がついている。
それを見るたびに思い出すのは、О.ヘンリーの短編「甦った良心」だ。
ちょっと、そのわけを聞いて下さい。

ジミー・ヴァレンタインは、腕利きの金庫破り。ムショから出て部屋に戻ると、警察が家宅捜索しても見つけられなかった大事な七つ道具の入ったカバンを取り出す。
彼はまたもや仕事を再開。性懲りもなく3度ほどあちこちで金庫を開け、資金を貯めると、列車で遠い町に向かう。高飛びはいつものことだった。
列車を降りホテルに向かって歩いていると、一人の若くて美しい女性が歩いて来た。
彼女は通りを横切り、角で彼のそばを通ると、「エルモア銀行」と書かれたドアの中へ入って行った。
ジミーは彼女の瞳を見た瞬間、恋に落ちてしまう。
彼女の方は彼を見て少し頬を染めた。彼は若くておしゃれで、一見、スポーツをやる、帰省中の大学生風。こういう田舎にはあまりいないタイプなのだ。
彼は近くにいた男の子に、さりげなくたずねる。
「あれはミス・ポリー・シンプソンだよね?」
するとガキは「ちがわい、あれはアナベル・アダムスだよ。この銀行はあの人のお父さんのだよ」と答えた。

この日、彼は決めた。
金庫破りの稼業はきっぱりやめ、この町でまともに生きて行こうと。
そしてラルフ・某と名前を変えて情報収集し、靴屋を開き、成功。
あの時運命の出会いをした彼女とも親しくなり、彼女の家族にも快く受け入れられ、ついに婚約。

そしてもうすぐ結婚式という日。
彼とアナベルの家族が銀行に集まっている時、彼女の幼い姪っ子が最新式の金庫に閉じ込められてしまう。
その子の命を助けることができるのは彼しかいない。しかも彼は、偶然そこに例の七つ道具を持参していた。
だが、その場には婚約者とその家族がいる。
そんなことをすれば、隠していた自分の過去が明るみに出てしまう。

子供の母親(アナベルの姉)は半狂乱、祖父(アナベルの父)もどうすることもできず、取り乱すばかり。
そんな中、ジミーをひたすら愛し尊敬しているアナベルは、彼にできないことはない、とでも言うように、彼に言う。
「何とか助けられない?ラルフ?」
彼は、奇妙な笑みを浮かべて、アナベルに言う。
「アナベル、あなたの胸に刺している、そのバラを僕にくれませんか」
彼女はわけが分からないまま、バラの蕾を取って彼に手渡す。
彼はそれを大事そうにベストのポケットにしまうと、上着を脱ぎ、腕まくりしてみんなに言うのだった。
「さあ、皆さん、どいて下さい。」・・・!
そして彼はかつての手慣れた仕事に取りかかる。いつもそうしていたように、軽く口笛を吹きながら。
10分後、子供は無事に助け出された。これまでの彼の記録を破るタイムだった。

この後、彼を追って来た刑事とのひとくさりがあるのだが、それはここでは省略。

О.ヘンリーは、さすが短編の名手。一行も、いや一語も、無駄なところがない!
ちなみに、この話を、赤塚不二夫がチビ太を主人公にしてマンガにしたのを、偶然テレビで見たことがある。
それも、涙無しには見られない感動的な作品だった。

というわけで、白いアジサイ(=アナベル)を見るたびに、この話を思い出して胸がキューッと締めつけられてしまうのでした。

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