ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「My Boy Jack 」

2023-10-18 22:09:16 | 芝居
10月10日紀伊國屋サザンシアターで、デイヴィッド・ヘイグ作「My Boy Jack 」を見た(原作:キップリング、演出:上村聡史)。




「ジャングルブック」などで知られるノーベル文学賞受賞作家キップリングは、第一次世界大戦中に「My Boy Jack 」という詩を書いた。
これは、その詩を名優デイヴィッド・ヘイグが戯曲化したもの。
1997年にウエストエンドで上演され、イギリスで2007年にテレビ映画化された由。

激戦が続く第一次世界大戦。健康な体があるなら戦地に行くべしと声高に理想を語る父ラドヤード(真島秀和)は、
ひどい近視ゆえに軍の規則で入隊できない息子ジョン(前田旺志郎)を、人脈を使って軍にねじ込む。
母キャリー(倉科カナ)と姉エルシー(夏子)は必死に不安を押し殺しながら日々を暮らす。
戦意高揚を謳っていた父も、日が経つにつれて不安にさいなまれるようになる。
ハンデがあるにもかかわらず必死に努力し将校になったジョンは、西部戦線へと出征する・・・。

ネタバレあります注意!

役名もキップリングの実名そのままだし、これが彼の自伝的作品らしいとわかって驚いた。

当時は誰も、戦争があれほど長びくとは予想していなかった。
兵士たちは「クリスマスまでには家に帰れる」と信じていた。
彼らを送り出した家族も、それを信じて疑わなかった。
そんな時代、高名な作家キップリングは特に好戦的だったわけではなく、健康な男なら戦地に行って戦うべきだと考え、そう演説していた。
長男ジョンは、まだ15歳だが、父親の意向を強く意識しており、入隊を志願する。
彼は強度の近視のため、海軍の試験は5分で不合格だったが、父は諦めずに、二人で何度も面接の練習をし、陸軍の試験に臨む。
だが、やはり最後の視力検査ではねられる。
父は「規則、規則、こんな杓子定規な・・」と怒って退出。
姉エルシーは結果を知って安心するが、ジョンは姉に、「この家からとにかく出て行きたい」「もう耐えられない」と打ち明ける。
彼にとって、実家は決して心安らげる場所ではなかったのだ。

姉が3週間留守にしている間に、ジョンは出征していた。
彼女が驚いて両親を問い詰めると、父親が、長年の友人で危篤状態だった人に頼んで、無理やり息子を入隊させてもらっていたことがわかる。

ジョンが一時帰宅する。アイルランドのある隊の中隊長となり、すでに仲間が何人か死んだと言う。

場面は変わって塹壕。
フランス。雨が続く。3人の部下。
彼らはアイルランド人でカトリックなので、その内の一人はプロテスタントのジョンに反感を抱いている。
それだけでなく、ジョンの父親のやったことにも恨みがあり、ジョンの命令にことごとく反抗する。
だがジョンは感情的になることなく、この男に対しても常に穏やかに接するのだった。

<休憩>

塹壕。雨。鳩を1かごずつ持って、次の塹壕目指してゆく任務。

実家にジョンが行方不明になったという手紙が届く。
妻「どうして背中を押したの!?」「どうして止めてくれなかったの?!」
夫「まだ死んだとは限らない。道にまよってるだけかも」
妻「でももう2週間たってるのよ!」
その時入ってきた娘もそれを知ると、母とまったく同じことを父親に言う。
二人に責められて父は言う。
「ここにとどまって、人の目を気にして外にも出られず、家に引きこもって時間だけが過ぎて年とっていく・・
そんな目に合わせたくなかった。立派に戦った、名誉だ・・・」

場面は変わって、子供たちと父とのかつての情景。
3人共エキゾチックでカラフルな恰好。
父はインドでの思い出を語る。
夜空を見上げて、子供たちに星座の名前を言わせる。
北極星、カシオペア座、北斗七星・・・。
ジョン「ぼく、大きくなったら天文学者になる」
父「いいねえ」
エルシー「私は?」
父「結婚して5人の子が生まれる。男の子が2人で女の子が3人。うちから近いところに住んで、時々やって来て食事しながら話をする」
エルシー「ふーん」

ジョンが行方不明になって2年後。
両親は軍の関係者たちに会って必死にジョンの行方を探している。
夫は妻に「私は自分勝手で役立たずで・・」などと言う。
さすがにこの2年間、いろいろ考えざるを得ず、家族に悪いことをした、と、彼なりに反省しているようだ。
だが妻キャリーは「取り繕わないで」と冷たく言い放つ・・。

そこにボーという男が友人に付き添われてやって来る。
農民のボーは戦争から戻ったが、体がだいぶ衰弱しており、人に支えてもらわないとじっと立っていることもできない。
しかも「話さなくちゃなんねえ」と言いつつ、でも「話したくねえ」と及び腰。
この男はジョンの隊におり、最後に彼と一緒にいたのだった・・・。

1933年、夫婦はラジオのBBⅭのニュースで、ナチスが政権をとったことを知る。
夫「水の泡だ、水の泡・・」
息子は何のために、命を犠牲にしてまで戦ったのか。
夫は杖をついて歩く。
妻は毛糸の肩掛けをまとっている。
老いた二人の絶望は深い。

だが最後は明るい話題で締めくくられる。
エルシーが結婚するのだ。
白いドレス姿のエルシーに、父は言う。
「やっと母さんが笑顔になった。お前のおかげだ」・・・

約3時間の上演だが、もっと長く感じた。
現代人には冗長に思えるところが多い。
私が演出家だったらあちこちバッサリカットしただろう。
でも上村聡史という人は、好きな演出家です(と急いで付け加えておきます)。
今回の演出も、とても良かったです。

役者たちがすごい。
みんな、とにかくうまいし熱演だし、迫力に圧倒された。
特に、キャリー役の倉科カナが素晴らしい。
最後の夫婦の緊迫した会話が驚くほどの熱量。
夫に対する憤りの表現がリアルで、胸に迫る。
この人は初めて見たが、言葉の語り口も適切で心地良い。

「ジャングルブック」は評者の子供の頃の愛読書だった。
黒ヒョウ・バギーラ、大蛇カー、教育係の熊、猿の群れ、兄弟狼たち・・・
狼に育てられた少年モーグリは、ジャングルで仲間たちと共に生きるが、人間界にも強く惹かれる・・。
幾度涙を流したことか。
あの本の作者がこんな苦しい経験をしていたとは、まったく知らなかった。


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