孤独の自由と欲張らない実践=頑張らない~楽になるブログ

個人意識丸出しながらも、欲張らない、見栄張らない、頑張らない、無理をしないで楽に生きる実践

特別を目指して頑張っていたものが…その夢破れて山河ありの気付きになれば…

2017年12月29日 | Weblog
人間として生まれたからには死ぬまで生き続けなければなりません。
だから太古からして…食って寝て糞をしながら…生きることで精一杯でした。
然るにそれが普通の人間なのです。

ところが生きていくためだけでは物足りずにそれ以外の特別なことをしたがる輩が増えたことからして・人間らしく普通に生きることが・お粗末な劣る人間にも思われるようになったのです。

しかも特別なことを成した人たちを褒め称えることからして更に特別人間が増えて普通人間が生きづらい思いをするようになったのです。

ちなみにこんなことを書いても無駄になるとは思いながらも…暇ついでに…特別人間になれなくてしょんぼりしている人の気休めになったり…
また元からして普通人間が似合っていて世間の片隅で静かに生きている人に恥ではないから自信を持って生きなさいとばかりにメッセージを書いているのです。

然るに世間一般で見られるような特別人間になりなさいと書いているのではなくてして…ごく当たり前の普通人間のままに生きていくことが人間本来だと書いているのです。

だから特別人間に不向きなブログとなっています。

ところが世の中は特別人間で溢れていますから…能力力量不足からして特別人間になれそうもない普通人間が欲張り頑張り見栄張り無理しているのが見受けられます。

だからそれらの人に自己拡大をあきらめて・数に限りがある有限の世界でもって欲張ることをあきらめて・素朴謙虚にして生きる自己縮小の道筋を示すために…私の事例を書き添えているのです。

そして特別人間が損得の得をしているだけではなく、優劣の優を得ているだけではなく、勝ったものだけが立派な人間とはならない…その矛盾を書き…その満足と不満の喜怒哀楽の矛盾でもって大きな精神的なダメージを受けているさまを書き…
逆は真なりにして…逃げるが勝ちの・負けるが勝ちの事例を数々書きながら・根掘り葉掘り書き続けているのです。

何はともあれ…自然界に元からしてなかった特別な人為人工的な諸々から離れて…元からしてある豊かな自然界の恵みによって生きているだけで満足できる心意識に変わることで…己が己の心身を助けることになると書いているのです。

ちなみに幸せ天国は特別ではなく…普通にして心穏やかに暮らせることが幸せ・地上の天国となることを書いているのです。

然るに特別を目指して頑張っていたものが…その夢破れて山河ありの気付きになれば…私の事例に似通った生き様にもなるのです。

そして前もって習うよりも慣れることからして・それが本物になっていくのです。

そこで信じるか否かになりますが…意識変わりして、それが定着すれば、此れまでの三次元意識から卒業できる意識次元上昇アセンションの流れにも乗れるとも言われています。

ちなみに私は此れまで数々を先駆けてきただけに…此れから起こる次元上昇が次なる先駆けとなると自負しています。

意識変わり・意識次元上昇・アセンションの流れに乗るには…

2017年12月29日 | Weblog
20年以上も前のテレビ特番で見たのですが…大きなバチカン宮殿のようなところの壁に…モーセの海割れ現象によって追っての兵士が溺れ行くさまを描いた大きな絵画が自信満々に飾られているのを見て思ったのですが…
時の支配者に言われるままに従った罪のない兵士を溺れさすことが神の所業・神通力が如くに正当化していることに大きな違和感がありました。

すなわち神の力を借りて人殺しをすることが正しいことに錯覚させる・見えない大きな落とし穴がポッカリ空いているようでした。

また同じく聖徳太子が打ち放した弓矢が敵の大将に命中することを天の神に願ったら見ごとに命中して滅ぼすことができたというような神話があるようです。

然るに…神を信じていたなら…自分に都合が良いようになるという惑わしになるのです。

また宗教弾圧でもって苦しんでいる民人を救うために天草四郎が立ち上がり島原の乱となったことを正義聖戦としているのも、信じる神の宗教を守るためなら人と人が殺しあうことを善としていることになります。

ちなみに戦乱の世に天下泰平をもたらした徳川幕府の最後で江戸城明け渡しにして…戦わずにして負ける・負けるが勝ちを選んだことのほうが…本来の正義ではないでしょうか…

またモーセの場合でも…神通力でもって民人を逃がした後で海を元通りにすれば追手の兵士を溺れさせずに済みます。
となれば神通力を活かしたことになります。

ちなみに刺激の強い暴れん坊将軍の成敗よりも、物足りなさがある水戸黄門の懲らしめなさいが妥当ではないでしょうか。

また農民一揆や乱や維新革命でもって神がかりが登場するのは不確かな神を信じなさい・信じれば助かるが如くの思い込み洗脳になります。

何はともあれ…人殺しや戦争に天の神が関わることは絶対にありません。

すべては人間の心精神が原因からして成る様になって、その結果を自己責任でもって味わうことになっているだけです。

また結果に良い悪いもないのが…宇宙・神・愛意識です。

然るに意識が原因からして表れ出た結果がどうであれ・それを真摯に味わい・それが己の精神の学びとなればいいのです。

だから不完全意識が原因の矛盾偽善のこの世人間界で…前後左右の差のない…良くも悪くもない…普通にして生きることで…それが己の精神の学びとなるのです。

ちなみに矛盾偽善の中で…我こそは…と欲張り何か事を成すことのほうがより一層おかしなことになり…歴史を見てもわかるように…それが結果的に人類滅亡に突き進むことになっているのです。

然るに…そうなる前に…この世人間界の矛盾偽善を味わい気付き、その矛盾偽善から卒業することで…意識変わりとなり…それが意識次元上昇となるアセンションにつながるのです。

だから神がかり奇跡とか…棚から牡丹餅とか…果報者は寝て待てが如くにはなりません。

ちなみにこのブログを理解納得確信悟りとなることで意識が変わり、その実践でもって意識次元上昇となるのです。

と言うことは己が自力にして己の意識を変えていくしか他に道はないのです。