仕事の道楽化

 仕事が道楽になることを目指しています。

謝恩会はお楽しみ会か

2015年03月25日 | 学級経営
 卒業式のシーズンになると、「謝恩会」なるものが開かれる。
 
 本来、卒業生がこれまでお世話になった方々への感謝の気持ちを表す場である。

 6年生を担任していた昨年度は、教え子達(とその保護者の方々)が、これまでの学級担任も招待し、謝恩会を開催してくれた。(転勤した学校へも招待状が届いたという。)


 会の中では、お世話になった先生方への感謝の言葉や思い出に残るエピソードを子供達自身が語る場があった。保護者に向けての感謝の言葉を述べる場もあった。

 そういう意味で、謝恩会の名にふさわしい会だった。

 感謝の言葉やエピソードを、ユーモアを交えて語っている子供達を見て、聴き手も笑いが絶えなかった。

 何のために謝恩会を開くのかという目的を、子供達がよく理解していたからこその感謝の言葉だったと思う。


 
 聞くところによると、最近の謝恩会は、ただのお楽しみ会になっている会もあると聴く。
 
 それでもいいのかもしれないが、それならば、懇親会という名前ではない方がよい。「卒業を祝う会」くらいでよい。

 
 ただ、自分は、謝恩会の方が子供が育つと考えている。節目節目の時に、それまでお世話になった人に対して感謝の言葉を言える機会がある方がいい。

 その機会にふさわしい感謝の言葉を作り、述べられる人になった方がきっと幸せな人生を送れる気がする。
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勉強の苦手な子供に見られる特徴・・・忘却力

2015年03月21日 | 授業づくり
  勉強が苦手な児童と一緒に授業をしていて感じるのが、「忘却力」の強さである。


 学習した内容を忘れるのである。前の時間に学習した内容を、次の時間には忘れている。自分も「忘却力」には自信があるので、彼らの気持ちが分かる。


 「忘却力」が強い児童と授業をするとき、心がけていたのが次の2点である。


 1つは、「反復」である。2つめは「体験」である。


 「反復」とは、思い出す時間の確保である。

 算数の少人数指導で、授業の初めは、必ず前の時間の復習から入る。忘れていれば、その前の時間、その前の単元の復習をすることもある。

 多くの算数授業で、前時の振り返りをするが、忘却力の強い児童の場合、復習の時間を5分から10分くらいとる場合もある。そうすることで、その日の学習が理解できるようになる。



 もう1つの「体験」は、なるべく体を使った学習を心がける事である。

 例えば、速さの学習では、秒速、分速、時速の体験をさせる。秒速1mで歩かせ、分速では本当に60mになるかを予想させ、1分間で歩き、実測させた。

 また、自分は分速何mで歩くのかを計測させもさせた。

 そして、1アール中当てドッジボール(10m×10mの正方形でドッジボール)を楽しんだり、学校の航空写真に1ヘクタールを書き、その縁をみんなで実際に走るという体験もした。


 おかげで速さや単位換算の単元は、例年以上によく理解できていた。
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人間の一生

2015年03月18日 | 教師修業
森信三先生の主張に感化され、実践している。森信三先生の主張は、短くて、わかりやすい。取りかかりやすいのだが、きちんとできるようになるのは相当難しい。

根本的、本質的なことを簡単な言葉で主張しているからだろう。


例えば、次の言葉である。

「しつけの三原則は、挨拶、返事、履き物そろえ」

「立腰教育(腰骨を立てる)は、人間に性根を入れる極秘伝」

「時を守り、場を清め、礼をただす  これで組織は健全になる」

いずれも簡単に取りかかれそうだが、徹底して身につけたり、指導したりするのは難しい。
きちんと身につけられたら、そうとう判断力、行動力、感化力が高まるだろう。


wikipediaで、森信三先生のページを見ていたら、次の言葉があった。

人間の一生(読み人知らず)

職業に上下もなければ貴賤もない。世のため人のために役立つことなら、何をしようと自由である。

しかし、どうせやるなら覚悟を決めて十年やる。

すると二十からでも三十までには一仕事できるものである。それから十年本気でやる。

すると四十までに頭をあげるものだが、それでいい気にならずにまた十年頑張る。

すると、五十までには群を抜く。しかし五十の声をきいた時には、大抵のものが息を抜くが、それがいけない。「これからが仕上げだ」と、新しい気持ちでまた十年頑張る。

すると六十ともなれば、もう相当に実を結ぶだろう。だが、月並みの人間はこの辺で楽隠居がしたくなるが、それから十年頑張る。

すると、七十の祝いは盛んにやってもらえるだろう。しかし、それからまた、十年頑張る。

するとこのコースが一生で一番面白い。

森信三先生も、この言葉通りの人生を歩まれたであろう。


この言葉は、教育界では、野口芳宏先生ではないだろうか。

自分も、少しでも近づきたい。
自分も、生涯現役のつもりである。
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整理が上手になる習慣

2015年03月16日 | 掃除
整理が上手になる習慣を身につけたいと考えている。

最近やっているのは、整理の習慣づけである。

整理とは、要るものと要らないものを分別することであると考えている。
片付けの第一歩である。

整理が上手になるには、整理をする時間を1日のうちに5分でも10分でもいいから、時間を位置づけることである。

その時間にすることは、以下の3つだけ。

1つ・・・整理したい場所にあるものをすべて取り出す。
2つ・・・出したものを要るものと要らないものに分ける。
3つ・・・要るものだけを元に戻し、要らないものを捨てる。

以上の3つを行うだけである。

毎日整理する場所は変える。

目に付く場所からまず取りかかるとよい。達成感を味わえる。

ちょっとした時間でできることであるが、気持ちがいい。
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掃除でびっくり

2015年03月05日 | 掃除
 今日は勤務校でびっくりすることがあった。

 掃除の時間である。
 
 本校では1教室5人程度で掃除をする。掃除開始4分ほどで入った教室では、すでに掃除が半分以上終わっていた。
 
 同じメンバーで掃除を始めた3ヶ月ほど前は、15分近くかかっていた掃除である。
 
 それが今や半分以下の時間(3分の1?)で、できるようになった。しかも床はぴかぴかである。冬でも顔がうっすら赤くなるくらい頑張って掃除をしている。

 こういう姿を見ると、育ってきているなあと感じる。

 
 

 追記

 児童数が減ってきたということもあり、勤務校(小学校)では、1教室で掃除をする人数が少なくなっている。

 ちなみに、我が校では、縦割り清掃といって、1年生から6年生までの各学年から、1~2名ずつに分かれて掃除場所にやってくる。

 自分の教室では、1~6年生から2年生を除いて、各学年5名がやってきて掃除をする。
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