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仕事の道楽化

 仕事が道楽になることを目指しています。

最後の最後まで伸ばす

2012年04月03日 | 教師修業

 修了式でざわついている学年があった。

 

 すかさず注意する。

 

 

すると、あとで年配の教員が次のように言った。

 

 修了式のように最後の儀式だと、なかなか子供達は静かにならないよね。無理もないって。あんな時に静かにさせられるもんじゃないよ。

 

 ちょっと腹が立った。この人は、子どもの力を信じていないのである。

 

 修了式のように、その年の最後の儀式であるからこそ本当の力が出る。

 

 静かにすべき時に静かにし、声を出すべきに時にしっかり声を出す。(返事、校歌など)

 

 

 こういうことができるようになった子どもの姿を見て、教師は思いきりほめる。 

 

 子供達は、自分の成長を自覚することができて、なお喜びさらに向上しようとする。

 

 

 そういう向上の循環を創ることが教師の仕事だと思う。 

 

 初めからあきらめて「こういうときはできないよ。」と安易に子どもの成長を阻害しているのは、非常にもったいない。

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知は力なり

2012年03月26日 | 教師修業

 保護者からのクレーム、同僚からのクレームで精神的にまいっている人がたくさんいる。

 

 ただ、誤解や説明が足りないためにクレームになった場合も多い。

 

 

 理不尽なクレームだった場合、自分なら、やはり説明や説得をする。

 

 自分の知識や経験をもとに説明をする。

 

 

 ただ、本を読まない人、研究会に参加していない人は、説明も説得もできないのではないかな?と感じる。

 

 知識や経験があれば、保護者や同僚を納得できる。場合によっては、味方になってくれる。

 

 

 当たり前だけど、知っているというのは大きな武器である。

 

 

 自分の実践を広く深く語れるような自分でありたい。

 

 

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たかがテスト されどテスト

2012年03月05日 | 教師修業

 学力を計る物差しに「学力検査」いわゆる(ペーパーによる)「テスト」がある。

 

 学力とは何かを語るときに必ず議論の一つになる。「テストで測れる学力が、学力と言えるのか」

というものである。

 

 

 「学力」とは定義があいまいである。

 

だから、学力向上に本気で取り組まない人にとっては言い訳がしやすい。

 

 「ペーパーテストで計るテストが本当の学力ではない。」

という。

 

 もちろんそうであろう。あくまでも指標の一つである。

 

 しかし、ペーパーテストも重視しなくてはならないと考えている。 

 

 その理由は2つある。

 

 1つは、客観的に見える指標は大切だと考えているからである。 

 たかがテストであるならば、それくらいの数値が上がるような実践をしてみせればよいのだ。それも自分にとっては一生懸命やって全国平均以上にしている。

 

 いいわけをする人ほど、数値は低い。

 

 (逆に、優れた実践家は、ペーパーテストで計る数値的なレベルはかなり高い。その上で優れた学力を子供達に身につけさせている。)

 

 

 2つめは、教員を守る武器にもなると考えているからである。 

 

 これから先、数値で結果を求められることは多くなるだろう。そんな時に、指導の結果を数値で示せる人は強い。

 

 モンスターペアレンツの攻撃があっても、逆境に陥ったときでも、数値で結果を示せるというのは、大きな自信になる。

 修行途中の教員にとっては、落ち込んだときの、心のよりどころにはなるような気がする。

 

 たかがテスト、されどテストである。

 

 

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授業記録のビデオ撮影はどこからするのがよいか

2012年02月14日 | 教師修業

 自分の授業を録音したり録画したりすることが時々ある。

 自分の指導を振り返ることができる。

 

 その際、ビデオカメラはどこに設置すべきか?

 

 自分は、教室南側、真ん中当たりからとるのがいいと考えていた。

 

 南側からとるのは、逆光防止のためである。

 

 真ん中当たりからとるのは、教師も子供の表情も撮れるからである。 

 

 先日、志水廣先生とその話題になった。

 

 数え切れないほど多くの授業を撮影されている志水先生によると、やはり教室南側、真ん中当たりがよいとのことだった。

 

 もう一つ理由があった。

 

 あまりにも教室の前でとると、「板書が分かりにくい」とのことであった。

 

 志水先生も

「ビデオ撮影は難しいよね。」

 

 と言うことだった。

 

 

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優れた指導者に出会うことで、エレベーターに乗るように高みに行ける

2012年02月13日 | 教師修業

 一昨日は、志水廣先生の算数の講座があった。

 

 いつも思うのだが、自分で努力して力をつけようとするのは、階段を一歩一歩登っていくような感じである。

 それに対して、優れた指導者に教えてもらうのは、エレベーターでグッと引き上げてもらうような感じである。

 

 両方の修行が大事だろうと思う。

 

 時々は、優れた方に出会い、引き上げてもらうのがよい。

 

 特に学びになったのは、志水先生の「優しさ」である。 

 

 自分ならバツをつけそうな場面でも、認めているところである。

 

 私のように「違います。残念。」とは言わない。

 

 「そうだよねえ。」

 と認めてから切り返す。

 

 その優しさが自分には足りない。 

 

 

 

 優しく接しても、結果として、志水先生のやり方で、子供は意欲が高いままゴールに近づいていく。 

 

 「優しく接してもゴールにはたどり着けるのだ。」

 

 自分だけの努力では、階段を登るだけの努力では、こういう気づきを得るまでに、何年もかかるだろう。

 

 講座に参加して本当によかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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有益な情報を下さる方々

2012年02月12日 | 教師修業

 他校の情報や、自分の学校の状況を把握するのにとても有益な情報を下さる方がいる。

 

 それは、教材を販売して下さる業者の方々である。

 

 「業者の方におたずねする」

 

 というのは、有効だと考えている。 

 

 例えば、

「仕事で回っているこのあたりの地区で、一番子ども達の挨拶がよくできているというのはどこの学校ですか?」

 

「○○小学校はすごいです。どの子も私に挨拶をします。先生方もとても明るく挨拶をしますよ。」

 

 

 

「掃除がきちんと出来ている学校はどこでしょうか。」

 

 もちろん、世間話の中で聞く。いろいろと教えて下さるものである。

 

 例えば、次のような話もした。

 

 「ここらの学校で、一番寒さが厳しい学校はどこでしょうか?」

 

 「やはり、○○小学校ですね。」・・・自分の学校だった。

 

 

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反面教師も必要

2011年11月30日 | 教師修業

 自分は今、教育に関する仕事をしている。

 自分が教わる立場だった子どもの頃、学生の頃の先生方には本当に感謝している。

 

 一生懸命指導して下さったという思い出がいっぱいある。指導以外にも、自分が虫垂炎やペルテス氏病で入院したときは、お見舞いに来て励ましのことばを下さった先生もいる。

 

 そんな先生方のようになりたくて、自分も教育関係の仕事を選んだ。

 ただ、これまでに教わった人の中には、「許せない」と思う人もいる。

 小学校の頃、泳げなかった自分を泳がせ、補助しながら笑っていた先生がいた。それは、和気藹々の笑いではない。蔑むような笑いであった。(励ますための笑いかそうではないかはすぐに分かる。)

 また、その先生は、自分に学級会の司会をさせたことがあった。いきなりである。

 司会進行の技能を持ち合わせていなかった自分は、45分間学級会を進められなかった。発言が全く(全く!)無いまま45分間が終わったのである。人生の中でもかなり長く感じられた45分間である。

 その間、その先生は机に座って仕事をしていた。

 それから自分は、学級会の進行役はものすごく難しい仕事だと思っていた。たぶん10年、いや20年以上は、自分は進行役はできないと考えていた。(今も得意ではないが、「やれ」と言われたらできる)

 

 今考えると、これも貴重な学びであった。

 人生には、反面教師が必要なのである。

 

 少なくとも自分は、そのような指導はしないという決意を持たせるためにも必要である。

 といいつつも、自分自身が反面教師となるような行動を取っているかもしれない。

 そうならないように気を付けよう。

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再度お知らせ「知のカリスマ」内田樹先生講演会

2011年11月28日 | 教師修業

知のカリスマ

    内田樹先生講演会
                                                      
○ 日時 平成23年12月3日(土)

○ 参加費 3500円(当日4000円)

○ 場所 JAアズムホール別館202研修室

○ 参加人数  120名まで

お申し込み方法

その1  お近くの日向教育サークルメンバーから直接買う。

その2 事務局(嶋田)に以下の内容を書いたメール(葉書)を送り、下の口座に参加費を振り込む。

メールのあて先…sima.yuuiti@nifty.com

①氏名②勤務校 口座「日向教育サークル 嶋田雄一」宮崎銀行五ケ瀬支店 
                        1090375
※口座確認は1週間ほどかかります。入金確認後、チケットを郵送します。

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知のカリスマ 内田樹先生講演会

2011年11月12日 | 教師修業

教育月刊誌「教師のチカラ」(日本標準)では、第5号から内田樹氏の連載が始まっている。

(連載「教師という仕事」より 引用)

 「教育の目的とは」

 

 勉強の成果ができるだけ早くできるだけ高額の年収をもたらすためには、どんな学科を選択すればいいのかということに人々は知恵を振り絞っている。私は今日の「教育危機」の実相というのはここに由来すると思っている。

 

 というのは、教育を「投資」だと思う人にとっての最大の不安は、必死の努力で学歴や資格や免許を手に入れたはいいが、ある日「市場価格」が暴落し、努力が水泡に帰すことだからである。

 

 

(中略)

 

 教育危機からの脱出は何よりもまずこの功利的教育観からの離脱として始まらなければならないと私は思っている。教育の受益者は教育を受ける子どもたち自身ではない。教育の真の受益者は子どもたちを含む社会集団全体である。

 

 教育の目的は成熟したフルメンバーを一定数継続的に供給することである。それが最優先の課題である。それが果たせなければ、共同体は長くは存立しえないからである。

以上引用終わり

 教育の目的に関して、今日忘れられがちな視点を与えて下さる方である。

 その内田氏が宮崎に来る。

 ぜひ、多くの方に聴きに来ていただきたい。

知のカリスマ

    内田樹先生講演会
                                                      
○ 日時 平成23年12月3日(土)

○ 参加費 3500円(当日4000円)

○ 場所 JAアズムホール別館202研修室

○ 参加人数  120名まで

お申し込み方法

その1  お近くの日向教育サークルメンバーから直接買う。

その2 事務局(嶋田)に以下の内容を書いたメール(葉書)を送り、下の口座に参加費を振り込む。

メールのあて先…sima.yuuiti@nifty.com

①氏名②勤務校 口座「日向教育サークル 嶋田雄一」宮崎銀行五ケ瀬支店 
                        1090375
※口座確認は1週間ほどかかります。入金確認後、チケットを郵送します。

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ハードディスクの更新

2011年11月11日 | 教師修業

 ポータブルハードディスクをメインにして仕事をしていた。

 そのハードディスクが壊れてしまった。

一太郎以外のここ1ヶ月分のファイルがパーである。(一太郎だけはその都度バックアップをとれるから OKだった。)

 衝撃に強く、セキュリティロックもかけられる機種を買おうと思った。

 その結果、次のハードディスクを買うことにした。

HD-PXT1.0TU2-WH

である。

 セキュリティーも考えているところがうれしい。

 なかなか使えそうである。

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教育現場は忙しい。

2011年11月08日 | 教師修業

 放課後にテストの丸付けをしている若手教師を見た。

 自分も昔は良くやっていた。

 しかし、今は放課後に丸付けをすることは殆どない。なぜなら、テストが終わり次第、丸付けを始めるからである。そのようにしないと、自分の本当にやりたい仕事、やるべき仕事がしにくいほど時間はなくなっている。

 最近の自分は、テストが始まる前に、テストが終わったら何をしておくかを予告しておく。

 別のプリントだったり、その日の宿題プリントだったり(結構喜んでしている)、読書だったり、算数の学習の感想文だったりと、いろいろである。

 「見直しを十分した人は持ってきなさい。」

 この言葉の後にテストが始まる。

 

 持ってきた子から順に丸付けをしていく。

 テストの時間が終わる頃には、殆どの丸付けも終わっている。

 今、教育現場はものすごく忙しい。(人にもよるかなあ。)

 勤務時間だけで仕事を終えようとするには、相当な仕事術が必要な職場になっている。

 勤務時間内に仕事を終えようとするならば、テストが終わり次第丸付けを始めるというような時間を有効に使う仕事術が必要である。

 その分作れた時間は、本当に自分がやりたい仕事をすればよい。

 自分の場合は、次の日の授業の準備かな?

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ワクワクするとき

2011年11月07日 | 教師修業

 どんなときにワクワクするか。それを見つけるのは、とても大切なことである。なぜなら、そのワクワクする活動を仕事にするのが、仕事も人生も楽しめるからである。

 今の自分は、算数の授業をするときに一番ワクワクする。(ホントです)

 授業を進めていき、子ども達がだんだん分かり、できるようになっていく。授業後半では、練習問題を自分で解いていく。

 その子供のノートにマルを付けていくときが一番ワクワクする。

「さすがだね。」

「よくがんばったね。できるようになったね。」

「ノートが見やすい。説明の書き方も上手。」

「さっき間違ったところも、これでできるようになったね。」

等といいながら、マルを付けて回る。

子ども達は、うれしそうに次の問題を解いていく。

 この空気を味わいたくて、また次の授業の準備をする私である。

 

 

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スッキリ

2011年11月05日 | 教師修業

休日である今日は掃除をした。

今日選んだのは「風呂掃除」である。

みがくほどにきれいになっていくのは快感である。

「忙中閑あり」の

「閑」

の時は、なるべく掃除をしている。環境だけでなく、自分の心もスッキリして、次の活動への意欲が高まるからである。

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目の前の人を見よ

2011年10月31日 | 教師修業

 先日、病院に行った。そこは何回か行ったことのある病院である。

 診察室に入ると、

「どうですかあ?」と言いながら、その医者はパソコンのモニターを見ている。

そこには、私のこれまでの診察結果と処方箋が書いてある。すぐに次のように言った。

「今度は、○○という薬を出しておきますねえ。」

私の話は聞かないまま、しかも患部も見ないまま!

モニターを見て処方箋を書いているのである。

「患者を診ないでよくできるなあ。よっぽどの名医か、その反対かのどちらかであろう。」

と、その時思った。

 教員にも当てはまる人がいる。

 子どもが挨拶をしているのに、返さない人、(中には、この医者と同じようにパソコンのモニターを見て、声だけ出す人もいる。)

 授業で、子どもをあまり見ないで、殆どパソコンの画面を見ながら授業を進める人、(パソコンオタクの教員の中にいると聞く。)

 こういう人は、いずれ子ども達の心が離れていき、学級崩壊(予備軍)のクラスを作っていく。

 「目の前の人(子ども)をみる」

 これは、どの職業でも当てはまる。

 自分も気を付けないといけないと思った。

 

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内田樹先生が宮崎に

2011年10月30日 | 教師修業

 内田樹先生が宮崎に来て話をして下さる。

滅多にないチャンスである。

平成23年度教師力アップセミナーin宮崎 第3回

                                           
              明日の教育について 新しい視座を得てみませんか
知のカリスマに聞く「街場の教育論」 内田 樹先生に学ぶ会
                                                  主催 教師力アップ連続セミナー宮崎事務局
 斬新な切り口から、現代教育の進むべき方向について、新しい視座を得ること間違いなしです。

  【講師紹介】
内田 樹(うちだ たつる) 神戸女学院大学名誉教授
1950年東京生まれ。
神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部フランス文学科卒。
東京都立大学人文科学研究科博士課程中退。東京都立大学人文学部助手、神戸女学院大学文学部総合文化学科助教授、同教授を経て2010年退職。
専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。
著書に『ためらいの倫理学』、『先生はえらい』、『街場の中国論』など。『私家版・ユダヤ文化論』で第六回小林秀雄賞、『日本辺境論』で2010年度新書大賞を受賞。雑誌『教師のチカラ』(日本標準)連載中

 【著書】

最終講義-生き延びるための六講 (生きる技術!叢書)

最終講義-生き延びるための六講 (生きる技術!叢書)
価格:¥ 1,659(税込)
発売日:2011-06-24

街場の教育論 街場の教育論
価格:¥ 1,680(税込)
発売日:2008-11-15

○ 日時 平成23年12月3日(土)13:30~16:45(受付13:00~)
○ 会場 未定
○ 日程 (講座内容は変更になることがあります。)
                              

講座113:30                    15:00  (90分)

街場の教育論   ~21世紀の子育て論~

講座2 15:15~16:45(90分)
これから身につけるべき大人の教養

○ 参加費 3500円(当日4000円) 
○ 参加人数  150名まで 
お申し込み方法
その1  お近くの日向教育サークルメンバーから直接買う。
その2 事務局(嶋田)に以下の内容を書いたメール(葉書)を送り、下の口座に参加費を振り込む。
メールのあて先…sima.yuuiti@nifty.com

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