トシの旅

小さな旅で学んだことや感じたことを、
まとめるつもりで綴っています。

私の好きな街2 近江八幡

2010年02月24日 | 日記
自分よし 他人よし 世間よし

近江八幡をふくむ湖東地方は
近江商人のふるさとです

てんびん棒をかついで 
全国を歩いた 近江商人 

近江八幡駅前に「近江商人誕生の地」
の石碑が建てられています



JR近江八幡駅から 歩いて30分
豊臣秀次が開いた 八幡堀につきます

テレビ時代劇が全盛の頃は
画面の中で たびたび みることができました

私にとって 八幡堀は 
まさにあこがれの場所でした 



堀が大きくカーブした長い石段は 
商家の船着き場となり たくさんの人足役の俳優が
荷の積み降ろしをしていたところです



かわら博物館のそばに 
この堀をまたいで船の上にかけられた
3メートルほどの橋があります


一組の親子連れが、もの思いにふけりながら
手をつないで 橋をわたって来る
向こう側から逃げてきたならずものが
この橋の上で立ち止まり 用心深く 周囲を見回して
こちら側にやってくる

こんな 光景が浮かんできます
この橋を見るために いつか訪ねたいと
思い続けていました



この橋を支える船は もちろん
木製ではありません

そして この遊覧船も
エンジン付きの 金属製です

しかし 周囲の 家並みと
ぴったり 調和しています



八幡堀の岸辺の道は 石畳で
ほんとにきれいに 整備されています
私が訪ねたときは 
たまたま 通る人がいなかったのですが
ゆっくりと散歩したくなるような
雰囲気です

聞けば 八幡堀が 埋め立てられてしまうような
動きもあったようです

近くの新町どおりには
西川邸など 江戸から明治にかけての
伝統的な町並みが残っていて 
文化庁指定の重要伝統的建造物群保存地区になっています

近江商人の伝統を大切にしようとした
市民の気持ちに 
八幡堀も 守られてきたのだと思います






ウイリアム ヴォーリズ 氏
英語教師として この街にやってきた
キリスト教を伝導し 建築家・実業家として  
この地の発展に尽くしました



幼い頃から、我が家には
看護師さんの絵がついた
塗り薬が身近にありました

ちょっとした切り傷、擦り傷には
「それ つけとけば」と言われていました

その薬の「製造」のところには「近江兄弟社」
「ええっ! 兄弟?」
薬もですが 会社の名前も 身近なものでした

少し 大きくなってから、
夏の高校野球の地方大会の結果が掲載された
全国紙のスポーツ欄で
「近江兄弟社」の名をみつけました
あの製薬会社の経営している会社なんだ!
なつかしさでいっぱいでした







初めて、この街を訪れたとき
八幡堀に比較的近いところに
会社と学校を見つけることができました。

そのときには あの「メンソレータム」ではなく
「メンターム」の会社になっていました

もちろん この間の経緯は
報道で知ってはおりましたが・・・




近江八幡の街を歩くと
伝統的な和風の建物だけでなく
洋風の建物にも たくさん出会います
どれも 広い敷地に建てられていて
歴史を感じる建造物です

建築家としてのヴォーリズの
影響を感じます




八幡堀とメンソレータム(メンターム)
そして ヴォーリズ 近江商人  ・・・

すべてが なつかしい すてきな街です 





 

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