風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

高千穂

2006年12月13日 | スピリチュアル
どうもご無沙汰してしまいました。
なんやかやと慌しかったもので、何かを書こうという余裕がありませんでした。

先週の金・土と、ネネさんたちと高千穂の神社巡りをしてきました。
高千穂神社、荒立神社、幣立神社と回りました。
その神社の宮司さんたちにインタヴューをしてきました。
どの宮司さんも個性豊かで、笑顔が素敵で、親切で、言葉が深かったです。
年明けには、そのインタヴューを記事に起こして、読める形に持って行こうと思っています。

インタヴューが実現したのも、ネネさんと宮司さん方の強い信頼関係があったからこそです。
その世界では高名な宮司さんたちですから、名前を利用されるなどのリスクもあるわけですから、
そう簡単には、ぼくのような得体の知らない者のインタヴューなどは受け付けてはくれない気がします。
いい記事になるよう、ちょっと頑張ります。

実は、第一弾として、ぼくらの滝の導師のインタヴューは大体は完成しました。
いつも会っているような関係でも、まとまった話というのは聞けるものではなく、導師の知らない歴史やら考え方なども知ることができ、
インタヴューをまとめるぼく自身も大変楽しく読めるものとなりました。
行者さんなどの話の中で「滝行」という言葉が出てくることはありますが、それはあくまでも修行の一端として出てくるだけであり、
滝行に絞ったまとまった話というのはなかなか聞くことができませんでした。
ぼくが知る限りでは、滝行に絞った本というのは、一冊だけ世の中で見たことがあるだけです。
今回の導師のインタビューは、「滝行」というものを知りたい方の格好の入門書になりえると思っています。

ネネさんは出雲にもそういう類のコネクションをたくさん持っているので、出雲にも行くことになると思います。
伊勢も可能だそうなのですが、伊勢神宮にインタヴューに行く勇気は今のぼくにはありません(笑)
もうちょっと経験を積んでからと思っています。

それにしても、ネネさんのそういった人たちとのコネクションは驚くほど多彩で、広く深く、
今回の一泊二日の高千穂でも、宮司さんたち以外にも濃い人たちと会うことになりました。

二子石さんという方は、阿蘇連山を見渡す丘になんと自力でストーンサークルを作ってしまいました。
真ん中の石はシナイ山からわざわざ持ってきたもので、その周りを取り囲む石も日本各地の聖地から持ってきたものだそうです。
その傍らには、馬門石という熊本県宇土市でしか取れない石で作ったピラミッドまで安置されています。
馬門石というのは、薄いピンク色で、古代の大和の王などもわざわざ取り寄せて石棺の材料にしていたほどの石で、
9万年前ほど阿蘇山が噴火した際の火砕流が固まったものらしいです。
そのほかなんだかすごいことを言っていたのですが、あまりにもあれなんで割愛します(笑)
二子石さんは、二児だか一児だかの母親で、笑顔がとても素敵な女性でした。

もうひと方、七谷さんという、竹を使った作品を創っている芸術家の人に昼食をご馳走になりに行きました。
昼食といっても、3時間を越えるようなフルコースで、どの料理も素材が吟味され、手の込んだ和食でした。
不思議なことに、すごい量を食べているはずなのに、次の料理がするする食べれてしまいます。
5人分の古ーコースの料理を、七谷さん一人で作るのです。
料理も超一流でしたが、食事のあとに見た作品が息を呑むようなものでした。
一ミクロンの厚さの竹を光が通過する時、その色は真っ赤な色になります。
赤い電球や赤いガラスの赤ではなく、夕焼けの太陽の赤です。
ちょっと言葉では形容できません。
いずれ紹介できる時が来ればいいと思いますが。

そんなこんなで、今年も暮れて行きます。
一日一日を大切にとは思っているのですが、惰性に任せて怠けたり、意地悪したり、無関心を装ったり、
時には人の心を意味もなく傷つけてしまったりしています。
神社にお参りすると、いつだってそのすうっとした気に癒されるのですが、同時に己の心のきりのないもやもやにうんざりもします。
それでも諦めず、「祓い給い、清め給え。守り給い、幸へ給へ」と唱え続けて行こうと思ってはいるのです。

ああ、そう言えば、高千穂神社の神楽殿で観光用の夜神楽を見ました。
この時期、高千穂峡の各社で、夜を徹した夜神楽が行われています。
寒いので、村人たちは酒を飲みながら参加するんだそうです。
その昔、アマテラスやウズメやアメノタヂカラオなどが実際に演者に降りてきていたのかもしれません。




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