風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

2006年03月25日 | 
黒い街の上にレモン色の月が音もなく昇り、欅の木立が風に揺れた。
遠ざかるサイレンに、遠くの犬が吠え立てている。
何かを言おうとした者も、口ごもって黙り込む。
そんな夜。

足音を潜めて路地をうろつく野良猫は、胸騒ぎを感じて耳を立てて辺りを見回す。
うなだれた勤め人たちは、コートの襟を立て、帰り道の先を急ぐ。
生まれたての赤ん坊さえ、虚空の中に何かを感じて泣き始める。
冬が終わったというのに、春はまだ来ていないのだ。

こんな夜には夢を見ることさえできはしない。
もぐりこんだ布団が徐々に温まるのを待つだけだ。
生きている実感もないくせに、孤独を感じる情もない。
先刻ふと見上げた月の色だけが、妙に冴え冴えと頭の中に残るだけ。

月はのっぺり地上を照らす。
ありとあらゆる精霊たちが息を潜める。
黒い街はますます黒ずみ、時折吹く風に木立も無表情に揺れる。
我慢しきれなくなった誰かの叫びも、喉から出る前に掻き消える。

何時間が経てば、月は沈んで日が昇る。
精霊たちも息を吹き返す。
赤ん坊も機嫌を直し、おっぱいを欲しがりぐずりだす。
でも、今はまだレモン色の月が天空にぽっかり浮かんでいる。