鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

餌付けに関するコメント

2006-03-28 15:34:33 | 鳥・一般
1_3
Photo by Chishima,J. 
市民から餌をもらうオオハクチョウ 2005年11月 北海道帯広市)

 少し前に「矛盾」という記事の中で、撮影目的の餌付けに批判的な内容を書いたところ、「bota」さんから「鳥における餌付けの悪影響は何だろう?」という提起をいただき、私見を若干コメントに付した。その後、「速」さんと「のっぱら研究所」さんから相次いで餌付けに関するコメントをいただいた。どちらも重要な情報と示唆を含んでいるものであり、コメント欄に付記しておくのはもったいないと考え、ご両人の許可を得てここに掲載することにした。長文になるが、鳥に関心のある人はぜひ一読していただきたい。(千嶋 淳)
まずは、速さんのコメント(2006年3月24日)

「餌付け問題で特にハクチョウ類に絞りますが、厚岸の事例を水鳥館の方から聞いて問題視しないといけないと思いました。厚岸湖はハクチョウの越冬地であり、大半のハクチョウは主に湖の水草だけで過ごすことが出来ています。しかし、餌付いた一部のハクチョウが人の餌を当てにするようになって水草を食べなくなり、結果、飢えて街中をさまよい、餓死する個体が出た(増えた)ため餌付けを止めたそうです。
餌付けた人は好意と思って餌付けたのに、十分な餌が随時与えられなかったため起こった事故で、逆に仇になりましたね。
そして、ハクチョウを死なせたのは誰の責任かと問われても、今の日本の法律では誰も罪がありません。自己責任がいることを認識していないと駄目ですね。
給餌自体不自然かもしれないが、一般市民が野鳥に関心をもってくれる場としてあってもいいかと思います。強引に今まで定期的に餌をおいていた給餌場止めろというのは個人的にしんどいし、僕も(調査等で)利用しているのでなんともいえない。ただ、鳥が体内で分解できないと言われている油を使ったお菓子やパンは避けたほうが良いだろうし、そのあたりは餌を置く人、あげる人とうまく話し合ってお互い理解を深め、より関心を持っていけるでしょうね。」

パンをくわえて飛ぶオナガガモ(メス)
2006年3月 北海道河東郡音更町
2_4
Photo by Chishima,J. 

続いて、のっぱら研究所さんからのコメント(2006年3月26日)。

「餌付けが自然にこういう悪影響がある→だからやってはいけない。
と言う論法になりがちなんですが、ちょっとまてよ。
悪影響がない → やってもいい。
ということなのかな? と時々思います。
なぜ「やる」ことが前提になっているのかなと。
「やらない」が前提であって、じゃあ「やる」ことが必要な場合とは何だろう? という発想でないと、この問題は整理しにくい面があると思います。
             *
んでは、「なぜ人を殺してはいけないといわれるか?」
それは「人は人殺しをすることがあるから」だと言われることがあります。
人はなぜ野の鳥に餌をやるのか?
それは人間に備わっている衝動だろう。と思います。
だからさまざまな家畜家禽が生まれ、利用されているのです。
その衝動は例えば他の衝動欲望と同様コントロールされるべきだと考えます。何のために?「より自然に適応した人間社会の構築のため」でしょう。
どのようなシーンでどのようにコントロールされるべきか、それは他の自然との問題と同様でしょう、自然の理(ことわり)に軸足を置いて、どのような形態をとればより人間社会の仕組みに取り入れられやすいのか、方法論を検討することでしょう。
何の問題でも同じですが、餌付け問題については、社会的論議をおこなうことがまず必要と考えます(水際でごちゃごちゃもめるだけでは長期的に見てあまり意味がない)。全国的な公開論議の場を作るべく、積み上げていくことでしょう。
例えばこのような場で餌付け論議がはじまったのは、ここ5年位のことで、盛んになったのは去年くらいからだと思います。
美唄の宮島沼では餌付けの社会的論議が始まっています。しかし(財)日本野鳥の会はまだ腰がひけてるという状態です。

餌に群がるユリカモメ
2006年2月 東京都台東区
3_4
Photo by Chishima,J. 
             *
餌付けの問題点は、しばしば「健康問題」と置き換えられることがありますが、よく観察してみると、
餌のありかの「集中」
鳥の居場所の「集中」
が大きな問題を占めているように思われます。
環境省北関東地区自然保護事務所のミヤコタナゴのコーナーを見てください。担当者から相談を受けたことがあります。白鳥への餌は冬に集中します。そして春にその汚れがどっとミヤコタナゴの生息する小川に流入し、産卵の相手の二枚貝が生息できなくなり、この天然記念物は絶滅の危機にあります。
白鳥に餌をやっている人はそれを知っています。

娯楽に基づく餌付けとは言い換えると
 「  差   別  」  
です。
「マガモのようなどこに出もいる人気もないような生き物を調べているなんてお金の無駄だ」とは白鳥おじさんの弁です。餌付け場に来やすい鳥と来にくい鳥がいます。結局、人間に近づきやすい生き物をさらに近づけているにすぎません。環境教育上の意義を唱える人もいますが、少なくとも観光・娯楽・趣味の私設・エサ場についてはそういうものはほとんど薄い。
エサを年間1トン自然界に放出するのと、生ゴミを年間1トン自然界に放出するのと何が違うのでしょうか?
私が「俺はバクテリアがかわいいんだ!」といってそこら中ゴミをまき散らしても良いってことでしょうか?
結局見た目がよけりゃあエサやってるだけのことでしょう。差別です。ブスはどうでもいいってこと。
多くの生き物に平等なのは自然を取り戻すことです。

鳥の集中ですが、このことによって感染症の危険が高まるということはもうご存知だと思います。この状況は生息適地が限られ、一つの沼に集中することによって引き起こされえます。昨年5月末に中国青海湖でハクガン(インドガン?)とズグロカモメが1000羽以上、今年に入って北アメリカでハクガンがやはり1000羽以上、西欧では数十羽単位で各所で死んでいます。これはH5N1インフルエンザですが、他に数十種類の感染症があります。
この生息環境の減少の中で餌付けしたらどうなるか?
堆積した水鳥の糞の上を、水鳥だけではなく、カラス、スズメ、ドバト、人間、キツネ、野良犬、等々が歩き回ります。ひどい場所は鶏小屋くさい。
感染症の危険を高めるのは当たり前、今起きてないのがラッキーなだけです。
人間はうがい、手洗いができます(靴底も洗った方が良い)。鳥は、それができないんですよ。
世界的な感染状況については、
鳥インフルエンザ http://ai.cloverlife.net/
鳥インフルエンザ海外直近情報集 http://homepage3.nifty.com/sank/
を参照してください。基本的には人間への感染を心配しているページですが、状況を読むには役に立ちます。
それから「自然観察の部屋」「自然大好き」で検索されると身近な餌付け問題の観察や考え方に触れるコーナーがあります。

ズグロカモメ(若鳥)
2006年2月 千葉県習志野市
背後はダイゼン
4_4
Photo by Chishima,J. 

ハクガン
2005年4月 北海道十勝川下流域
5_4
Photo by Chishima,J. 
             *
街の郊外にあるわき水のきれいな池。
わき水なので凍らないから、冬はカモが20羽くらい越冬していたようです。しかし、7年ほど前からほとんど飛来しなくなったようです。
市街地の冬季のカモ数は増えているようにみえました。つまり「餌付けで鳥を集める」ということは「元いた場所から人力で鳥を奪っている」ということです。生態系の中でカモはかなり大きな鳥です。
それが奪われるということは大きな損失です。元いた場所から見てみれば「殺された」のと同じ結果を招いているわけですから。

マガモ(オス)
2006年3月 北海道帯広市
6_4
Photo by Chishima,J. 

ペットは、死んだらちゃんと埋葬するまで面倒を見なければいけません。責任があります。
野生動物へのエサやりは、人間の都合の良い時だけ相手をすればいいのです。そして、責任を取らなくてもいい(ことになってしまっている)のです。
餌付けとは 無 責 任 です。ペット飼いなさい。

自分の職場の横の車道で、なぜかエゾリスがよく交通事故死する場所があり、そこにヤナギが立っていました。リス殺しの木かな?と思って、ある日やはりまだ暖かい事故死体を持ったまま木をのぞき込むと、その裏の車庫に大量のエサが備蓄してありました。
近所の公園に昔から餌をあげていたおじいさんでした。曰く「リスがそこでよく死んでいるのは知っていた。でもえさ台にエサはやりたい」
餌付け人の心理が分かった気がしました。それが原因でリスが死んでもリスに餌をあげたい。熱心な人の多くは
「  依  存  症  」
なんじゃないかと思います。
他にもハクチョウの言葉が分かるだの何だのと「俺様宗教」化している人はずいぶん見ます。
このような人を直接説得するよりも、マスコミが良いことだと思って報道したり、真似したり、観光地化することを防ぐ方が効率が良いと思いますね。

エゾリス
2006年2月 北海道帯広市
7_3
Photo by Chishima,J. 

肝心の野鳥の会や、環境省はまだ当てにはならないので、地域ごとに論議を高めていくしかありません。新聞投書もしつこくやりましょう。私の地方では少なくともローカル記事で餌付け礼賛は出なくなりました。
「コントロール」です。選択肢には禁止もありますが、コントロールすることの方が知恵が出るように思います。できないなら禁止でしょう。
小鳥の餌台については、野鳥の会のガイダンスがあるのでそれをルールとすればよいと思います。
他の件についてはルールがなさすぎます。」

餌台にて(ゴジュウカラ
2006年3月 北海道根室市
8_3
Photo by Chishima,J. 

給餌場のコハクチョウ
2006年2月 群馬県館林市
周囲にはオナガガモが高密度に群れる。
9_1
Photo by Chishima,J. 

(2006年3月28日)


最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
人殺しのような仕事の量と、札幌→網走→歌登→札幌の... (bota)
2006-03-28 19:06:40
人殺しのような仕事の量と、札幌→網走→歌登→札幌のほぼ移動のみの出張でこのページをしばらく見れていませんでした。

ちしまさん、速さん、のっぱら研究所さん、貴重なコメントありがとうございます。
大変勉強になりました。

一番の問題は、私のような鳥のことを知らない一般の人が、「餌付けがいかに不自然か」ということを感じ取れないことにあるのではないのでしょうか。

私は植物を勉強してたし、仕事にもしているので、高山植物なんかが家の庭にあったりすると、違和感だけでなく嫌悪感まで感じます。
しかし、植物のことを知らない人にいくら説いても、この不自然さはなかなかわかってもらえません。

そういう人たちには
>悪影響がある→だからやってはいけない。
これが一番わかりやすいんです。
だから、「悪影響」ということに理由を求めてしまいます。
でも、「不自然さ」がわかっているのであれば、「悪影響」に理由は求めないでしょうね。
うちの社長はバリバリの工学屋さんなんですが、植物の外来種について「外来種もそのうち馴染んで、在来種となかよくなるんじゃない?」と言っていました。これでも、結構山なんかに登ってる人なんですよ。
一瞬唖然としましたが、悪気もないし、これがごく一般の人の考えの一つなんだなと思いました。

私にしたら、鳥の餌付けについては「うちの社長」状態でした。
でも、私もだんだん餌付けの不自然さが分かってきたような気がします。
これは地道な啓蒙活動が必要ですね。
返信する
bota読んでいただいてありがとうございます。年度... (のっぱら研究所)
2006-03-28 22:15:07
bota読んでいただいてありがとうございます。年度末ですね。

植物なら「高山植物に肥料やりますか?」
みたいなもんです。

テーマが移入種で工学部あいてなら、もっとわかりやすい例えありそうです。一つねじが狂っただけで、えらいことになりますから。生態系は、まさに「系」ということなんだから。 
某国とか某社生産の部品が混じり込んだら製品はどうなる?とか、会社同士の微妙な棲み分けとか。
そういうことだと思います。

餌付けは生態学的には不自然でも、「衝動」「欲望」としてはあり得る行動かなと思います。
公園で観察すると、いちいち餌をやる人の方が少ない(といっても休日は30人以上はやる)わけで、盲腸までは行かないけど、半休眠にある(何かのきっかけで目覚める)行動なんでしょう。割合的には餌付け人は少ないと思います。
潜在的餌付け人の衝動の発現を防ぐことで、総体としての餌付け量はかなり抑えられるかと思います。
そのためには、
「地道な啓蒙」だけではなく、マスコミのコントロール。公園や河川管理者のコントロール。(財)日本野鳥の会と環境省、農水省などの態度が鍵になってきます。

現代になって「衝動・欲望」どおりでは自然がこわれるよ、という状況になってきた、とも言えるでしょう。
アメリカではとくに野生哺乳類に対する餌付けを「アニマル ハラスメント」と呼ぶ、と聞いたことがあります(うろおぼえ)。

もう一つ、ただ「だめですよー」ではスムーズに行かない場合もあると思います。個人的餌付け場については「だめ」もあり得ますが、観光資源の場合は「餌付けは楽しい。」のかわりが必要だと思います。
鳥を楽しく観察したり、学んだり、あるいは餌付けコントロールのプロセスに参加したり、餌付けではなく自然復元をおこない、あるいは参加する、あるいは、科学的根拠のある厳密に管理された餌付け、学術捕獲調査のための餌付け、といった、より社会的ステイタスの高いと思われる段階への移行について論議される必要があると考えます。
返信する
botaさんすいません。「さん」が抜けてしまいまし... (のっぱら研究所)
2006-03-28 22:28:15
botaさんすいません。「さん」が抜けてしまいました。深くお詫びいたします。


追伸
写真撮影における餌付け問題について触れてませんでしたね。本質的には同じだと思いますが・・・。
またいづれ。
返信する

コメントを投稿