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トッポパパの日本気まぐれ紹介、 その32の4 『諏訪、小坂観音院』

2007年12月11日 | トッポパパのディスカバー・ジャパン
諏訪湖を望む丘の上に、由布姫を祀った供養塔がある『小坂観音院』を訪ねてみました。
樹齢七百年以上のサワラ並木を通ると山門にたどり着きました。



井上靖の著書『風林火山』では、諏訪頼重の娘『由布姫』は、武田信玄の側室となって勝頼を生み、この観音院で暮らしましたが、病のため25歳でこの世を去ったとされています。



1963年に、大河ドラマの原作となった井上靖の小説に基づき、ここの境内に供養塔が建てられようです。
ここは諏訪氏の祈願所として信仰を集める古社で、由布姫が勝頼を出産した後、病身となり甲府から諏訪へ戻り療養したと伝えられています。
井上靖の風林火山の小説では、信玄、山本勘助が足繁く通った物語の重要な舞台です。
 


実際に、江戸時代には高島藩主の祈願所となり、歴代藩主から手厚い保護を受け、改造や再建が繰り返されたそうです。
諏訪湖畔から観音院までの地名に『殿先』『お花畑』といった、昔の名残りの名前がいまでも残されているそうです。



武田信玄が信濃の攻略に踏み出したた時、最初の標的が諏訪の豪族諏訪頼重です。
諏訪頼重は信玄の妹、禰々(ねね)をめとっていましたが、信玄に殺害されてしまいます。 
信玄が諏訪攻略とともに得たものが頼重の娘、『由布姫』です。
信玄との間に勝頼が生まれたものの、父を殺した仇敵である信玄との愛憎が、小説『風林火山』の山本勘助を通して描かれているのです。



同行者は歴史よりも、こちらに興味があるようです。



歴史の中では、14歳で信玄の側室になり、子供を育て、天下国家を憂いながら25歳で没した由布姫です。 
禰々も16歳で病没したそうですが、この時代の人は男女を問わず凝縮した人生を歩んでいたのですね。



力石に挑戦している人を見ていると、今の時代は幸せなのでしょう。(笑)



こちらは、由布姫に挑戦の、いつもの愉快な小父さんです。



柏槇(びゃくしん)の古木です。
樹齢1200年の古木ですが、上のほうは、まだまだ青い葉がついています。
この古木は風林火山よりはるか昔からこの地にあり、歴史を見守ってきたのでしょう。



次回は、もう少し歴史を訪ねて、風林火山にたびたび出てくる『高島城』を訪ねてみます。