Ommo's

古い曲が気になる

「富士には、月見草がよく似合ふ」は、太宰治のフレーズ

2013-07-24 | 日記・エッセイ・コラム

 

 夕暮れの散歩道に咲いていた、月見草。もう薄暗かったのだが、フラッシュをoffにしていて、かつ、ピンボケだ。しかし、先日、コタニ・アグリの農場の亜麻を撮影した折、道端に咲いていた月見草を撮っていた。きょうの、ちょっとピンボケ月見草と、コタニ・アグリの防風林に咲く、月見草。

Dscn3208

Dscn3093

 太宰治の小説のなかのフレーズ、「富士には、月見草がよく似合ふ」は、わたしたちくらいまでの世代には、よく知られているが、きっと、つぎの世代の人たちは知らないだろう。(べつに、こんなこと、知らなくていいのだが‥‥‥)

 小説『富嶽百景』の中の語句だ。有名な「富士には、月見草がよく似合ふ。」は、こういうシーンでつかわれる。

 

 河口局から郵便物を受け取り、またバスにゆられて峠の茶屋に引返す途中、私のすぐとなりに、濃い茶色の被布(ひふ)を着た青白い端正の顔の、六十歳くらゐ、私の母とよく似た老婆がしやんと坐つてゐて、女車掌が、思ひ出したやうに、みなさん、けふは富士がよく見えますね、と説明ともつかず、また自分ひとりの咏嘆(えいたん)ともつかぬ言葉を、突然言ひ出して、リュックサックしよつた若いサラリイマンや、大きい日本髪ゆつて、口もとを大事にハンケチでおほひかくし、絹物まとつた芸者風の女など、からだをねぢ曲げ、一せいに車窓から首を出して、いまさらのごとく、その変哲もない三角の山を眺めては、やあ、とか、まあ、とか間抜けた嘆声を発して、車内はひとしきり、ざわめいた。けれども、私のとなりの御隠居は、胸に深い憂悶(いうもん)でもあるのか、他の遊覧客とちがつて、富士には一瞥(いちべつ)も与へず、かへつて富士と反対側の、山路に沿つた断崖をじつと見つめて、私にはその様が、からだがしびれるほど快く感ぜられ、私もまた、富士なんか、あんな俗な山、見度くもないといふ、高尚な虚無の心を、その老婆に見せてやりたく思つて、あなたのお苦しみ、わびしさ、みなよくわかる、と頼まれもせぬのに、共鳴の素振りを見せてあげたく、老婆に甘えかかるやうに、そつとすり寄つて、老婆とおなじ姿勢で、ぼんやり崖の方を、眺めてやつた。
 老婆も何かしら、私に安心してゐたところがあつたのだらう、ぼんやりひとこと、
「おや、月見草。」
 さう言つて、細い指でもつて、路傍の一箇所をゆびさした。さつと、バスは過ぎてゆき、私の目には、いま、ちらとひとめ見た黄金色の月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えず残つた。
 三七七八米の富士の山と、立派に相対峙(あひたいぢ)し、みぢんもゆるがず、なんと言ふのか、金剛力草とでも言ひたいくらゐ、けなげにすつくと立つてゐたあの月見草は、よかつた。富士には、月見草がよく似合ふ。

  太宰治『富嶽百景』より (青空文庫から転載 入力:網迫 校正:割子田数哉 底本:筑摩現代文学大系 59 太宰治集 http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/270_14914.html )

 

「六十歳くらゐ、私の母とよく似た老婆が‥‥‥」というところは、ムッとして、かなり神経を逆なでされる人がいるだろう。「なにィッ、老婆? 60歳で、老婆かい!」と。この小説が発表されたのは、昭和14年(1939年)のこと。いまでは信じられないだろうが、日本人の平均寿命が50歳をこえるのは、戦後のことだ。昭和14年のこのとき、60歳は、じゅうぶん老婆だったのだ。(『乃木大将初老の頃』という説明がある写真をみたことがある。この写真のとき、乃木大将は、40歳。明治の時代の40歳は、もう中年でもなく、初老なのか‥‥‥と、あるショックがあった。「人生50年」は、ただの言葉ではなく、現実だったのか‥‥‥と。)


3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
太宰氏のそのフレーズ、知りません。なら私は「つ... (Kumi)
2013-07-25 10:28:37
太宰氏のそのフレーズ、知りません。なら私は「つぎの世代の人」?って思いきや(笑)、実は私は初老だったり…(>_<)
月見草も小さい頃から大好きで思い出深い花です☆
待宵草(宵待草?)って言い方もすると小さい頃に誰かから聞かされたのを思い出したのでヤホーで調べてみたら、なんと、月見草と待宵草は別の物なんですね!
老婆予備軍になって初めて知りましたよ(笑)
返信する
三条23期、もうじき老婆?のkameです。 (kame)
2013-07-25 12:41:53
三条23期、もうじき老婆?のkameです。
「オオマツヨイグサ」でしょうか?
じっと見ていると、はらりとほどけて花びらが広がる。初めてみたときの驚きと感動は、ん十年たった今でも忘れません。
「これがひらくかな?」と見ていると、視野の隅っこで他のものがうごいたり。
飽きずに眺めていた子供の頃がなつかしい。
返信する
kameさん!そうそう!「オオマツヨイグサ」です! (Kumi)
2013-07-25 13:44:57
kameさん!そうそう!「オオマツヨイグサ」です!
私も子供の頃にそういう名前で馴染んでいました。さっきは、その「オオマツヨイグサ」が中々出て来なくて「マツヨイグサ」にしてしまいましたf^_^;(「オオ」が付いているのと付いていないのとでは、どう違うのか、また謎ですが笑)
思い出させていただき、スッキリしました。ありがとうございますm(__)m

老婆万歳!!\^o^/
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。