tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

戦争を体験した最後の天皇の8月15日

2018年08月15日 22時02分43秒 | 社会
戦争を体験した最後の天皇の8月15日
 73年前の今日、8月15日、日本は、列強に伍して富国強兵を競う国から、戦争をしない平和国家に生まれ変わりました。
 
 あの日は全国晴れて暑かったとこのブログでも何度も書きましたが、今日も東京は晴れて暑い日でした。
 あの日の1か月少し前、7月6日の夜、私の住んでいた地方都市は、一夜にして殆ど焼き尽くされ、我が家も灰燼に帰し、防空壕も金魚池も焼けた壁や瓦で殆ど埋まっていました。

翌日から近くのお寺では、多くの死体の焼却が何日か続き、特有のにおいが焼け跡に広がりました。
 浮遊するような意識の中での心配は、こんな一望千里の焼け跡で、米軍機の機銃掃射にあったら、どうしたいいかという事だったのを覚えています。

 そして8月15日、戦争の終わったことを知り、兵隊になってお国のために戦死することが最も名誉なことと考えていた国民学校6年生は、心のどこかで安堵感を感じていたようでした。

 という事で私は天皇陛下と同じ歳です。
 昭和天皇はまさに波乱万丈の時代の天皇でしたが、今上陛下は、お父上の苦悩と戦争の罪深さを直接お感じなって天皇になられたのだろうと、お言葉をお聞きしたりする時など、何時も感じていました。

 今日、2018年の8月15日は、戦争体験をお持ちの天皇陛下の最後の終戦の日なのです。
 過日「田中角栄語録から:戦争体験の無い政治家たちの危うさ」を書きました。「昭和の日」を大事にしようとも書きました。  
 共通する心は「平和」への絶対的な希求です

 今日の天皇陛下のお言葉には「戦後の長きに渡る平和な歳月に思いをいたしつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い」とありました。
 天皇陛下のお気持ちがにじみ出ていると強く感じました。

 安倍総理の追悼文も読みました。より長く説明調ですが、残念ながら、言葉の羅列という感を禁じ得ませんでした。
 どうも、心からの気持ちが感じられないのです。安倍総理の追悼文には「戦後、我が国は、一貫して、戦争を憎み、平和を重んずる国として、ただひたすらに、歩んでまいりました。」とありますが、「反省」の言葉はありません。
 「平和を重んずる国」という言葉は過日の、2020年プライマリ―・バランスの達成を先延ばしした時の説明「財政再建の旗は降ろしません」と重なって、「そんなことは当たり前で、平和を重んじなかったり、財政再建の旗を降ろす国などは何処にもない」と言いたくなったりします。

 こうしたことは安倍さんの特異性なのでしょうか、あるいは田中角栄の言のように、戦争体験の無い世代という問題なのでしょうか。
 いずれにしても、これから、日本は本当に難しい時代に入っていくような気がします。

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