Altered Notes

Something New.

ジャズピアニスト 上原ひろみ の凄さ

2020-02-12 22:39:39 | 音楽
上原ひろみという世界的なジャズピアニストが居る。
ご存じない方の為に紹介させていただく。

バイオグラフィーはこちらを参照していただきたい。

16歳時の実力がチック・コリアを唸らせるものだったことも素晴らしいが、チック・コリアのミュージシャンを見極める目の(耳の)正しさにも改めて喫驚するものがある。

上原ひろみの音楽・演奏を最も象徴的に表す言葉がある。
「インボリューション(involution)」である。
意味は「巻き込む」ということ。

何を巻き込むのか?

彼女の演奏は聴く者の心を鷲掴みにして否応なく引き込み、そして巻き込むのである。
それは彼女の即興演奏が常に真剣勝負であり、圧倒的で凄まじいほどスリリングで否応なくワクワクさせられ、なおかつスポンテニアスで聴く者の心にストレートに入ってくるからであり、真に音楽的な演奏だからである。その大きく深いインパクトをもたらす原資になるのは彼女の卓越した演奏技術であり、そして音楽に対する深い愛情と楽しむ気持ちである。即興演奏が特に上手く進行する時、それは彼女に大きな音楽的な愉悦を与える。それは生きている中で最高の楽しさ・気持ちよさを演奏者に与えると共にオーディエンスにはこれ以上ないほどの豊かな音楽体験を与えてくれるものである。

ジャズというと、元々ジャズファンでなければ楽しめない敷居の高い音楽だと勘違いしている向きもあろうが、全くそんなことはない。そもそもジャズは現存する全てのポップやロックといった洋楽の原点に存在する音楽なのである。かけ離れたものではないのだ。

その証拠に上原ひろみが日テレの番組に出演した時のビデオをご覧(お聴き)いただきたい。

 『心ゆさぶれ!先輩ROCK YOU』

番組MC陣の加藤浩次氏や他の二人も決して普段はジャズに親しんでいる人ではないと思われるが、しかし上原ひろみの演奏に対しては心底感動していることが判る。決してテレビ的な社交辞令を述べているのではない事は見れば判る。

上原ひろみはここで自作曲の「マルガリータ」を二度演奏する。一度目の演奏も凄かったので加藤氏を始めとするMC3人は感動と興奮の中で最大級の賛辞を送っている。しかし上原ひろみは一度目の即興内容に満足せず、もう一度のトライを希望する。この時、彼女の頭の中には既に即興のアイデアが浮かんでいたのだと思われる。そして二度目の演奏。MC陣3人は打ちのめされたように興奮し感動していた。正に「巻き込まれた」のである。それは上原ひろみ自身が音楽を演奏する事自体に無上の喜びを感じているからであり、だからこそオーディエンスの心にストレートに伝わるのだ。そして同じ曲の演奏でもこんなに異なる形に展開できることと、ジャズが持つ自由な世界を実感できたことと思う。

さらにMC陣からシナトラの「マイウェイ」の演奏を依頼すると、上原ひろみは「マイウェイ」の演奏経験が無かったにも関わらず、加藤浩次氏が歌うかなりあやふやなスキャットによるメロディーラインから正規のメロディーラインを割り出しコードを付けて演奏し、その上で見事な即興演奏も披露した。もちろん上原ひろみは「マイウェイ」という名曲の存在は知って(聴いて)はいたが、たまたま演奏する機会がなかっただけであろう。「マイウェイ」という曲のアウトラインはおぼろげながらも記憶にあった筈である。だから加藤浩次氏のあやふやなメロディーラインだけで「マイウェイ」を完全再現できたのである。彼女的にはメロディーラインとコード進行が判明してしまえば、後はどうにでもなる。どうにでも即興演奏は可能なのである。

2017年4月28日には「ミュージックステーション」に矢野顕子との共演でピアノデュオを披露している。上原ひろみの鬼気迫る演奏はここでも聴く者を虜にしたのであった。ジャズをはじめ音楽に造詣の深いタモリはもちろん、アイドルグループ嵐の松本潤君も上原ひろみの演奏に惹き込まれたファンの一人であり「十年前から彼女の音楽を聴いている」、とのことであった。

ピアノという楽器は鍵盤を押せば音は鳴るので、ぶっちゃけ誰が弾いてもそこで鳴る「音」「サウンド」だけは同じなのではないか、と思われる人もいるかもしれない。極端に言えば猫が鍵盤上を歩いても同じなのでは、と。しかしこれが全然違うのである。ここが不思議なところで、同じピアノが弾く人の違いで全く異なるサウンドを奏でるのである。音量も違う。上手い人が弾くと、ピアノは信じがたいほど大きな音が鳴ったりもするのだ。凄腕ベーシストのスタンリー・クラークは「マッコイ・タイナーとHIROMIの時は大きなサウンドが鳴った」と証言している。上手いピアニストはピアノを最高に「鳴らす」スキルを持っている、ということである。


また、上原ひろみの作曲・編曲能力も凄いものがある。作曲に於ける彼女の音楽性にはいくつかの特徴があるのだが、一つはジャズでありながらプログレッシブ・ロックのような音楽要素も感じられるのが面白い。それでいて、オスカー・ピーターソン(*3)を彷彿とさせる高い演奏技術(平易に言えばバカテク)を駆使して弾きまくるジャズとしての側面も十分に楽しめる。(*1)それをトリオ編成で展開するのだが、共演するベースのアンソニー・ジャクソンはリー・リトナーやスティーブ・ガッド等とも豊かな共演経験がある皆さんご存知のベテランであり、ドラムのサイモン・フィリップス(*2)も名うてのセッションドラマーでありTOTOでも活躍した人物だ。その二人のサポートを得たことでますます上原ひろみの作編曲の魅力が生き生きと伝わるのである。

 『上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト - 「MOVE」ライヴ・クリップ』

創造する音楽がジャズ的でプログレ的でもありながら、同時にクラシック的な魅力も感じられるし、スペインやラテン等の南米音楽への深い理解が前提となる音楽性も持ち合わせる。要するにその時に必要な音楽要素をすぐに出せる引き出しの多さと懐の深さは他の追随を許さないものがある。

ジャズハープ奏者のエドマール・カスタネーダとの共演も記憶に新しい。これらの多くの音楽的な要素が最終的に上原ひろみという音楽家の中で見事に昇華しているのは正に奇跡的な凄さと言えよう。種々の音楽的要素が感じられながらも最終的には、それは間違いなく”上原ひろみミュージック”になっているのである。

日本で、世界で、もっともっと高く評価されて良い音楽家なのである。



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(*1)
ソロピアノを含めてどのような編成でアンサンブルしても彼女はそこでできるあらゆる可能性をトライして豊かな音楽上の成果として結実させてゆく確かな技術の裏付けと天才的なセンス、そして常に新しいアイデアが湧き出ててくるクリエイティブなマインドはいつもフレッシュでアクティブな状態にある。(横文字だらけになってしまった)


(*2)
スティーブ・スミスに代わる場合もある。一種のトラ(エキストラ/代理出演)と思われる。


(*3)
上原ひろみは晩年のオスカー・ピーターソンと親交があった。オスカーは彼女の実力を認めていて、やさしく見守っていた。彼女の最初のレコーディングの時には温かいアドバイスもしていたようだ。