【 国会審議 国民をないがしろ 】 女性( 66・主婦 )
◇答弁をすればするほど不透明感は増すばかり。「言った」「言わない」「あった」「なかった」「記憶にない」こんな答弁ばかり。私たちは本当のことが知りたい。ただそれだけなのに、国会審議のありようは国民をあまりにもないがしろにしている。
◇一部の国会議員はどこまで厚顔無恥なのかと思ってしまう。政治の世界がこれほど庶民から遠く、別世界ものであってよいものだろうか。入れ代わり立ち代わり答弁に立つ面々を見ていると、原始的で素朴な疑問と感情が湧いてくる。「この人の言っていることは本当だろう」「この人は明らかにうそを言っている」などだ。しかし、これらを立証するすべがなく、そんな立場でもない私たち庶民は限りなくもやもやした隔靴搔痒(そうよう)の思いに耐え、結局は諦めさせられるのだろうか。
◇私たちの投じる一票一票によって国会議員は誕生しているはずなのに、どうにも納得がいかない。]
《 こだま 読者の広場 》 地方紙「投稿欄」より
( 忘却への扉 ) 国会審議を見聞きしていると地方議会選挙の身近さを感じる。自民党系無所属が大多数を占めるとはいえ、まだ、小選挙区制でないだけ庶民の思いが反映される。
票読みが難しく苦労したとの話を聞いた。当選してから第一歩が始まるとも…。地方選は日常の活動が大事、身近なだけに有権者も議員をよく見て次の選挙の指示不支持に生かす。
それだけではなく、住民にとって生活がかかっていて噂話もすぐに広まるので、いつひっくり返るか分からない。
国政選挙も地方選同様もっと身近に感じ、より将来を見据えた一票を有効に活用すべきだ。国会で多数を占める「厚顔無恥」で未熟者の政治屋など国政には不必要。落選させる権利を行使すればこの国も多少は良くなる。