忘却への扉

 日記? 気づいたこと 何気ないひとこま 明日への伝言 願い 子供たちに 孫たちに そしてあなたに・・ 

メル人

2016-07-31 | 日々

                [ 人。 あえてエアコンのない部屋で くつろぎ バテている。]

 人。の意味が、メルの寝姿文字だとようやく気づいた。おにいちゃん大好きのメル、ゲームをするためエアコンのない部屋について行き、終わるまでいっしょにいたが、戻ったら暑くてもう限界とバタン。

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とんとん とんからりと隣組

2016-07-30 | 平和を

        1 とんとん とんからりと 隣組 格子(こうし)を開ければ顔なじみ 
          廻してちょうだい 回覧板 知らせられたり 知らせたり

        2 とんとん とんからりと 隣組 あれこれ面倒 味噌醤油
          ご飯の炊き方 垣根越し 教えられたり 教えたり

        3 とんとん とんからりと 隣組 地震や雷 火事どろぼう
          互いに役立つ用心棒 助けられたり 助けたり

        4 とんとん とんからりと 隣組 何軒あろうと 一所帯(ひとしょたい)
          こころは一つの 屋根の月 纏(まと)められたり 纏めたり

 「隣組」とは[もともと江戸時代にあった5人組・10人組という村落の相互扶助的面のある行政下部組織の慣習を利用したもの。
 [国家総動員法、国民精神総動員運動、選挙粛清運動と並び、前年に決定し、1940年(昭和15年)9月11日に内務省が訓令した「部落会町内会等整備要(内務省訓令第17号)」 (隣組強化法)によって制度化された。
 5軒から10軒の世帯を一組として、団結や地方自治の進行を促し、戦争での動員や物資の供出、統制物の配給、空襲での防空活動など行った。
 また、思想統制や住民同士の相互監視の役目も担っていた。(以下略・ウィキペディアより)

 ザ・ドリフターズの人気番組で隣組の替え歌で覚えている人も多いだろう。もとは戦時歌謡だが私は本歌をよく歌った世代だ。
 自民党の「密告」奨励が問題となったが、母など大人が言っていたのは歌詞4番にあるように、この隣組制度は連帯責任のある互いの監視と密告を義務化したもの、隣人が信じられないプライバシーのない国家。
 自民党の「密告」奨励が例外ではない。戦争法より前に法制化した秘密法、あれも以前から、各地区地域ごとに公安警察の協力者が張り巡らされている。私も青年時代からこれまで幾人もの「密告」要員本人から話を聞いてきた。ごく近くの住民の中にいるのでつい本音や自慢が口に出てばれるのだ。壊憲と戦争への道は敗戦後すぐから準備されてきた証明でもある。

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ケチの勧めで睡眠不足

2016-07-30 | 日々

 緑の段畑の途中にあるわが家、寝室?前に道路は通るが先は行き止まりで、エアコンは使用することなく夜は網戸でじゅうぶん涼しい。寒がりの私には全身を覆わなくても掛け布団が欲しい。
 「見るだけで暑苦しい、汗かいて布団も汚れきたないから、やめなはい」と妻はうるさい。自分が掛けないで寝ればいいことで、私が私にあった寝方をするのは私の自由でいいではないか。
 誰でも一晩にコップ1杯か2杯半程度の寝汗をかくとはよく聞く話で、妻も寝汗をかいているはずなのだ。汗をかく部分と時間と量の個人差の違いなのだろうが、妻の屁理屈に逆らっても無駄。
 昼間は太陽の下での外仕事、水分補給は欠かさないが、汗もほどほどトイレは少ない。だが、夜間に妻の命令を守っていると、汗はかかない分トイレに数回起きることに。昨夜は、掛け布団をかけ寝ていると、目覚めた妻に引き剥がされ、その後眠れず昼間の仕事中に熱中症で倒れないかと気になるほど、頭がぼぉうとし痛くなる。

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状況を把握する冷静さと自制心を

2016-07-29 | 平和を

 【 地 軸 】 2016/7/23 地方紙1面下段コラムより

[ 潜在的な危険を多数はらむ環境を「地雷原」と呼ぶ。比喩的に使われることが多いが、ボスニア・ヘルツェゴビナでは内戦中に埋められた本物が残る地域に一般人が入り込んだ命がけで探したのは、地雷ではなく「ポケモン」。
 ▲欧米などで社会現象になっているスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO(ゴー)」の配信が、きのう日本でも始まった。現実社会を舞台に、スマホに現れるキャラクターのポケモンと捕まえて集める。
 ▲熱中するあまり、規則・マナー違反が相次ぐ現状を憂う。海外では原発敷地や軍用地に立ち入るケースもあった。慰霊施設や墓地で捕獲に走り回る姿も。スマホを操作しながら歩いたり車を運転したりする人が続出し、事故やトラブルが後を絶たない。
 ▲影響は米大統領選の戦術にも。米紙によれば、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官はゲーム上で捕獲に使う道具などを入手できる場所で集会を開催。共和党のドナルド・トランプ氏はゲームを模した動画を公開し、クリントン氏を批判していた。
 ▲党の候補指名を受諾したトランプ氏は「米国を再び偉大にする」と宣言、国の衰退を危ぶむ国民に訴えた。一方では、排外主義的な発言が増悪や差別を助長し、国内外での衝突の危険が高まる。
 ▲そこかしこに埋まる「地雷」を踏まないためには、周囲の状況を把握する冷静さと行き過ぎを慎む自制心が必要だ。大統領候補も、ゲームの利用者も。]

 ( 忘却への扉 ) 本物の地雷原にまで入り込んで「ポケモンGO」ゲームに夢中とはひどすぎる。政府と反政府派や規模拡大したテロ組織や米国と英国と豪国に日本など歯止めなく戦争を金儲けするゲーム感覚で継続する国家や組織に対し、ポケモンGOは個人の責任が重い。
 日本でもゲームに夢中になっての事故や事件が発生し問題となっている。孫たちはどうなのかと心配にもなる。1番年下の孫はスマートフォンを持っていない。他はスマホの活用はしているが「ポケモンGO」で遊んでいるかはわからない(高校生の孫もやっていないと分かる)。
 部活や宿題に縛られゆとりの時間を持てず夏休みや夏季休暇が過ぎていくのもどうかととも思うけど。どうせこれも一過性のものだろう、大の大人が若者を利用し、命を奪い血も流し破壊する戦争やテロのように持続性を持つことはないだろう。

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国民投票へ向かって「改憲ゆるすまじ」

2016-07-28 | 平和を

 【 憲法9条 諦めてはいけない 】 内子町 女性( 83・主婦 )

 ◇敗戦後の民主主義教育を受けた私は六十余年間、選挙の投票を欠かさなかった。判断の背後にはいつも憲法9条への安心感があって、政党よりも人物を重視した。
 ◇それが「憲法9条が危ない」と思うようになって、9条の会に入ったり、初めての投稿をしたり、署名活動をしたりした。10日投開票の参院選で、与党など改憲勢力が衆参両院の3分の2を占めた時、「もう憲法うんぬんすることはない」と自分に言い聞かせた。一方で、本紙読者の選挙結果への反応を読みたいとしきりに思った。そうすると15日付の本欄に「出発点に立った4野党共闘」という力強い投稿が載り、励まされた。
 ◇戦争の悲惨さ、愚かさを体験した私が早々と憲法9条を諦めてはいけないのだ。万が一、海外での参戦が現実となったら悲嘆と無力さにうちひしがれるだろうと思うと、最後の一線が残っている国民投票へ向かって「改憲ゆるすまじ」と老いた背を伸ばしている。]
                                    《 こだま 読者の広場 》 地方紙「投稿欄」より

 ( 忘却への扉 ) なかなか話し相手になってくれない一人っ子の孫が、珍しく受話器を握ってくれた。夏休みボケにはまだ入っていないようでしっかりした会話ができる。
 「8月6日には学校に行くの?」との問いに、ああ、広島に原爆投下をされた平和記念日のことかと気づいたようで「行くよ」の返事を聞けた。
 広島県や長崎県(8月9日)だけでなく全国の学校で夏休みの1日登校し、あの戦争や空襲に原爆投下の惨劇と平和の大切さを学習し伝承され続けていたなら、戦争好きの安倍独断暴走内閣など生まれることもなかっただろうと悔やまれる。
 小学生の孫と過去の戦争や日本の将来について話すことなどないが、孫が選挙権を得る以前どころか、安倍政権の間に9条を含め国民を政治権力側から守る憲法全体が、奪いつくされる「壊憲」の危険性は非常に緊迫した情勢だ。「改憲許すまじ」 「戦争許すまじ」 「核(電力・兵器)許すまじ」と私も老いた背を伸ばし真似したい。 
 

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米の核の先制不使用検討に日本政府横やり

2016-07-27 | 平和を

 【 地 軸 】 2016/7/19 地方紙1面下段コラムより

[ 広島の原爆資料館の展示室を出ると椅子が並んでいる。心が沈んですぐには外に出られず、無言のまま腰かけて感情を整理する時間を過ごしたことがある。
 ▲5月に資料館を訪れた米オバマ大統領も、その椅子に座ってしばし考えただろうか。2か月たって、新たな核政策として「核の先制不使用」を検討していると米紙が伝えた。核攻撃されなければ核は使わない、と。
 ▲先制不使用は、核の保有を前提にしていると批判される。だが全ての保有国が採用すれば「核を使わない世界」になる。その先にあるのは、使わないものは持つ必要がない、という極めて当たり前の考えだ。オバマ氏が提唱する「核なき世界」実現への確実な一歩になる。
 ▲米国の歴代政権は、先制不使用を採用しない方針を堅持している。ハードルは高いが、ヒロシマの地を踏んだオバマ氏の熱い思いを感じる。
 ▲ところが日本政府は「核の傘」の弱体化を懸念し、政策転換に反対して米側に協議を申し入れるという。唯一の戦争被爆国が核廃絶への動きに水を差すとは、開いた口がふさがらない。
 ▲4月に資料館を見学したウルグァイのムヒカ前大統領も椅子に腰を下ろした。じっと考え「人間は同じ石でつまずいてしまう唯一の動物」と、過ちを忘れる人間を戒める言葉を残して。オバマ氏訪問の際、日本の首相も「核なき世界」を目指すと誓ったはず。もう一度じっくり考えてほしい。あの椅子に座って。]

 ( 忘却への扉 ) 広島平和公園にある原爆資料館にも数多く訪れ時間をかけ見学したものだ。原爆ドームやほかの施設を含め近年、行けないのがとても心残り。
 日本国憲法と同様、私にとっては平和を実感できる場所。だが、極右主義で戦争好きの安倍晋三首相と政権らにとっては、形式的な象徴の存在であっても、国民に忘却を強制させたい一つなのだろう。
 先の軍国主義日本帝国の侵略戦争敗戦の反省もせず、民主主義を育てずに来た日本が、壊憲での戦争法を持つのは危険極まりない。
 イラク空爆の誤りを、自ら火をつけた米国や英国さえ認めたのに、日本政府は反省しないままだけでなく巨大化したテロ組織イスラム国などを怒らせる言動を首相自ら積極的に実行する。
 米大統領候補のトランプ氏の発言が米国の本音。日本を守るために米軍は日本に基地を置いているわけではない。世界中で戦争をするための出撃・中継基地として役立つからの理由だけだ。
 核の傘も、ただ米国に従属する日本側が勝手に使っている言葉、米軍基地や核など、日本を他国が攻撃するなら、情報を得た時点ですぐ日本以外の安全な場所に避難させるだろう。資源もない日本を攻撃して占領する国などどこにある。「オオカミが来るぞ!」と叫び不安をあおる安倍異端政権の利権のための空想に過ぎない。戦争法で勝手に不安を大きくするより、外交努力に力を入れるべきだ。
 先日、四国電力伊方原発ゲート前での脱原発抗議行動で、兵庫県からの参加者が着ていた黄色と黒で染められたはっぴに反戦タイガースの文字にニヤッとさせられた。阪神タイガースの応援歌〝六甲おろし〟の替え歌まで。安倍首相も国民を笑顔にする政策を1つだけでも決められないか。

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また一人硬骨の人が去る

2016-07-26 | 追憶

 【 地 軸 】 2016/7/22 地方紙1面下段コラムより

[ 戦争の悪と悲惨を身をもって知る「昭和」一桁世代]が去っていく。盟友永六輔さんを追うように、大橋巨泉さんも。
 ▲「11PM」 「クイズダービー」などの個性的な司会でテレビ全盛期を引っ張った。スポーツ、ジャズ、ギャンブルと何でもござれ、圧倒的な遊びの天才ぶりを懐かしく思い出す。文化と自由を愛すればこそ、その自由を奪う戦争や改憲に反対し続けた、硬骨の人でもある。
 ▲週刊現代の連載「今週の遺言」は、がん闘病記であり、豊かな人生の楽しみ方指南であり、激烈な政治批判でもあった。最終回(6月27日発売)では別れの辞とともにこうつづる。
 ▲「このままでは死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけ書いておきたい」とし、安全保障関連法などに一環として異を唱えてきた立場から、「一泡吹かせてください」7月の参院選、野党に投票してください。最後のお願いです」と訴えた。変わりゆく社会の空気を強く危ぶんだ人の憂国の遺言。
 ▲心配は現実になりつつある。東京都知事選で自民党都連が信じがたい文書を配った。党推薦候補以外を応援すれば処分もある、との締め付けだが、対象は議員のみならず「親族等含む」。憲法が個人に保証する思想・良心の自由を堂々と侵して恥じない「思想」に震える。
 ▲もはや改憲の必要さえない「壊憲状態」。だが、慣れてはいけない。巨泉さんが残してくれた、自由の思想の明るさを失わないために。]

 ( 忘却への扉 ) 「〇〇さん 何歳やっとろかな?」ずっと以前にその人もいた会社の知人に尋ねてみる。その人を追い出した元共同経営仲間?の一人を「あれよりは1日でも長生きしたい」と言っていた人。だが、願い虚しくたぶん先月亡くなった。
 戦後すぐ村の若者たちが起こした会社、「似たような年代だから、誰も大正末期が昭和初期の生まれのはずよな」。仕事のない時代、村人たちが働く場をと若者たちは考え実行に移した。兵隊体験者やシベリア抑留者には、私も一緒に仕事をした人も個性豊かな人たちが大勢いた。
 進駐軍の思想弾圧レッドパージではこの村の若者からも警察に捕まる者が出た。その延長線上とも言える「壊憲状態」の今。長生きしたいと願っていた人など含む、裏の絶対権力者で会社を私物化し牛耳ってきた人は、何人もの有能で個性的な人材を切り捨ててきたことか。
 ファシズム再来を彷彿(ほうふつ)させる安倍晋三首相の連立政権らの暴走と波乱を巻き起こせる年月も、やがては民衆が目覚め、限界に達する日が訪れると信じている。現在の歪んだ政治が作りだす社会に「慣れてはいけない」慣れさせられてたまるか。

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みんなで止めよう

2016-07-25 | 共に

 [ みんなで止めよう伊方原発 (2016) 07.24 全国集会 集会/伊方町九町・伊方ビジターハウス前 (道の駅きらら館) 抗議行動/伊方原発ゲート前 ]と参加を呼びかけるビラが届く。
 先に届いていた同窓会への出席はがきを出そうと決めていたので、数日考えた。原発の地元住民として、伊方現地開催の全国集会に参加しないのは恥と、集会参加を選択した。到着して、全国各地からの大勢の参加者に驚かされ、来て良かったと思う。
 原発事故発生時の避難道として造られた国道の両側に、主催者側と参加者側に向かい合い集会開始。その後、伊方原発ゲート手前まで送迎バスが走るが、私は片道2kmを初めて会った仲間と一緒に会話しながら歩いて下る。抗議行動でマイクを握る彼が、関西電力の脱原発株主としてなど多方面での活動を知る。
 ゲート前での長時間にわたる抗議行動、各グループ代表の話や楽器に歌声、とても賑やかで楽しく熱気あふれる明るい集まり。国道左右の歩道での集会とは異なり、ゲート前道路では海と原発に向かって抗議行動参加者。反対側には伊方原発を守る形で、県警が主の警察官がずらりと並ぶ。あれって税金の四国電力への流用にならないのかな?電気料金を使うにしても、本来、四電社員がする仕事だろう。全国から集まった700人(主催者発表)の姿と発言を聞くことは、とても良い社員教育になるはずだ。
 わが家で発言権を奪われた私、外出先でも「馬鹿がバレる」と発言禁止。だが、今回は歩く間や待ち時間に四国外からの人たちに積極的に話し掛けた。「裏山は削っても、原発敷地を拡大する余裕などない」 来れば分かる、これほど狭いとは、フクシマのように汚染水を溜めるタンクの置き場もない。
 「原発前に瀬戸内海、向こう側は山口県、半島の先が大分県、海上だが国道で結ばれている。伊方原発大事故となれば、放射能汚染被害は360度予測不能。原発ありきの脱原発規制(委員会)庁はいらない。原発廃炉こそ安全と安心を保証する。

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寂しくて家族に

2016-07-24 | 追憶

 「親父が亡くなり『寂しいから犬を』とお袋が言うので飼い始めた」。大きな柴犬を 「少し太り気味?」と私が問うと「食事を作るお袋が、魚や肉など一番いいのを犬に食べさせ、わしらはその残り物…」。そうは言っても、犬は父親の代役、まんざらでもない。ただ、柴犬、舌が肥えて、品が少し落ちても食べない贅沢犬へと成長した。
 犬もいい体格でうらやましいが、家の基礎部分に並べられた手のみの跡がはっきり残る、長くどっしりとした青石も珍しく見事である。

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だんなさま

2016-07-23 | 日々

 子供のいる日本人の夫婦間で「パパ・ママ」や「おとうさん・おかあさん」と呼び合うのが欧米人からすると不思議な(変)ことに映るようだ。私の知る限りは、昔からの習慣でもないようだ。
 私の母方のいとこ夫婦たちも下の名前で呼び合うか、片方だけが結婚前のまま上の名で呼んでいたりする。
 他では愛称や「あなた」に[あんた]や「お前」など。子どもへの会話の中ではもちろん「おとうさん」や「お母さん」が使われても当然だと思う。
 私の両親がどう呼びあっていたかは、朝は父は私がまだ眠っている時刻に長兄とともに仕事に出かけ、私たち子どもが寝た夜中に返るので、顔を見るのも年に数回では記憶にない。
 私たち夫婦は現在「これ」か「〇〇さん」と私が言い、「ボケ!」か「アホ!」に「バカ!」は日常頻繁に、たまにか人前で「おとうさん」を使ってもらう。
 先日、山間部の道路で草刈りをしていると、トラックが止まり、顔見知りの兼業農家の女性がそばに来て頭を下げ会話となった。年齢に関係なく誰にでも言葉遣いや応対など感じが良く、評価の厳しい人からも「〇〇ちゃん ええ子(女性)ぜの」とほめ言葉を聞く。
 彼女が会話の中で会社勤めの夫を「旦那さま」と何度も言うのを初めて聞いた。この辺りでは聞くことのない呼び方なのに、不自然さを感じさせないのも人柄だろう。(もちろん家庭内での呼び方までは分からないか、聞いていたとしても覚えていないのかも。) 

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