忘却への扉

 日記? 気づいたこと 何気ないひとこま 明日への伝言 願い 子供たちに 孫たちに そしてあなたに・・ 

数秒遅れで日替わりに

2011-11-30 | 日々
 前のブログをあと少し書き足そうと思っていたのに、気付けば29日23時59分。しまった!送信の行動を取る微妙な時間に0時0分を表示する。
 あとで確認すると、やはり翌日になっていた。でもこれは前日のブログだからと今度前日に戻すつもりでいる。この文もすぐに送る気でいたのに、よくあることだが眠ってしまい今になった。

ふさくいの せきにん

2011-11-29 | 平和を
【 福島第1原発 東電 大津波評価を放置 設備担当部署 浸水対策 講じず 】 新聞紙面の題字に、また後らから言い逃れを小出しにとしか思えない。
 [2008年に東京電力社内で、福島第1原発に想定を大きく超える津波が来る可能性を示す評価得られた際、原発設備を統括する本店の原子力設備管理部が、そうした大津波は現実には「あり得ない」と判断して動かず、建屋や重要機器への浸水を防ぐ対策が講じられなかったことが27日分かった。]
 [東電関係者が明らかにした。] いまさら‥‥最初の原発立地の調査時点から御用学者は大活躍、事実と疑問点などを揉み消し国の原発推進政策と安全神話を基に建設を押し進めて来たのだろう。
 【知見無視「不作為の責任」(解説)】[東電は土木学会に評価を依頼したとして「軽視や放置をしていたわけではない」と強調するが (中略)
 「災害のリスクは発生の頻度と規模、被害軽減措置の組み合わせではじき出される。安全管理をめぐる常識が働けば、すぐさま対策検討に動くべきで、(中略)応急措置は、東日本大震災前にいくらでも取れたはずだ。
 新たな知見を無視した東電の「不作為の責任」は重い。「新たな知見を自分の都合のいいようにしか受け取れない」(東電関係者)体質が背景にある構造的要因ではないのか。]
 政・財・官・学・メディアまでがいまだに原発利権に群がっている。この新聞でも社説で電源交付金を、脱原発政策と矛盾する制度だと批判している。

すてなさい

2011-11-28 | 平和を
 「汚いから 捨てろって 言ってるやろ いつまで着るがよ」 でもこの作業着は洗濯をしてあり今朝着たばかり。倉庫で見つけ寒いのでこれから上に着ようと思っているヤッケは、数ヶ所破れてはいる。
 「早よ きれいながに着替えて 遅なるやろ 早よしなはいや」 行くのは同じ仕事の家と場所など、しかも私はほとんど助手席で他人の作業着姿を気にする人などどこにいる。
 上下着替えるにはまた地下足袋を脱いでと時間もかかり、他の作業着を着るにはどれも見た目は似たようなもの。その色の作業着は素材のせいか生地は丈夫だがチェーンソーや草刈り機などを使えば油を染み込み洗ってもその後の汚れまで落ち難い。
 だから私の作業着にはそんな油の垢が染みついてはいる。草木染めの部分もあり、血の跡さえある。できるだけ毎月洗ってもらっているので汚いとは思わない。
 「また そんなもんまで着て! 脱がんがやったら 来んでええ 私1人で行かい」 地下足袋の小鉤をはめている間に車の出た音がした。
 ヤッケは車を降りるときに脱げばいい。帰りに行くあの家の人たちに私の服装を見られたくないのだろうから途中で私は歩くつもりでいた。その人たちとは前回も会っていて、いまさらという気持ち。見かけより中身に関心をもってほしい。

みすてられたか?

2011-11-26 | 共に
 何度もケイタイを呼びだすが、応答はない。とうとう見捨てられたかと不安が胸をよぎる。心もとないのは私か、それとも留守になった家に置き去りにされている携帯電話の方か?
 これほど呼んでいるのに持ち主は手にふれ操作し、耳と口元に近づけてくれない。外出時に一緒に行くことなどあったとしても忘れるほど、これって家庭内虐待。
ネコ・メルは留守になり寂しくてもキャットフードは食べれるし昼寝もでき家中を走り回るなど気晴らしがいくらでもできる。ケイタイは呼んで震えるだけ、役立つためには持ち上げてほしい。
 持ち主が外出時だけはなんとか我慢してるけどせめて家に居るときだけは家族を感じさせて、近くに偶然居れば話しかけ聞いてもくれるがめったに感じられない手のぬくもりがうれしい。
 ケイタイだけじゃないよと伝えている私。ケイタイがあって娘と私でメールか話し合えるのはのは、数時間後か翌日になるか気づくのはそのときやさしい娘目次第。

知らないことばかり

2011-11-25 | 追憶
 の原則全戸出席の定例会は毎回夜に開かれる。山里に点在する家々のほとんどは昔から代々続いており、家の場所は同じ内で移動するとかを出る家もたまにあるていど。
 新しく居をかまえる家も隣りとか親戚の縁でといった具合いにつながりはある。数10年前までなら何とか縦横の人間関係は受け継がれ付き合いもあった。
 集まりのある畳が敷かれた広間は参加者の数にしては広い。正面の部落長は別だがその他の人たちは壁際にぐるりと輪になって座っているが間隔と年齢はまちまち。
 高齢者の横に私は座る。待ち時間はまだあり、手渡された資料や地区発行の月間紙など見ていた。新聞の文字に気づき同じ新聞を読んでいるらしい隣りの人に声かける。
 「これ ○ちゃんの 孫よ」 「あれ 今日までなんちゃ知らなんだ ○ちゃんに孫がおるいうて」 「なさけないぜのお に住んどっても 知らんことばかり」
  「昔わしが勤め行きよったころには 高い山から 荷を背負うて 下の集荷場まで 今日は何回やったぞ言うて あんたとこの じいさんらに話してもろたもんよ」
 年寄りの話しが子供にも通じ、以外でも声かけあえて当然だったあの頃を懐かしんでいる。「時代は変わってしかたない がじゃけんどのお」

いっしょに はいった

2011-11-24 | 日々
 どんぐり ころころ どんぶりこ‥‥ どんぐりではないくても落葉や紅葉の始まったこの季節、お池にはまればたいへんだと思う私は泳げず寒さに弱い。
 人聞きのよい言い方だと夜間残業を片づけての帰宅、時刻は遅くなっても湯船浸かるひと時は私にとっての数少ない心地よい時間。
 それはまた眠けをもようす時間帯にもなる。少し広めの浴室に暖房などなく、湯船に溜めた湯の温もりが頼りの半身浴には限界がある。お湯に首まで浸かり、体を温めてから再びの半身浴だとまだできる。
 お湯の温度を熱めは好きだが長湯は苦手になり、入浴しながらの小冊子などを読むとかケイタイ利用は難しくなる。お湯が冷めはじめるまで何とか浸かっていることもあるが、眠むけを堪えきれない夜もよくある。
 ぼぉっとうとうとしたまま手には携帯電話を持っていた。ぽちゃんの音をうっすら聞いたような気がして目が開いた。ゆらゆらお湯に沈んで行く物がある。
 これまでに本は数回落としたが携帯電話は初めてのこと。底に沈む前に取り上げ濡れタオルで拭いただけ。壊れてなければよいのだが‥ 心配していたが古くても防水型のおかげで、こうして翌日に使えている。

ついかけている

2011-11-23 | 共に
 録画していた番組をテレビで見ているとき娘からケイタイの呼び出し音が鳴ったのに、音は続かずすぐ切れたようだ。
 気になりこちらからかけ直すが『ただいま 混み合っていますので…』と何度か再ダイアルしてもつながらない。普通電話も同様で、妻は息子に違う会社のケイタイでの連絡を頼みやっと通じる。
 その頃には息子のケイタイと地デジテレビから地震情報がわかりのそれに追加の娘の情報で「長く揺れた」と知らされる。先に切れたケイタイは地震を知らせなければとの思いから。
 すぐ震源地に近い町に居る孫たちに電話するが、そこはなおさら混み合い通じない。電話が混雑するのでかけない方がよいと私も注意はできなかった。
 孫たち子供だけが家に居る可能性が高い夜の時間帯での地震発生、東日本の大震災もあり学校でならってはいても体験するのは初めてだろう。
 親は震源地の町が勤務先そことも連絡は無理。でもやがて孫たちの居る家の電話が話し中に数分空けては電話して、その内やっと孫と話しはじめた。やはり孫たちだけでの留守番中。
 かなりの揺れで怖かったらしいが、家が揺れるとすぐに机下で揺れなくなるまで我慢したと言う。孫娘によれば余震はまだ来ているようだが、姉弟もだいぶ落ち着いたみたいで安心できた。
 おばあちゃんの前の長電話は思ったとおり親との会話。電話が殺到するのを知りながら、結局何回呼びかけたのか皆さん似た気分で心配にはなる… 。

どちらが ぎゃくか

2011-11-22 | 日々
 卵が先かニワトリが先かの問題ではないが、思い込めば日常生活の中でも同じことで同じ間違いを繰り返してしまったりもする。
 夜道の散歩に買った携帯用のLEDライトは安く明るく軽いとすぐれもの。ただ点灯と消灯のスイッチの動かし方がちょっと変。
 親指で前方に押せば消灯で点灯は手前に動かせば明るくなる!この中国製ライトのスイッチの前後を、持って出る毎に幾度も間違え納得できないこの頭。

まねいている

2011-11-21 | 共に
 [ エアコンの番人ならぬ 番猫。 エアコン内部の動いている部分を 狙っているのでしょうか? エアコンの季節になると見られる光景。 ]
 寒い季節には暖かさを暑い季節には涼しさをまねいているつもりなのかも、ネコ・メルはきっと招き猫のポーズもしてるはず。できればお金をまねいてくれるといいのにね。