忘却への扉

 日記? 気づいたこと 何気ないひとこま 明日への伝言 願い 子供たちに 孫たちに そしてあなたに・・ 

数が気になる

2008-01-31 | 共に
 子供たちの自宅から見た雪景色の写真メールが届く。白がほとんどの画面にかみさんは、色が白と黒だけ壊れたのかと不満そう。
 自分の生活している場所ではないが、私の気にするのは雪が何センチ積もっているのか。今の気温は何度で道路などの状況はと、知りたくなる。
一つではないが仕事がら、冬は積雪や気温による寒波と凍結の不安は毎年のこと。自然や大地と関わる仕事。
 以前子供にその地の標高を尋ねると、知らないとの返事に驚いたことがある。位置さえ分かれば、高さが何メートルかなど関心はないようだ。
 他の季節でもというより一年を通して、気になる数字はある。台風の豪雨や強風、地震にも不安な数字を見る。雨量の減少は干害となり、気温の上昇は動植物の異常にもつながる。こちらでは、この冬の雪景色は一回だけ。

体験の必要を

2008-01-30 | 平和を
 近年は異常気象でもあり、災害への関心と不安も少しずつだが強くなっている。災害への防災対策や訓練なども話題になる。
 大地震、台風、原発事故、戦争など幅広い防災意識の必要な現代。天災なのか人災なのか複雑な災害に、市民としてどう対応すればよいのだろう。
 先日この地域でも防災訓練が行われ、初めて参加した。予定時刻を聞いての集合なのに、サイレンの鳴るのが遅く緊張感をなくす。
 集合には時間がかったが、近くで見る地区消防団員による救護方法の実演は準備の大切さを改めて教えられる。
 場所を移して地域全体の訓練もあるというので行ってみた。選ばれた人の催しで一般町民の姿はわずか、たとえ訓練でも災害や防災はできるだけ多くの住民参加が意義を持つ。
 実際に災害の起こった場合を想定する訓練なのだ。体験することはできなかったが、間近に見れて少しでも実感できた。
 災害は発生しないことを願うが、もしもの訓練は緊張感を持つ体験が必要だと思う。私も後悔したことがあるが、実際の緊急時に実行できてこそなのだ。

飽きはしないが

2008-01-29 | 日々
 記念日の祝いを兼ね外で夕食をと、財布の所有者であるかみさんの発案で隣町まで出かける。雨の平日のせいか店に入るが先客は珍しいほど少ない。
 各自が好みの品を注文する。祖母の炊事がずっと続き、その後の母は数年でかみさんと交代した。好みの食事など特に無いとも言える。
 家庭や学校で皆と一緒に食べてお腹がいっぱいになれば、それで嬉しく満足だった。食堂など入っても、未だに何を食べるか選ぶのは苦手。
 今回の其処でのスタミナ定食も、このところ続いて注文する品だ。同じのばかりでかみさんには笑われるが、考えることなくすぐ注文できる。
 記念日といって食事前に挨拶とか乾杯を行うこともない。ほとんど言葉を交わさず静かに待っていると、目の前に私の品が最初に置かれた。
 遠慮なく先に食べる。早めに食べないと他の人より遅くなる。焦り気味で無事いっしょに済ませたが、そんなに気にする必要などないのかと後で思う。

カイロと一緒に

2008-01-28 | 追憶
 暖冬には違いないのだが、やはり冬だと納得させる日もある。雪や凍ることまではなくても、冬の寒さは感じる。
 ほとんどが外での仕事でもあるが、人一倍の寒がりだ。夏の暑さは鈍くて平気なのに、冬の寒さにはかなり敏感に反応する。
 衣服は冬の初めに着始めた枚数と感覚を、わりに変えないまま過ごす。寒がりの対策はカイロが頼り。シャツに貼るカイロを利用している。
 朝から夜まで暖かく感じる優れ物。これがあの頃にあったらと思う。ぐんと寒かった外で、祖父母や父母たちは寒さを我慢し働いていた。
 焚き火など滅多にしない。たまにもらった焼き芋は、火傷の注意がいるほど熱くても美味しく食べた。体の中から暑くなる。
 焚き火後の熱の残った石が、当時はカイロの代わり。手拭いなど布で包んで暖を取る。 祖父の選んでくれた握り拳ほどの石の温もりは、長い時間は保てないが安らぎがあった。

親父の余分

2008-01-27 | 追憶
 孫たちは「パパ・ママ」の家庭と、「父さん・母さん」と呼んでいる家庭の二つがある。成長すると父親のことを「親父」と言うようにもなるのだろうか。
 私は家で父に「親父」という言葉を使った事はない。父ちゃんと言っていたはずだが、父に直接「父ちゃん」と話しかけた記憶もなくした。
 朝早くから夜遅くまで、寿命の終る2ヶ月前まで働いていた。親父でも父ちゃんでもいいから、呼んで一緒に酒を飲む日がをつくれば良かったと今になれば思う。
 長かったが、父の歳までは生きた。年齢だけは追いついたが、父の生き方と比較すると私はずっと子供のまま。
 これからは余分にもらう人生とも言える。祖父母は父よりもっと長生きしたが、負けないでとは考えない。今更だが、少々いい加減に生きてきたと反省はする。
 父の歳を越えて先に逝った家族をいつもよりたくさん思い出す。祖父母を「じいちゃん・ばあば」と呼んでいたあの頃が懐かしい。

なぜ献体を

2008-01-26 | 平和を
 ドアの外から「先に風呂に入っていい?」と聞かれて、私もこれからと思っていたが順番を譲る。「もう少しして……」とも言っていた。
 それで時間がかかり過ぎ、これなら私が出れたのに。やっとの交代に、今夜は風呂への本の持ち込みは諦めていた。
 でもいつもの癖で本に手が行く。机の上から薄めの一冊を選ぶ。献体の会の会報は年に一回送られて来る。昨年のものだが丁寧には読んでいない。
 湯に浸かりながら、後の方から開いて見る。大学医学科だけでなく、看護科学生や助産師兼教師の方々などの解剖実習の体験時の感想や思いを文章で知る。
 解剖しながら、その体を提供した人の気持や一生を考えることもあるようだ。この出会いで本当の裸で腹を割った付き合いの日々が続くのだ。
 数十年前の私の献体希望は、戦争はイヤの気持から。殺すのも殺されるのも、国のかってで奪われるのは無駄死に。この体、せめて活かす所で最後に使って欲しい。
 微温くなるまで湯船に浸っていたが、裸で解剖を思い落ち着いた気分になれた。

かってに時差を

2008-01-25 | 共に
 出席や参加とか予約時間など、できるだけ早めにその場に着くように心がけている。当然だが集まりは予定時刻になれば始まる。
 何年くらい以前のことになるだろう。この町には特別な「町時間」があった。開始時間を守らない人がほとんどで、30分から1時間の遅れは毎度のこと。
 今になればなぜあの頃、誰も文句を言わず待っていたのか不思議に思う。定刻に人がそろうことはなく、「もう少し待ってみますのでよろしく」と繰り返された。
 どうせ皆さん遅いのだからともなるだろう。これでは駄目だと、いつの頃からか定時に開くことになる。この町の習慣が、よい方法にと変化した。
 予定の日に家を出る時刻を考え、準備をしてから夕食にする。時間を間違えているのではと注意された。開始時間前に行われる事も別にある。昔時間も生きていて、早めを理解してもらうのも難しい。
 早めは気持を落ち着かせる。話をし資料を見たり、場所によっては読書や人間観察を楽しむ。私も観察されている。そんな時間も必要だ。

証言する写真

2008-01-24 | 平和を
 [写真で伝える]【東京大空襲の傷あと・生き証人】 鈴木賢士 著 発行所・高文研 あの日本の戦争が、この社会に与えた重圧を感じる。
 [一夜にして10万人が命を奪われ、100万人が焼け出された 東京大空襲とは、何だったのか? 60年を経て、なお癒えぬ 体と心の傷の深さを、カメラと、生き証人の証言を通して伝える!]
 新しい戦争のできる体制を目指して、国までもが記憶から消し去ろうとしているあの戦争。だか現実に今も存在する仏像や石碑と建物や大木に見られる傷跡が、忘れないでと叫んでいる。
 市民の力があればこそ残ったものも多いはず。米軍機の焼夷弾投下で焼け野原にされた東京があったのだ。
 国が責任を無視する民衆の犠牲も伝えるために、失った手足や傷付く身体や心まで著者の前に見せている人たちに胸を打たれる。
 米軍東京空襲につながった中国臨時首都重慶への3年間の日本軍による大爆撃。同じような無差別・大量殺戮の負い目かアメリカは東京裁判でも取り上げなかったという。

行くとこあれば

2008-01-23 | 日々
 「行きたい所があれば、乗せていくけど?」と嬉しい言葉につい戸惑ってしまう。とっさに思いつけず、「今日はいいから‥‥」と返事した。
 雨の1日となりそうで、かみさんはそれを活用し午前と午後に夜も外出の予定を作った。私も出かければよいのだが、自由な外出を忘れている。
 せっかくの機会だが家に居ることを選ぶ。午前中も眠れないけど布団に入り休んでいた。昼からは速く使えるようにしてもらったパソコンをさわる。
 メール確認とホームページを覗いて、久しぶりに映画も観た。その後マンガも読んだ。もう一回布団にも入る。
 たまには?のんびりとぜいたくな時間を過ごす。昨日読み終えたコミック【イカロスの山】もまだやすらぎを残してくれている。
 のんびりがぜいたく、ちょっと変とも思う。もう遅いが、夕方になって行先が何ヵ所か浮かんで来た。いい休みをもらった分、次に出かける日の楽しめる気分に蓄えておく。

山を背負って

2008-01-22 | 平和を
 【イカロスの山】 著者・塀内夏子 発行所・講談社 モーニングKC 第8巻から第10巻までを読んだ。
 [極寒の雪山で装備も食料もつき、平岡は過酷な夜を迎えた。孤独と闘うイカロスが最後に呼ぶのは――。山が鮮明にした三人の関係が、結末を迎える。]とコミックを読み終えた後10の裏表紙に見た。
 山岳登山は未体験だが、どこか引かれる。著者の描く山への挑戦が、映像となって心に刺激をくれる。たんなる満足感ではなく、大丈夫私も生きられるとの気持になれる。
 [自分じゃない誰かのために 誰かを「背負った」時 背負うと腹を決めた時! 人は強くなるんだ 「背負う」ってことが 「愛する」ってことなんだ]
 別れの前に子供と二人で山に行き伝える言葉。誰にも通じることではないだろうか。私は自分の弱さを気にした年齢があった。でも弱さも力だとわかり、一人じゃないと知り楽になった。
 そのとき中学時代にさかのぼり「背負う」ものとして[非戦]を再確認し、今も強くはなれないが続いている。