忘却への扉

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まだ何とか平和である内に

2017-08-10 | 平和を

 【 米は核廃絶へ「過ち」認めよ 】 西条市 女性( 66・主婦 )

 ◇「原爆の日」を迎えるたび、広島市の原爆資料館で見た弁当箱の黒焦げのご飯を思い浮かべ、それが人の姿と重なり、被ばく者の心を思う。

 ◇今年4月、その原爆資料館の「被爆再現人形が撤去された。焼けただれた皮膚が垂れ下がり、血に染まった衣服でさまよう姿が怖いという意見が寄せられたからだ。戦争の身の毛のよだつほどの恐怖や苦しみを伝えられなくなるのではと憂う。戦争を知らない人たちに、戦争の悲惨さやリアルな原爆の怖さを教えてはいけないのか。広島市の平和公園慰霊碑に刻まれた「過ちは繰り返しませぬから」の「過ち」は、戦争や核兵器を使用した行為を示す。昨年のオバマ前米大統領の広島訪問も、核保有国の米国と、その傘下の日本との歴史的和解だと述べても、核廃絶への一歩にはならない。
 ◇米国は戦いの過ちを認めてから未来を語るべきだ。戦争の語り部がいなくなる前に、まだ何とか平和である内に、私たちは72年間平和だったことの真の意味に気付かねばならない。]

 ( 忘却への扉 ) 長年広島市の平和公園や原爆資料館を訪れていないのが寂しい。数十回では物足りない。数ではなく、そこで過ごす新たな時と感情の重みが大切。
 子どもたちが住んでいた頃は特によく通った。今の広島市には娘たちと孫娘が暮らしている。だが、近くて遠くに感じてしまう。
 家で私が時間をつぶす本の部屋には、原爆資料館で購入した書籍が多くある。ラジオの中国放送(RCC)が電波状況が悪くなり、私の住む地方では聞けなくなったのも残念。
 夏休みに帰郷する歳長女(次女も)はお土産がわりに中国新聞を持って帰ってくれた。だが、ラジオも新聞も、昔に比べて原爆投下や被爆地広島に関する報道がやせ細っていると思っていた。
 被爆再現人形の撤去も、被爆国日本の風化を狙う安倍政権の、戦争への道を強引に歩み始めた危険さとダブってしまう。