なんでも内科診療日誌

とりあえず何でも診ている内科の診療記録

脳梗塞

2024年08月20日 | 脳神経疾患

 8月19日(月)に内科外来から、肺癌の患者さん(70歳代半ばの男性)が受診して、血圧が80mmHg台で脈拍が140/分くらいと連絡がきた。

 また、もともとの左半身麻痺が進行して完全麻痺になっているという。名前を聞いてもわからなかった。8月5日に地域の基幹病院呼吸器内科から紹介されて受診した方だった。(外来で1回診ただけでは、若い先生のように記憶してはいない)

 

 今年の4月に胸部腫瘤影で、近くのクリニックから基幹病院に紹介されたそうだ。気管支鏡検査で右肺小細胞癌と診断された。放射線化学療法目的で、大学病院紹介となった。

 大学病院では照射困難(腫瘍が大きいため)で、抗癌剤治療が行われた。6月下旬に右中大脳動脈領域の脳梗塞が発症した。その後は肺癌についてはBSC(緩和ケアのみ)となった。

 7月初めに大学病院から基幹病院に転院してきた。脳梗塞のリハビリをしていたが、介助での杖(4点杖)歩行が可能になったところで退院になった。

 退院後の治療と癌進行による終末期の対応も含めて当院の外来に紹介された、という経緯だった。

 

 心電図上は頻脈性心房細動だった。診療情報提供書に心房細動の記載はなかったが、処方に抗凝固薬(リクシアナ30mg)が入っていた。心房細動だったことがあったのかもしれない。呼吸器内科の紹介なので、脳梗塞についての記載は簡単なものだった。

 バイタルが良くないので、その日は頭部CTだけ行った。右中大脳動脈領域に新規の梗塞が追加されているようだ。前回の脳梗塞発症時の画像は送られて来ていなかったので比較が難しい。

 入院後は点滴をして血圧が90~100mmHgになってきたので、ビソノテープ2mgを貼付した。心拍数が100~110/分くらいにはなった(体動時は140/分まで上昇)。

 20日朝に診ると、心拍数50~70/分の心房細動だった(病室の心電計)。血圧は100~120と安定してきた。ナースステーションに戻って心電図モニターを見ると、P波があった。洞調律になっているので、12誘導心電図でも確認した。

 

 バイタルが安静しているので、頭部MRIを行った。右中大脳動脈が閉塞して、その領域に梗塞巣を認めた。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

脳梗塞次いで脳出血

2024年08月10日 | 脳神経疾患

 今週地域の基幹病院脳外科から、脳出血後の40歳代後半の男性が転院してきた。ADLは自立しているが、右手の巧緻運動ができるようになるために、ということだった。

 

 今年の6月に左半身麻痺で同院の脳神経内科に紹介された。頭部MRIで右脳梗塞と診断され、外来で抗血小板薬(エフィエント)が投与された。未治療だった高血圧症の治療も開始されている。

 麻痺は回復して、階段を降りる時に左足をつくのに違和感があるという症状だけが残ったそうだ。うまく内包後脚にあまりかからなかったようだ。

 7月半ばに今度は右半身麻痺が発症した。脳神経内科で脳梗塞再発疑いで、頭部MRIが行われ、脳出血だったため頭部CTが後から行われた。

 歩行も自立してADLはそれほど低下していないが、右上肢の巧緻運動の障害がある。自営の仕事をするためにリハビリを行うことになった。通常は理学療法を依頼して、リハビリの方で作業療法を追加することが多い。今回は最初から作業療法の依頼を出した。快活な性格で、自営業再開のためリハビリに励んでいる。

 

 短期間のうちに両側の脳血管障害を来したが、比較的症状が少なく済んでいるのは幸いだった。頭部MRIのT2*(T2スター)で見ると、microbleedsが目立つ。自覚的には無症状だが、これまで複数回の小出血を発症していたことになる。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

脳梗塞(心原性脳塞栓症)

2024年07月31日 | 脳神経疾患

 こちらも当直の時に、翌日の早朝に救急搬入された。96歳女性で、発語がないとして救急要請された。

 発症時間が不明の脳梗塞かと思われたが、そうではなかった。施設に入所していて、午前3時に職員が排便の介助をしたが、その時はいつも変わりなかった。

 午前6時に自室を訪問した時には、発語がなくなっていた。救急隊も「発語がない」とだけ言っていて、バイタルには異常がないと報告してきた。

 搬入時、開眼はしているが発語はない。口唇をちょっと動かしていて、失語症が疑われた。両上肢を持ち上げたり、両下肢の膝立を行うと、右半身の麻痺があった。左側の脳梗塞だとすると失語症になる。

 心電図で心房細動を認めたが、かかりつけのクリニックから抗凝固薬は処方されていなかった。心房細動があっても、96歳に抗凝固薬を出すかどうかという問題はあるだろう。

 発症して長くても3時間経過しているかどうかだった。頭部CTは出血がないことを確認するのに行った。脳出血はなく、当然だが梗塞巣は指摘できなかった。頭部MRI拡散強調画像でも描出できるかどうかと思われた。

 頭部MRIでは左中大脳動脈領域の脳梗塞がしっかり描出された。MRAは頭を小刻みに動かしていたこともあり、うまく描出されていない。心房細動があり、発症してすぐに症状が完成しているので、心原性脳塞栓症でいいのだろう。

 診断がついて、後は当院で診るかという問題になる。年齢的に高次医療機関で受けてくれるかどうか。

 連絡を受けた家族の娘さんが病院に来ていた。息子さんも駆け付けて来るが、地域の基幹病院の職員だった方で、定年になったばかりだという。

 とりあえず基幹病院に搬送依頼をしてみることにした。電話を入れると、年齢を伝えてもすぐに受けてもらえた。引き受けた後で、ところで男性ですか女性ですがと訊かれた。どちらも空きベットがあったということか。(ちょっと拍子抜けするくらいのやり取りだった)

 急性期の治療後に当院転院になるが、ほぼ完全麻痺なのでベット上臥床の状態になる。食事摂取もできないかもしれない。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

脳出血

2024年07月27日 | 脳神経疾患

 7月25日(木)に地域の基幹病院脳外科から74歳男性が、リハビリ目的で転院してきた。

 6月30日に右麻痺で発症して救急搬入されていた。右視床出血の診断で、保存的治療が行われた。視床なので、右半身の間隔鈍麻があり、失語症とも記載されていた。

 利き手交換で食事摂取は(介護用スプーンを用いて)自力摂取できる。食事形態は普通食(高血圧食)でその点では看護の面で助かる。

 

 麻痺は右上肢はMMT1(筋収縮は認められるが、関節運動は起こらない)、右下肢はMMT2(重力がかからなければ動かせる、ベット上を這わして動かせる)だった。現状では上肢は全く実用性はなく、下肢も歩行はできない。

 家族(同居の妻と息子)に現状の麻痺では歩行は不可能で、今後の回復の程度にもよるが、難しいだろうとお話した。視床出血といっても、運動神経の経路である内包後脚を巻き込んでる。

 家族は、先方の病院のリハビリの人(理学療法士だろう)には歩行できるといわれました、という。いやいやまず歩行は難しいだろう。リハビリを継続してまた相談しましょうと伝えた。

 最終の頭部CTは7月17日に行われていて、血腫は大分吸収されてきている。そこから1週間経過しているので血腫成分はほとんどないかもしれない。レンズ上の低濃度域になっていくはずだ。

 介護保険は申請していた。家族は日中は仕事に行くので、歩行できなければ在宅介護は困難だという。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

脳出血・くも膜下出血

2024年07月26日 | 脳神経疾患

 7月23日(火)に、脳血管疾患の専門病院から68歳男性が転院してきた。計3回の脳出血とくも膜下出血の既往があり、今回は右被殻出血で、リハビリ目的の転院だった。

 当市内在住だが、ずいぶん昔に職場の健診を当院で行っているが、病気での受診歴はない。ずっと紹介先の病院の扱いになっているが、最初は市内の開業医の先生が紹介したのかもしれない。

 最初に右側頭葉皮質下出血が起きて、その後に右小脳出血が起きている。

 2021年にはくも膜下出血でコイル塞栓の治療を受けた。その後はコイル塞栓の追加、さらに2023年12月にFDステント留置と記載されている。

 FDステントは知らなかった。フローダイバーターステントは脳動脈瘤のある血管に網目の細かい特殊構造のステントを留置して、脳動脈瘤内が血栓化・治癒を目指す治療だった。

 脳動脈瘤の治療は開頭クリッピング術だったが、血管内治療(コイル塞栓術)の方が治療成績が優れていることがわかった。しかし、口の広い動脈瘤(広頸瘤)や大型瘤では十分なコイルの充填が困難で、治療後の再発が発生する。そこで登場したのが、塞栓術フロダイバーターステントということだ。

 この治療をすると、留置後に抗血小板薬の内服が必要になる。今回は右被殻出血を来したため、抗血小板薬2剤を内服していたのを一時的に中止して、急性期を過ぎたところで抗血小板薬1剤を再開となっていた。

 

 この方はステント留置のための抗血小板薬だが、脳血管障害では脳出血と脳梗塞の両者を来す患者さんだと、抗血栓薬(抗血小板薬、抗凝固薬)の処方をどうするかという問題がある。

 大抵は出血の急性期だけ中止して、その後は使用継続となるが、また出血が起きた時は当然裏目に出る。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

髄膜腫

2024年07月22日 | 脳神経疾患

 7月16日に記載した膵癌の女性のその後。入院後はある程度食事摂取できるようになった。高次医療機関への紹介は、地域の基幹病院を希望されていた。

 今週末の消化器内科の外来予約をとったので、その直前に当院を退院することになった。担当の先生が診療補情報提供書をと画像を準備された。

 

 この患者さんは昨年2月にめまいを訴えて外来を受診していた。頭部CTで右高位円蓋に石灰化を伴う境界明瞭な腫瘤を認めた。髄膜腫で、周囲に脳浮腫を伴っている。

 この時は、外来で担当した先生ががんセンター脳神経外科に紹介していた。がんセンターで手術するのかと思われたが、手術は脳神経外科の専門病院に紹介となっていた。

 無事に脳腫瘍の手術を受けたが、その後に右橈骨遠位端骨折を来した。それは当院整形外科で手術をしている。さまざまな疾患を乗り越えてきているが、今回はどうなるか。

 

 先週末は金曜日に遅番(外部の病院から当直バイトの先生が来るまで)で、日曜日は内科の当番だった(日当直は別の外部の先生)。

 金曜日の遅番の時に、良性発作性頭位めまいの高齢男性が救急搬入されて入院した。(本日午後退院)日曜日の分は、後で救急外来受診者を確認すると、結構頑張って帰していて入院はなかった。ただ高齢者の高熱など、入院になりそうな患者さんがいて、今週再受診してくる可能性がある。

 病棟からは、金曜日の夕方に心不全で入院した超高齢女性の尿量が4000mlと出過ぎるくらい出て、どうしましょうかという連絡が入った。バイタルの大きな変化はなく、利尿薬減少の指示で済んだ。総じて比較的楽な週末ではあった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

内頚動脈解離

2024年07月18日 | 脳神経疾患

 7月16日(火)に脳血管障害の専門病院から46歳男性がリハビリ目的で転院してきた。最初に転院依頼の紹介状が来たのは6月始めだったが、その後いろいろトラブルがあって1か月以上かかっての転院だった。

 5月15日に職場で倒れているところを同僚に発見されて、地域の基幹病院に救急搬入された。症状は意識障害(JCS 10)、左半身麻痺だった。頭部MRIで右中大脳動脈領域に梗塞巣を認め、CTAで右内頚動脈閉塞と診断された。

 血栓回収術のため、先方の専門病院へ転送となった。脳血管造影で右内頚動脈解離と診断されたそうだ。ステント留置を試みたが難しく、バルーン拡張のみ行ったとある。

 右内頚動脈は血流回復しているが、右中大脳動脈領域の脳梗塞はそのまま残った。

 その後穿刺部の出血から貧血を来して輸血を要した、というのが2回目の転院依頼だった。

 さらに穿刺部に感染を来して、菌血症・敗血症になった。血液培養で起炎菌は検出されなかったが、エンピリック治療の抗菌薬で症状軽快してきた、というのが3回目の転院依頼だった。

 転院してきた日の前日まで抗菌薬が投与されていた。当院で経過をみて、また発熱が見られれば、血液培養提出・抗菌薬投与が必要になる可能性がある。

 

 両親はすでに亡くなっていて、兄と二人暮らしだった。兄と相談して、日中ひとりで過ごせれば自宅退院だが、それが難しい時は施設入所ということになった。(本人は仕事ができるようになると思っているようだ、ともいっていた)

 内頚動脈解離は初めて見る。特に高血圧症など治療を要する疾患はなく、健診でも異常がなかったそうだ。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

意識変容

2024年07月13日 | 脳神経疾患

 7月12日(金)に地域の基幹病院脳神経内科から86歳男性が転院してきた。当院から搬送しているので、正確には戻って来たということになる。

 

 認知症で隣町の施設に入所していた。グループホームなので、食事摂取・排泄・歩行などは自立していた。6月27日の朝に起きてこないので、職員が見にいくと、まだベットに寝ていた。

 呼びかけても返答はなく、手足はそれに反応してなのか勝手になのかベット上で動かしていた。救急要請して当院に搬入された。膀胱瘻の管理を当院の泌尿器科外来で行っている。

 救急担当の内科が対応した。画像検査は頭部CTで出血はなく、頭部MRIでも拡散強調画像で新規の脳梗塞はなかった(陳旧性左小脳梗塞はある)。胸部X線で肺炎像はなく、血液検査・尿検査でも意識障害をきたすような異常はなかった。心電図では心房細動があった。

 「非けいれん性のてんかん重積発作も考えられる」ということで、地域の基幹病院脳神経内科に連絡して、搬送となった。

 

 搬入時は開眼はしているものの発語はなかった。頭部MRI再検でも異常はなかったそうだ。入院後はその日のうちに発語がみられるようなっていた。

 意識がはっきりしている時は自力で食事摂取もできるが、その後は反応がみられなくなったり、良くなったりを繰り返していた。脳波検査は異常を認めず、診断的治療として抗てんかん薬を投与しても変化はなかった。

 「認知症による意識変容と低活動性せん妄」と考えます、と記載されていた。認知症の薬は発売されたばかりのアリドネパッチが開始されている。

 

 療養転院は内科医が順番で受けているが、今回担当になったのは、搬送した先生ではなく、昨年尿路感染症・敗血症(大腸菌ESBL)の入院で担当した先生になった。

 膀胱結石があったことから、非常勤の泌尿器科医が県庁所在地にある総合病院泌尿器科に紹介して、膀胱瘻造設・膀胱結石摘出術が行われていた。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

慢性硬膜下血腫

2024年07月12日 | 脳神経疾患

 透析で通院している86歳男性が、7月8日(月)に3日前からの右半身麻痺を訴えた。

 脳梗塞疑いで頭部MRIを撮像すると、左慢性硬膜下血腫を認めた。順序が逆になったが、頭部CTでも確認していた。血腫除去術を要すると判断されて、地域の基幹病院脳外科に入院となった。

 ただ透析患者さんなので、その日の分の透析を済ませてから、午後から先方の病院に向かった。確か火曜日が手術日に当たるはずだ。術後の10日には患者さんを紹介した腎臓内科医に連絡が入って、当院転院の手配がされていた。

 慢性硬膜下血腫は珍しくないが、頭部MRIで見ることはあまりないので、興味深く拝見した。順番に拡散強調画像、T1強調画像、T2強調画像、FLAIRになる。

 慢性硬膜下血腫では間違わないが、出血and/or梗塞はMRIでは判断を間違う可能性があり、頭部CT→頭部MRIの順で行うことにしている。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

くも膜下出血

2024年07月04日 | 脳神経疾患

 6月30日(日)は日直だった。午後2時過ぎに一過性に意識消失した62歳男性が救急搬入された。

 この方は東京都在住で、一人でバイクに乗って北海道を旅行してきた。6月22日に出発したが、6月24日に頭痛が発症した。程度がひどくないので、そのまま旅行を続けていた。

 6月30日は北海道からフェリーで東北に戻り、高速道を走って東京に向かっていた。途中のパーキングエリアに休憩のために立ち寄った。そこで意識消失して倒れてしまった。

 近くにいた人が救急要請して、救急隊が駆け付けた。救急隊到着時は意識は回復していて、会話も普通に可能だった。頭痛がそれまでよりも強いようだという。

 救急隊から搬入依頼が来て、くも膜下出血が疑われた。当院では診断のみで脳外科のある病院に搬送になるが、来てもらうことにした。

 患者さんの意識は清明で見当識障害もなく、旅行の行程を話してくれた。すぐに頭部CTを撮影すると、やはりくも膜下出血だった。橋前槽などに出血を認めて、中脳水道内にもあった。シルビウス裂には出血がなく、椎骨脳底動脈領域の動脈瘤を疑った。

 地域の基幹病院に連絡した。タイミングが悪く、くも膜下出血の患者さんが搬入されて、脳外科で手術が始まるところだという。他を当たって下さいということだった。

 県庁所在地にある脳神経の専門病院に連絡すると、受け入れてもらえた。血圧が140/100だったので、ニカルジピンで血圧を下げて送るようにという指示をもらった。

 最初から搬送するつもりだったので、搬入した救急隊を待たせていた。救急車に戻して、そのまま搬送先の病院に向かってもらった。(東京の家にいる妻には、搬入先の病院に向かうよう救急隊が連絡していた)

 それにしても、高速道を走行中に意識消失しないでよかった。

 

 休憩で立ち寄ったパーキングエリアは隣県にある。高速道の上り下り(高速道に入るインターの位置)の問題で、当市内の救急隊が出動していた。

 そのパーキングから一番近い病院(脳外科もある)に連絡したところ、救急隊は当県の所属なので、当県の病院に連絡するように、といわれたそうだ。

 

 その後、搬送した病院から返事が来ていた。「左椎骨動脈解離によるくも膜下出血」だった。血管内治療もできる専門病院へ紹介したので、患者さんにとって良かった。

 椎骨動脈解離による頭痛が発症して、搬入された時は破裂してくも膜下出血になったという経過なのだった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする