6月6日(金)は当直だった。今月はに当直が1回、副直(外部の先生が当直に来るまで午後7時まで院内待機)が1回、日直が1回ある。
若い先生方と違って、年齢的に当直をすると一晩寝ただけでは回復せず、3日くらいは体調が悪い。その週に当直があると思うと、気分的に憂鬱になる。
医師の当直というのは、その日普通に勤務して当直を翌日までして、翌日も勤務する。32時間勤務になるので正確には労働としては違反になるらしい。翌日が土日に当たる場合でも、翌日の昼近くまでは病院にいることが多い。
当直が始まってすぐの午後5時過ぎに、救急搬入依頼が来た。70歳代前半の男性が路上で座り込んでいて歩けなくなっているという。意識レベルはGCS3(名前・生年月日が言えない)だった。血圧が90台で低下している。
市内在住で、買い物帰りの途中だったようで、レジ袋に夕食のおかず(惣菜)と缶ビールが入っていた。たぶん普段から大事なものを全部セカンドバックに入れて持ち歩いているようだ。薬手帳も入っていて、クリニックに処方内容からは高血圧症・糖尿病で通院している。
搬入時の血圧は110台だった。酸素飽和度は正常域で問題ない。開眼していて名前は何とか言えるが、生年月日が出てこない。繰り返すと、「はい」とだけ答えて何も言えなかったりする。麻痺はないようだ。
まず一見して右前額部から眼の周囲に発疹があった。水疱からの黒色の痂疲形成があり、三叉神経第1枝領域の帯状疱疹だった。ただそれで受診はしていないらしいのは、普通ではない。(後で訊いて、痛痒かったが激痛ではないので受診していなかった)
点滴と採血(時間外用)を行って、話が聞けないので画像で判断することにした。頭部CTでは年齢以上に前頭葉と側頭葉の萎縮が目立った。胸腹部CTでは特に異常はなかった。
三叉神経第1枝領域の帯状疱疹だと、中枢神経の病変が及ぶ可能性もある。ただ単純ヘルペス脳炎は見たことはあるが、帯状疱疹での髄膜炎・脳炎は見たことはない。
動かれて撮像困難の可能性はあるが、頭部MRIの核酸強調画像だけでも撮れれば参考になる。撮像を開始すると、少し手足は動かしたが案外フルで撮ることができた。
拡散強調画像で脳炎らしい病変はなかった。ただMRAで見ると、脳血管全体に動脈硬化と径不整が目立った。
救急室に戻った後は、会話ができるまで回復していた。名前・生年月日もいえて、見当識障害もないようだ。市内の有名なラーメン店(現在は廃業)に勤めていたそうで、昔のことはよく覚えている。
血圧は110台で変わりなかったが、たぶん点滴(ソルラクト500ml)が効いてきたらしい。着ていたシャツは汗で濡れていた。自宅から買い物に行った生協は近い距離だが、その日は割と暑かった。
降圧薬が効き過ぎている、糖尿病でSGLT2阻害薬を飲んでいる、汗をかいた、などが重なった結果、血圧が低下して脳循環不全を来して脱力状態になったようだ。あの脳血管では血圧を高めに維持しないと循環不全になってしまうのだろう。
一人暮らしで頼める親族もいないので、入院で翌日まで経過をみることにした。(買い物してきた食べ物を食べていいかといわれた。夕食の時間は過ぎていたので選んで許可した。)
翌朝にはすっかり回復して、朝食も完食して普通に歩行できた。といっても日常生活は何とか自立できているが、認知症のテストをすると点数は低いと思われる。その日の午後にタクシーを呼んで、時間外の出口まで病棟看護師さんが送っていくことにした。