散歩者goo 

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大阪市長選での橋下氏・平松氏の戦術の違い

2011年11月21日 19時57分21秒 | 政治・経済・社会・法律・文化
大阪市長選挙のニュースのなかで特集しているのを見た。
選挙情勢は、橋下氏が優勢で、平松氏が追う展開と報じていた。
そのニュース映像を見ると、二人の戦い方に明らかな差があった。

二人とも、無党派層を意識しているという。
その選挙戦での取り組み方が対照的だった。
橋下氏の選挙参謀は選挙の演出がうまいように思った。
平松氏側は、既成政党に乗っているため、選挙戦術が従来どうりで、陳腐なように感じた。
そういう意味で、橋下氏がマスコミ業界にいただけあって、人の心の掴み方を知っているようにみえた。

例えば、同じ無党派層の掴み方にしても、橋下氏は若い無党派層が多く集まる場所で、橋下節を展開している。
平松氏も同じく無党派層の集まる場所を歩いていたが、同じ無党派層でもいわゆる客層が違うように見える。
歓楽街+商業地区中心の町と、ビジネス+商業地区のどちらの場所のほうが政治意識の高い人が多いか、土地の風土からある程度推測がつくかもしれない。
政治意識が高ければ、無党派層であっても問題を感じれば選挙に行くだろう。
しかし、始めから政治に無関心の無党派層では、選挙にいかない人が多かったり、政治に興味を全く持てない人も多いかも知れない。

今までの、主張の仕方にも二人に大きな差があった。
橋下氏の手法は、どちらかというと、国民に圧倒的支持を受けた小泉氏に似たところがある。
橋下氏の訴え方は、小泉元総理の選挙手法と似ていて、敵を明確にし、象徴的な言葉で細部にこだわらず相手を攻撃しつつ、橋下氏の窮状を訴えることも含めて、支持を求めるやり方だ。

あの当時、優勢選挙で国民は小泉氏の言う新自由主義による改革の本当の意味を理解していなかった
小泉氏の、反対勢力をぶっ潰すと言う、改革をする正義の味方のようなキャッチフレーズに酔った。
しかしその改革の真の正体は何だったのか、後になって国民は知った。
その結果セフティーネットのない規制緩和で、正社員の切捨てが始まり、貧困層が急増し、日本は大きな格差社会になったし、更に100年安心年金は既に破綻し始めている。
それを是正すべく、民主党政権になったが、期待された成果は思ったほど上がっていない。
単純な言葉で敵を攻撃し、改革ムードだけが先行するのは要注意とであることを大人は身をもって知ったが、経験の少ない若い人には受ける可能性はあるだろう。

その意味で、演説内容は別にして、知名度が高く、ターゲットや問題点を絞り簡単な言葉で明快に演説し分りやすく説得する橋下氏の選挙スタイルは、若い人の集まるところでは、聴衆を魅了し非常に威力を発揮しているのだろう。
対話でなく、演説は、一方的メッセージの為対立相手の反対意見が入らない分、単純化する程分りやすく、聴衆の心を捉えやすく、説得納得させるのに非常に効率的だ。
これは誰にでも言えるが、意識して演説するのと、なんとなく主張するのとでは、与えるインパクトが違う

一方平松氏の選挙手法は、橋下氏と同様無党派層をターゲットにしているが、一人ずつ握手をし、できるだけ多くの人と触れ合う戦術を取っている。
これでどれだけ、選挙に関心を持たない人の関心を呼び覚ますのか疑問に思う。
選挙の争点を知らないで、無関心であった人でも、橋下氏を見て立ち止まり演説を聴くことで関心を持ち選挙に行こうと思う人の割合は、演説を聴くことも無く、一人ずつだだ握手された人より大いに違いない。
使い古されたプロの選挙手法がどれだけ効果あるのだろうか。

ここで気になるのは、争点を明確にした訴えが、お互いきっちり出来ているのかどうかだ。
選挙民は、それを一番知りたがっているのだろう。
例えば
二重行政の実態と問題点、 水道、図書館、美術館、交通局、港湾、道路、大学・・・
大阪都構想の実態と区に分割した場合のメリット・デメリット
教育行政
福祉行政
経済活性化策
道州制(関西州)との関係
独裁的の意味
といったことを、一つのテーマだけでなく、橋下陣営、平松陣営がそれぞれ具体的に分りやすく訴えるべきである。

支持勢力の背景も影響しているかもしれない。
橋下氏は、維新の会だけなので主張も、運動の仕方も一本化され明快だ。
平松氏は、各党が支援しているので、それがどのように影響しているのか、もたれあいで勢力が分散しているのか分らないところがあるような気もする。
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晩秋のイチジク色付く

2011年11月21日 12時42分00秒 | 趣味娯楽・園芸・探鳥・山・海・観光・グルメ


家の前の鉢植えのイチジクは、昨年5月ごろに30cm程の苗木を買って鉢に植え替えた木だ。
今は成長し、1m程の高さになり大きくなった。
去年は数個の実がなったが、まともに食べたのは1個だけだった。
その他は、イタチ?に実を落とされたり、完熟しなかった。
冬に1個残った小さな実が大きくなり、早春に色付いたので食べようと思っていたが、ある日突然無くなった。
多分、やはりイタチの仕業ではないかと思っている。

イタチのいたずらには、過去いろいろ悩まされていて、今年も被害にあった。
今年も夏の終わりに、ブドウがたくさんなり、さて収穫と思っていた頃に、ねずみがブドウを食べ始めた。
ねずみが塀やブドウの枝を走っているのは、確認している。
ネズミの食べ方は、一つずつまばらにブドウを食べるので、ブドウの房が歯抜けになった状態になる。
時には少しブドウの皮が残っている場合も多い。
ネズミの口のサイズを考えれば理解できる。
ネズミ以外に、スズメや、ヒヨドリも来るが、夜には食べないし一日に食べる量も知れている。

このようなネズミの被害にあい始めたので、その翌日に収穫を予定していた日のことだった。
朝起きて、今日は収穫するぞと思い裏庭を見ると、ぶどうの色付いたものは、すべてなくなっていた。
かなりの量である。
一夜で、ブドウの皮もなくきれいに食べられていて、その食べ方や量はイタチしか考えられなかった。
それまでイタチは肉食なので、ブドウを食べないと思っていた。
その頃、イタチがブドウの枝や塀を行き来しているのをたまに見ていたが、ネズミをとるのにパトロールしているのだと思い安心していたが、裏切られた感じだった。

イタチは、好奇心旺盛で、庭に生えていたきれいな花をつける球根性の草「玉すだれ」をすべて引き抜き横に並べていたこともあった。
新芽の生えた球根を引き抜いて横に並べるという行為ができる能力に驚いた。
ただ、その行為は夜中に行われた為、その現場を確認していないが・・。
こんなイタチなのでイチジクを持ち去る可能性が強いと思っている。要注意だ。

今回色付いたイチジクは、ここ1-2週間で急に大きくなった。
まだ一部が青く完熟ではないが、今日は収穫し食べようと思う。
それでもまだ3個のイチジクが、成長せず青い実のまま残っている。
イチジクが一個だけ選ばれて成長し色付いたことに、イチジクの意志が働いているように感じた。
無論植物なので、神経細胞はないし、動物と同等のような意志は考えられない。

これから冬になるが、残りの3個のイチジクが今後どのように成長し完熟するのだろうか。
今後の冬の成長に興味がある。
多分冬の間は成長の動きがないか、又は実が枯れ落ちるのではないかと予想している。
今後のイチジクの適応を観察したい。

それにしても、今回のイチジクのように、植物の営みや対応力に感心することも多い。
例えば、ゴーヤやトマトの実のつけ方を見ていても、冬が近づくと、いらない葉を自分で枯らせてその養分を実に送り込んでいるように見える。
このようなことを見ていて、植物は自分なりにコントロールしながら、実をつける順番を考えているのではないかと思ったりした。
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11/20日記 三条の画廊めぐり&時計バンド修理

2011年11月21日 02時00分16秒 | エッセイ &余談 ・短感・片言雑事
今日、昼に投稿したり、後洗濯物の片付けとか家事をしていて、時間がとられた。
その後、メールを打ったりして時間をとられたので、とりあえず昼は外食にして、京都に行くことにした。
更に、今日はダイコク(ディスカウント薬店)の特価日だったので、サプリメントの購入品を確認したりした。

身支度を整えて、時計をはめようとすると、腕時計のベルトが半分切れていた。
もう時間は午後1時になる。
個展の最終日は5時に終わるので、間に合わない可能性もある。
ポケットに、ベルトの切れかけた時計をねじ込み、自転車を飛ばしてJRの玉造駅近くの牛丼店に駆け込んだ。
急いで牛丼を食べ、今度はJR玉造駅近くの、駐輪場へ、そしてせかされるように京阪三条へ向った。

京阪三条駅からは、徒歩で三条通を神宮道に向って急ぎ足で歩いた。
途中ギャラリーはね兎によって、ついつい若い作家と話しし、時間を取られた。

やっと目的の、児玉泰展会場のアートスペース東山に着いた。
児玉さんは、数人のお客さんと奥さんを交え談笑していた。
展示された作品を見てから、児玉さんとの話題は、予想どおり古墳の話しになった。

彼の個展では、特徴的なことがある。
彼は、個展期間中に彼の研究ノートを置いている。
そこには、丁寧に学術資料がまとめられていた。
多くの古墳実測図や考古学関連の実測図があり、丁寧な解説や学説が記録されていた。
このような資料は、調査報告書を図書館まで見に行って、コピーすることもあるという。
成るほど、本格的な考古学論文を出すには、大変な努力が必要なのだなと感心した。
余談だが、私も一時考古学の遺跡発掘の調査報告書を買い込んだことがあったし、学術誌を定期購読もしたが、さすが、にサラリーマンを止めてからは、学術誌の購読を止めたが、今もそれらが本棚を占拠している。
その他、児玉さんは、最近一時体を壊されたことがあったという。
仕事に、考古学研究に、また作品制作に、多分オーバーワーク気味になっているのではと、心配になる。

彼の考古学研究への興味は、作品にも色濃く反映されている。
一つのコーナーに張られた、作品のエスキースに考古学資料から、抜き出したデータらしき図形がはいっているのを見ても分る。
今回の展覧会では、花の美しい写実作品も目を引いた。
4時も過ぎたので、スズキやニジその他の現代系画廊を廻るため、個展会場を出た。

都ホテル近辺のスズキやニジを廻った後京阪三条駅に下っていくと、京都の画廊を廻る時にたまに覗く画廊で川島慶樹さんの個展をしていたので入った。
ギャラリーオーナーと作家と3人でひとしきり話し込んでそのギャラリーを後にした。
ついでに同時代ギャラリーまで足を伸ばしたが、イラストだったのですぐにギャラリーを出て、時計のバンド修理の店を探す為、寺町や新京極を四条に向って歩いた。
その途中、錦市場が気になったので、更に足を伸ばした。
京都の町はいろいろ歩いているが、錦市場は有名なのに、まだ一度も行ったことがなかった。
大阪の黒門市場とは、スケールが違うようだ。
見て歩き回ったので、さすが足に疲れを覚え、一路阪急で梅田に向った。

梅田に着くと、時計バンドの修理で安い所が、ちょっと前まで大阪駅前の地下街にあったが、そこは確かなくなっていたように思いだし、どこに行くべきか思案した。
そこでヨドバシカメラは、時計も扱っていたはずなので、ヨドバシに行くことにした。
確かに時計売り場、そして時計、バンド修理のコーナーもあった。
バンドサイズが分らす窓口に聞いて再度バンドを自分で選んで、修理窓口に持ち込んだ。
一時間余りでバンド交換すると言うので、整理券をもらった。
その時、多分その修理所が地下にあった店と同じではないかと気付いた。

一時間余りの暇つぶしは、咽が渇いたのとおなかがすいたので、JRガード下のマックに行くことにした。
ハンバーグとコーヒーをトレイに載せて二階に上がると、いつものようにほぼ満席だったが、各席を目で追いながら空席を探して座った。
座った席の視線の先に学生と思われるカップルが、キスをしたり、はぐしたり、お互いの体や顔をくっつけあったり気になる行為をずっと続けていたので、見とれた。
私との距離は4-5mもないし、周囲も人で一杯だったが、まだ18歳以下と思える彼ら二人は、カウンター席で、体を向けあり、平然と携帯を持ち一緒に見たりしながら、体を密着させたり離れたり、長いキスしたかと思えば、手を相手の膝に置いたり体をなでたりの繰り返しだった。
そういう行為をたまにチラチラ見つつ、私はコーヒー片手に、考古学の本を読んでいた。
我ながら、奇妙なデバガメに近い構図だと思ったが、隠れて覗き見しているわけでもない。(ほぼ真横)。
こちらの二人席の正面の向こうに彼ら二人の席があるので、こちらからは自然に一部始終見えるのだ。
不思議なことに、向こうにエロスを感じつつ、しっかりと本も読み込んで書いている学説やデーターについて考えをめぐらしていた。

その横にやはり中年男性が近くに来てから彼らは、席を立った。
しばらくして修理の終わる時間が来たので、バンド交換の時計を受け取りに再びヨドバシカメラに行った。

そして帰宅後、大変なことが待ち構えていた。
うっかり、いつもの日曜ペースで、3食分の調理をせずに京都に出かけたのだ。
日曜日は昼を遅い外食にして昼の間に夜と翌朝の調理をするようになっていた。
しかし今日は京都に早く行かなければと思い、すっかり調理を忘れていた。
仕方なく、夜食はご飯と、納豆とバナナとヨーグルトにした。
さばの缶詰を開けようかとも考えたが、150gのさばは、腹持ちが良すぎるので止めた。
今日一日、あわただしい一日だった。
しかも、急ぎや必要でもないこのブログを夜中1時まで打って、その後、昼に投稿したブログで私が犯した投稿設定ミスを修正して午前2時になっしまったという滑稽さ。
なんとなく、今日はドタバタの落ち着かない日だった。
これからゆっくり寝て、明日から頑張ろう。(明日は寝不足??)

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