飛鳥の石舞台は桜が満開だった。
石舞台は6世紀末から7世紀初めごろの上円下方墳と推定され蘇我馬子の墓説が有力らしい。
石室。昭和8年の発掘調査で石棺は発見されなかった。
石棺の行方は?・・・馬子の王統と対立する王統にまつわる何らかのドラマがあったのか。
各種資料を手がかりに復元された石棺が近くに置かれていた。
石舞台の南、稲渕地区には棚田があってヒガンバナのころなど四季折々の風景が良いらしい。
今回は訪れることが出来なかったので、いつかゆっくり歩きたい。
ウマノアシガタ(キンポウゲ科)
バスで移動するだけでなく少しは歩いたのでレンゲソウとかスミレとか草花も見られた。
小雨まじりの日でなければ、飛鳥はどこも多くの花に会うことが出来そうに思われた。