東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

平生町佐賀漁港周辺の史跡巡りウォーキング(1/3)

2024年01月24日 | 歴史探訪他ウォーキング

 先日佐賀漁港周辺の史跡を巡るウォーキングをしました。ところが、前日夜は雨でした。そのため史跡巡りウォーキングを中止するかどうか迷いました。天気予報では曇りか晴れでしたので、その予報に賭けました。
 そして明朝、濃い霧でしたが少しずつ晴れてきました。ほっとしました。史跡巡りを主宰すると、天気にとても敏感になります。過去10年間の史跡巡りウォーキングを振り返ると、年に1度は雨で延期しています。朝天気が良くても、天気が急変して横殴りの吹雪に見舞われたこともありました。

         晴れ間の中、小山の上に鎮座する八幡社のお社


 さて、9:44発のバスに乗り佐賀バス停留所に降りました。降りると佐賀地域交流センターに向かいました。そこには縄文遺跡の岩田遺跡石碑と、その傍に遺跡の説明板が建っています。その説明板の前に立ってみなさんに遺跡の説明をしました。縄文遺跡は関東以北に多く関西には少ないため、岩田遺跡は関西の貴重な縄文遺跡ではないかと思います。どんぐりの貯蔵穴などが有名です。
 岩田遺跡を出ると、道を少し戻って浜田自治会集会所に行きました。この集会所隣の広場で夏には盆踊りが行われます。かつて嵯峨音頭で踊られていましたが、今はどうでしょうか。5年ほど前には録音された音で踊っていたと聞きました。笛太鼓やくどきを歌う人は絶えたとのことでした。

  岩田遺跡の石碑前    浜田集会所の前にて   八幡社急階段前の石鳥居
  

 続いて小山の上に鎮座する八幡社に行きました。急な石階段を登ると広場になっており、正面にお社と忠魂碑が建っています。戦時中、この八幡社から地元佐賀の若者が出征したのでしょう。広場は綺麗に掃き清められていました。
 次に、旧佐賀小学校の旧体育館に行きました。そして、白鳥神社前に行き、白鳥古墳のお話をしました。全長120mの大きさは山口県1で、その大きさを体感すべく前方後円墳の周りを巡りました。そして、後円部に鎮座する白鳥神社を参拝しました。

    旧佐賀小学校の旧体育館      子供を見守る愛光童子地蔵
 

 白鳥神社を回っている途中にお地蔵様が安置されていました。足元に「愛光童子」と刻まれていました。たまたま近くにおられた方に由来をお聞きしました。すると、子供を見守るお地蔵様とのことでした。その昔、子供の事故か何かあったのでしょうか。

         佐賀漁港周辺の遺跡巡りをしたウォーキングコース

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