あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

山口一太郎大尉の四日間 3 「 總てを眞崎大將に一任します 」

2019年12月18日 14時07分30秒 | 赤子の微衷 3 渦中の人達 (山口一太郎、満井佐吉、小藤恵)


山口一太郎 
第一回憲兵訊問調書 


之を要するに
若い人達は、この一挙を口火として直ちに全面的昭和維新に入ることを主張し、
参議官方は、種々な事情で一概にそうはゆかぬと述べられ、
判然しない結果で 二十七日午前二時頃この会見は終わりました。
若い人達は富士山の室に退き、
午前五時頃迄種々と話し合ひ、
うどんを食べて、一同と共に寝ました。
参議官方は大部分午前四時頃迄お話をして居られた様に思ひます。
此の場で私は大臣告示を確認したと思ひます。
又 質問に応じて一師戦警備第二号要旨を申あげた様に思ひます。

・・・ 前頁  山口一太郎大尉の四日間 2 「 軍事参議官と会見 」 の 続き
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二 ・二六事件

一、廿七日 午前中

同期生柴大尉ガ訪ネテ來タ様ニ思ヒマスガ、何時頃デアルカ判然憶エマセン。
柴ハ香椎閣下ノ傳令デ、コノ部隊ノ空氣ヲ偵察ニ來タト申シテイマシタ。
「 私ハ午前六時官邸ヲ出テ、朝霜ノ中ヲ諸部隊ヲ見廻リマシタ。
 先ヅ議事堂 ( 新 ) 北角ノ部隊ガ東ニ向ヒ、
討伐隊ガ來タト言ツテ敵對行動ヲ執ツテイルノヲ見マシタ。

將校 ( 人名記憶セズ )、下士官ガ口ヲ揃エテ、
彼奴等ハナニヲシオルカ分リマセン、
吾々ヲ討伐シニ來ナガラ、
尊皇討奸ト言フ旗ヲ立テ、吾々ト同ジ様ナコトヲ言ツテ居リマス。」

ト云ツテオリマシタ。

私ハ急イデ平河町五丁目ヨリ、車ヲ文部大臣官邸方面ヘ進メマシタ処、
彼等ノ言フ敵ト云フノハ、實ハ二十六日朝以來ノ行動部隊デアツタノデアリマス。
其後コノ様ナ間違ヒハ度々アツタ様ニ思ヒマス。
此ノ附近、外國大使館ノ澤山アル所デアリマシテ、多クノ外國人、殊ニ婦人ガ私ニ種々尋ネマシタ。
私ハ下手ナ英、佛、獨語デ
「 外國人ニ危害ヲ及ボスコトハナイ筈デアル。
然シ主義ノ爲日本人ニ對シ射撃シタ彈ガ貴女方ニ中ルカモ知レナイカラ、可成 地下室ニ行ツテ居テクレ 」
ト言フ趣旨ヲ告ゲマシタ。
其外何カ午前中大事ナ事ガアツタ様ニ思ヒマスガ、如何シテモ思ヒ出セマセン。

正午稍前、
聯隊長殿ニ陸相官邸秘書官室ニ於テ、宿營計畫ヲ立テル様命令セレレマシタ。
其ノ時ノ方針ハ三件デアリマス。
一、成可ク陸軍省附近ニ集結スルコト。
二、私人ノ宅ヲ當テザルコト。
三、議事堂ヲ用フルモ可ナリ。
( 秘書官ヨリ戒嚴司令官許可濟ノ旨を聞ク )
其処デ、私ハ第一次計畫トシテ次ノ如ク撰ビマシタ。
農相官邸、蔵相官邸、鐵相官邸、文相官邸―四中隊
現衆議院、華族會館―六中隊
此ノ計畫ハ聯隊長殿ガ戒嚴司令官閣下ノ許ヘ持ツテ行カレタ様 ( ・・ ) デアリマスガ、
海軍ガ海軍大將二人ヲ殺害サレタ故ヲ以テ著シク興奮憤激シテイルトノ理由ニヨリ、
之レトノ接触ヲ避ケル爲、
參謀本部、高松宮邸各東端ヲ貫ク線以東ニ配兵スベカラズトノ趣旨ヨリ、
議事堂ヲ棄テナケレバナラヌコトニナリマシタ。
其処デ次ノ第二案ヲ立テマシタ。
農、蔵、鐵、文相官邸、 六中隊
万平ホテル、宝亭     三中隊
然ルニ、コノ第二案ハ、近衛、第一師團ノ見解ノ相違ニヨリ、
万平ホテル及ビ宝亭ガ近衛師團地域内デアルト言フ理由ノ下ニ、
私ハ若イ人達ニ涙ヲ飲ンデ了解サセ ( 警備司令部ヨリ謝セラレタリ )、第三案ニ移レリ。
爲之、私ハ著シク若イ人達ヨリ輕視セラレ、威信ヲ失墜シマシタ。
此ノ時既ニ万平ホテルヲ占領セル近衛部隊ハ、
「 若シ一行動部隊ガホテルニ來タナラバ、實力ヲ以テ襲撃スル 」 ト迄 云ヒマシタ。
私ハ已ム無ク第三案ヲ、隊長ノ許可ヲ得テ、
小藤大佐 ( 聯隊長ハ電話ヲ以テ警備司令官ノ許可ヲ得タ ) ノ名ニ於テ發令致シマシタ。
栗原、中橋、田中、―首相官邸及農相官邸
丹生  山王ホテル
安藤、坂井―幸楽
其他 鐵、蔵、文相官邸
斯クシテ部隊ハ午後八時頃迄、右往左往シタ事ハ誠ニ氣ノ毒ニ思ヒマス。
然シ各部隊共小藤大佐ノ宿營命令ニ良ク從ツテ呉レマシテ、
副官約ヲ致シテ居リマス私トシテハ涙ノ流レル程嬉シクアリマシタ。

爾後小藤大佐殿ノ命令ニ依リ、
大佐殿ハ陸相官邸ニ位置セラレ、本部ハ鐵相官邸ニ置キマシタ。
何時頃師戒嚴第一號ガ下命サレタモノヤラ分カリマセン。
私ハ豫テノ命令ニ依リ、午後九時鐵相官邸ニ命令受領者ヲ集メ、
麹町地區警備隊命令ヲ下達シマシタ。
コノ命令ハ聯隊長殿自ラ起案サレ、
佐藤裕雄大尉 ( 兵器局銃砲課 ) ガ筆記シタモノデアリ、原文ハ歩一田中少佐殿ガ持ツテ居ラレマス。
命令要旨
本職ハ行動全部隊ノ長トシテ、永田町附近ノ治安維持ニ任ズ。
各部隊ハ本夜給養ヲ主トスベシ。
此ノ際 近衛師團部隊ニ對スル部署ヲ明確ナラシムル爲、
次ノ命令ヲ午後八時半頃、
陸相官邸ニ於テ 柴大尉ヨリ受領シマシタ。
戒作命令第九號
命令 二月二十七日午後七時 於 戒嚴司令部
二月二十六日出動セシ將校以下ハ、
第一師團麹町地區警備隊長小藤大佐ノ指揮下ニ在リテ行動スベシ。
戒厳司令官 香椎浩平 花押

ソレハコレカ ( 證第一號ヲ示ス )
ソウデアリマス。
コレヨリ先、私ハ高等方面ニ忙殺サレル爲、地區隊副官ノ任務ガ達セラレマセンノデ、
此ノ事ヲ聯隊長殿ニ具申シ、聯隊長殿ハ副官トシテ田中少佐ヲ呼バレマシタ。
午後九時前后、私ノ同期生、柴、松平ノ兩名ガ鐵相官邸ニ來タ様ニ思ヒマス。

私ハ本廿七日 數回ニ亘リ、聯隊長殿ノ意圖ヲ奉ジ、
栗原中尉其他ニ對シ首相官邸ヲアケ渡す様奨メマシタガ、斷乎トシテ容レラレマセンデシタ。

其後夜半マデノ行動ニハ記憶アリマセンガ、
只、眞崎、阿部、西 三軍事參議官閣下ガ、全靑年將校ニオ會ヒ下サツタノハ、
二十七日午後ト思ヒマスカラ、玆ニ述ベマス。
行動隊全將校ガ集リ種々協議ノ上、次ノ事を三軍事參議官ニ具申シマシタ。
場所ハ陸相官邸ノ角ノ部屋デアリマス。
「 吾々ハ總テヲ眞崎大將閣下ニ御一任シマス。」
記憶ニヨル事實ハ傍聴者山下少將記錄セラレアリ
之レニ對シ、眞崎閣下ヨリ訓示アリ。
「 全ク一任セラレ度、君達ハ所属隊長ノ指揮下ニ服從セラレタシ 」
云々。
之レニ對シ若干ノ疑念アリ、私ハ眞崎閣下ニオ伺イシ、
直ニ之レヲ若イ人達ニ傳ヘ、忽たちまチニシテ釋然トシマシタ。
次デ、若イ人達ノ代表トシテ、野中大尉ガ單身出席ナシ、
「 御趣旨ニ副ヒマス 」
ノ 旨報告シタ様デアリマス。
但シ、この會見ハ二十七日午後デアルカ、二十八日デアルカ、私ニハ分リマセン。
參議官副官ノ御言葉ヲ信用シテ頂キマス。

・・・次頁 口一太郎大尉の四日間 4 「 奉勅命令が遂に出た 」 に 続く
二 ・二六事件秘録 ( 一 )  から
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山口一太郎 
聴取書

右者、四月十九日、東京衛戍刑務所ニ於テ、本職ニ對シ任意左ノ陳述ヲ爲シタリ

二十七日、眞崎、阿部、西 大將等 陸相官邸ニ會合セシコトアリヤ

    

二十七日午後六時頃、
陸相官邸ノ玄關ヲ入ツテ右ヘ行ツテ、一番奥ノ左側ノ部屋ニ、
眞崎、阿部、西ノ三大將ト蹶起將校ノ殆ンド全部ト小藤大佐ト私ガ集リマシタ。
尚、山下少將、鈴木貞一大佐モ居ラレタト思フガ、其點ハ確實デハ有リマセン。

其時ノ會談ノ内容ハ如何デアツタカ
其ノ點ニ就キテハ、蹶起將校ヨリノ希望条件トシテ、
1、一切ヲ擧ゲテ眞崎大將ニ一任スルト云フ意味デアルガ、
 此ノ點ニ就イテハ、蹶起將校ガ吟味シテ原稿ニ書キアルノヲ確カ村中ガ朗讀シタト思フガ、

其朗讀ノ内容ニ就キテハ山下少將ガ筆記ヲシテ居ツタカラ、其點、山下少將ニ尋ネテ貰ヘバ判ル。
2、吾々ノ行動部隊ガ義軍デアルト云フ事ヲ軍事參議官會議デ決定シ、
 其ヲ新聞等ニ發表シテ貰ヒタイ。
コノ事ハ村中ガ口頭デ云ツタト思ヒマス。
右ニ對シ、先ヅ眞崎大將ガ答ヒ、次デ阿部、西大將ガ單簡ニ答ヘマシタ。
眞崎大將ハ、
「 一任スルト云フ以上ハ、一切無条件デ一任シテ貰ヒタイ。
一任スルト云ヒナガラ、色々注文サレタンデハ、此方デモ仕事ガ出來ナイ。
一切委シテ下サレタナレバ、誠心誠意出來ル丈ケノ努力ヲシテ見ル。
然シ、斷ツテオクガ、日本ニ於テハ大御心ハ絶對的ノモノデアル。
一度大御心ニヨツテ定マツタナラバ、一切己ヲ空シクシテ、之ニ從ハナケレバナラヌ。
自分ガ努力スルト云ツテモ、此ノ大御心ノ範囲内ニ於テノ努力デアル。
一度大御心ニヨリ定マツタ事ニ從ハナイト云フノハ、畢竟 錦ノ御旗ニ弓ヲ引クモノデアル。
從ツテ、オ前達ガ若シ斯様ナ行動ニ出ルナラバ、自分モ亦 オ前達ヲ敵トセザルヲ得ナイ。
右ノ事ヲ良ク弁ヘテ、委セテ貰ヒ度イ。
而シテ今後良く所属聯隊長ノ命令ニ服シナケレバイカン 」
ト云フ事ヲ、
繰返シ 繰返シ 約三十分位、コンコント言ハレマシタ。
蹶起将校ノ方カラ、
外ノ方ノ御考ヘヲ聞キタイト注文ガ出タ時、
阿部大將ハ、
第一ノ質問ニ對シテハ眞崎大將ノ云ハレタ通リデアル、今後吾々ハ一致團結シテ奮励努力スル。
更ニ引續き第二ノ要求ニ對シテハ、
軍事參議官會議ト云フモノハ自發的ニ其ノ様ナ決議スル機關デナク、
又、之レヲ新聞ニ發表スル事モ手續ノ問題ガアツテ請合兼ネル。
西大將は、
阿部大將ノ云ツタ通リ、ト云フ様ナ事ヲ云ヒマシタ。
其ノ時私ハ、三ツ云ヒマシタ。
1、眞崎閣下ハ非常ニシツコク繰り返シテ、
 一度命令ガ出タナレバ
之ヲ錦ノ御旗トシテ絶對服從セナケレバナラント云フ事ヲ申サレタガ、
之レハ近ク彼等決起將校ガ到底容認シ相モナイ命令ガ出ル事ヲ承知ノ上
其ノ命令ニ服從サセ様トシテ豫メ説示サレタモノカドウカ。

2、所属聯隊長ト言フコトヲ言ハレタガ、原所属部隊長ト云フ意味デアルカ、
目下編制ニ於ケル隊長ノ意味デアルカ。

3、閣下ノ方ハ、蹶起部隊カラ答ヲ求メラレタノデアルカドウカ。
以上ノ三質問ハ、
軍事參議官ノ云ハレタ點ニ疑問ガアツタノデ、
麹町地區警備隊副官トシテ之ノ疑問點ヲ明カニスル爲ニ云ツタモノデアリマス。
軍事參議官三名、
口ヲ揃エテ其様ナ伏線的意味ヲ以テ云ツタノデハナイ。
第二ニ對シ、
眞崎大將カラ
目下ノ編制ニ於ケル隊長、即チ小藤大佐ト云フ意味デアル。
ワシガ所属聯隊長ト云ツタノハ勘違ヒデアル。
第三ノ問ニ對シ、
阿部大將カラハ別ニ返事ト云フ強イ意味デハナイガ、
誰カ代表者カラ良ク諒解シタ旨ヲ聞キサエスレバ、吾々モ安心出來ル。
其処デ野中大尉ガ返事ニ行ツタ譯デアリマス。

三大將口を揃へて、
「 其ノ様ナ伏線的意味ヲ以テ言ツタノデハナイ 」
ト云フガ、其ノ内デモ第一ニ云ヒ出シタノハ誰カ

眞崎大將カラ言ツテ、阿部、西大將ノ順序デ、其レニ同意シタノデアリマス。

其他申立ツルコトナキヤ
別ニアリマセヌガ、
今言ツタ様ナ事ハ豫審調書ニ詳シク載ツテ居リマスカラ、對照ヲ願ヒマス。
ソウスレバ明ニナルト思イマス。

陳述人    山口一太郎
右録取シ讀聞シタル処、事實相違ナキ旨申立テ、署名セルモ無印ニ附、拇印セシム
昭和十一年四月十九日
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官  陸軍憲兵大尉  豊永綱雄

二 ・二六事件秘録 ( 二 )  から


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