あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

行動記 ・ 第十四 「 ヤッタカ !! ヤッタ、ヤッタ 」

2017年06月12日 06時17分08秒 | 磯部淺一 ・ 行動記


磯部淺一 
第十四

余はこの間に、
正門其の他の部隊配置を見て歩く。
田中部隊の官邸到着が七、八分位ひ豫定よりおくれた爲に心配したが、
田中は意氣けんこうとして、
「 面白いぞ 」
と 云ひつつ
余をさがして官邸に來る。
余は田中のトラック一台を直ちに赤坂離宮前へ向はしめ、渡邊襲撃隊の爲にそなへる。
時間はどんどん經過するに大臣はまだ會見しようとせぬ。
高橋是清襲撃の中島 歸來し、完全に目的を達したと報ず。
續いて首相官邸よりも岡田をやったとの報、
更に坂井部隊より 麥屋清濟が急ぎ來り、齋藤を見事にやったと告ぐ。
快報しきりに至る時、
歩哨が走って來て、
憲兵が多數來て、無理矢理に歩哨線を通過しやうとする由報告する。
見ると、トラックに乗った二十名ばかりが既に來て居る。
余は隊長(少佐)に會ひて、しばらく後退して呉れと頼む。
隊長はウンと云はなかったが、
軍隊同士が打ち合ひを演ずる様な事の不可なるを説き、
又、大臣に危害を加えざる旨を告げると、
それなら憲兵も一所に警備させて呉れと云うふので、
余は何等差支へなし、勝手にするといいだらふ、と云ひて自由意思にまかせる。

安藤は
部下中隊の先頭に立ちて颯爽として來る。
ヤッタカ ! ! 
と 問へば、
ヤッタ、ヤッタ と 答へる。

各方面すべて完全に目的を達した。
天佑を喜ぶ。
官邸門前より邸内に入りて見れば、今だ大臣は出て來る様子。
小松秘書官が來た時、余、香、村、三人にて事情を話したる爲、
大臣も安心して會見することにしたらしい。

午前六時三十分をすぎて、大臣漸く來る。
余等は廣間に於て會見する。
香田が蹶起趣意書を讀み上げ、
現在狀況を図上説明し、
更に大臣に対する要望事項を口述する。
小松秘書官は側にて筆記。
此の時、
渡邊襲撃部隊より、目的達成の報告あり。
大臣に之を告げると
「 皇軍同士が打ち合ってはいかん 」 と 云ふ。
卒然 栗原が來り色をなし、
香田と口を揃へ
「 渡辺邊大將は皇軍ではない ! ! 」 と 鋭い應シュウをする。
大臣少しひるむ様子。
余は同志の國體信念にとうてつせる事をよろこんだ。
渡邊を皇軍と混同して平然たる陸軍大臣に、
嚴然として其の非を叱りてゆづらざる同志の偉大なる事がうれしくてたまらなかったのだ。
大臣はウムとつまって、
「 皇軍ではないか 」
と 言ひ、
成程と云った態度。
要望事項に對して大臣は、
「この中に自分としてやれることもあればやれぬこともある。
 勅許を得なければならぬものは自分としては何とも云へぬ 」
旨を語る。
この頃 山口大尉、小藤惠大佐、齋藤少將等、相前後して來る。
余等は大臣に對し、眞崎、山下、古莊、今井、村上等の招集を願ふ。
直ちに秘書官に依って電話で聯絡がされる。
更に、満井佐吉、鈴木貞一等の招致をする事となる。
官邸正門より將校がたくさん這入って來て、靜止し切れないとの報があったが、
余は丹生に向ひ、
成るべくテイ重に斷り、
省内に入れない様にしておいて呉れとたのむ。
情況を見ようと思って玄關を出た所、山下少將の來るのに會ふ。
余は 「 ヤリマシタ、ドウカ善処して戴きたい 」 と 言ふ。
少將は ウムというとうなづき、
「 來る可きものが遂に來た 」
と 云ふ様な態度で官邸内に入る。

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