上砂理佳のうぐいす日記

7月18日(木)~23日(火)まで、茶屋町の「ギャラリー四匹の猫」で「夏への扉」展に参加します★

「またきちさん」じゃなくって…★

2015-10-01 | アート・音楽・映画・本・舞台・ドラマ
「書店に無いでしょうから貸してあげます!」と送ってくださった方がいて、8月に読みました。なんという優しさ(笑)。
確かに暑い夏に読むのがいいですね…熱海の花火大会から始まるし。

私はいつも「冒頭の5行を読んで、頭に情景が浮かんでこないと買わない」と、本屋で品定めするときの基準にしてるのですが、これは「当たり」でした。
あの夏の夕暮れの「ムワッ」とした空気とか、親子連れではしゃぐ声とか、「花火大会が始まる前の中途半端な時間帯に誰が見るのか漫才を」のやるせなさ感とか…絵が浮かんできます。
空の色まで浮かんできそうです。
なんか、芥川賞選考委員の中では「情景描写をやり過ぎ」という声があったそうですが。そうかなー。これぐらいじゃないと物語に入っていけないわ。

3~4時間ほどで読める分量だし、ひっかかるところもない。相当上手いというか基本に忠実で、読者に親切だと思いました。「難解に見せておいて実は中身スカスカ」の類の本じゃないです。むしろ「超オーソドックス」です。
起承転結が「先輩芸人に会う→行動を共にする→自分と相方との変化→これからの自分と先輩」とハッキリしてところもいい。
漫才師として(一応)最期の舞台の描写なんか、丁々発止のテンポで盛り上げて、泣かせるように出来ています(ほんのちょっぴり泣きました)。
役者をやったり音楽をやったり、絵描きの私もそうですが、「好きな道で食べていきたい」人が必ず通る道を、淡々と描いているのがいいです。
過剰に思い入れいもせず、冷めてるわけでもなく。むしろ「お笑い」の奥深さを感じさせました。あの、バラエティ番組で「内輪ノリ」をやってる芸人たちも、あれはあれで「戦場」なんでしょうか。火花散らしてるということでしょうか。

主人公は、ネットで(匿名で)彼らの漫才を批判をする人達に「毒づく」のかと思いきや、「俺らの実力からしたら、叩かれてもしゃーない」とある程度、覚悟を決めています。このあたりの描写が、「いかにもなネット世代」です。誹謗中傷の言葉も「今」を感じさせる。
そうだよね。いちいち2chとかヤフコメのコメントを真に受けてたら、やってられませんよね。
そして、「たとえほんの少しでも、僕らの芸に拍手を送ってくれる人がいただけでも、価値があるのだ。漫才をやってきて良かったのだ」と「感謝」を語ります。

アホなのか天才なのか最後までわからない「先輩」は、このまま終始売れることはないだろう。
でも、「売れない」から価値がないのか、といったらそうではない。
M-1で頂点に立つ漫才師が1組いたとして、その他大勢の漫才師が「カス」かといったらそうではない。
みんな(世間一般)は「負け犬はカス」だと言いたがるが、「ひと握りの勝者」と、「大勢の敗者」と、その両方がいるからこそ価値がある。敗者がいるからこそ勝者が生まれる。
この、なんの世界にでも通じる「大事なこと」を、さりげなく物語に滲ませているところが、一番感動したところでした。
又吉先生は、本当にこんなに大真面目に「お笑い」道を究めているのか?
本の中だけの主張なのか?
そこは「又吉ってかしこいー」と読者をだますテクニックかも、とも思えますが(笑)。

ラストの「先輩」の描写、絵にしたくなりますね。
でも私の画力では駄目だ(笑)。写楽とかああいうタッチで描かないと!
「画力」といえば、この「火花」最大の成功要因は、この本の装丁にあるのではないでしょか。
なんだか、マグマのようなモゴモゴ・ドバーッとした「赤黒いカタマリ」でしょう?
もうこれ以上の「火花」ってないじゃないですか。野心とか絶望とか情熱とか全て含んでる。
この秀逸なイラストは誰じゃろうと思ったら、西川美穂さん「イマスカ」と書いてある。
「イマスカ」とは「居ますか?」という意味だろうか。
絵が最初にあって装丁デザイナーがそれをチョイスしたのか、画家に「この本の表紙を描いてください」と依頼が来たのか。
多分、前者だと思いますが、これがもし他の絵だったら、ここまで売れなかったかと思います。本の装丁って大事ですね~★
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