上砂理佳のうぐいす日記

万博記念公園日本庭園の早朝蓮の花鑑賞会も、今年はありません。去年のお酒は蓮の茎ストローで美味しかったですね★

枚方で★

2020-07-02 | うぐいすよもやま日記
明日7月3日(金)から8日(水)まで枚方市「ふれあいホール」にて「吉川久子日本画&他作品展」が開催されます。
京阪枚方市駅二階・東改札口前で入場無料。
10~18時までで最終日だけは17時で終了になります。
東改札口出たら目の前に、枚方市の特産品などを販売するコーナーがあり、その奥がホールです。
ゆったり広々としたギャラリーですので、近くを通られた方はどうぞご鑑賞ください。

よしかわひさこさんは、この間私がブログにも記した画家の友人ですが、6月14日に亡くなってしまい遺作展となりました。
枚方市御殿山美術センターの日本画講座から発展した「日本画山九会」の方々、吉川さんの妹さん、ご友人、教えていた生徒さんたちのご尽力で実現した今展。
コロナ対策も万全にしております★
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業務連絡です★

2020-06-30 | うぐいすよもやま日記
時々こちらにもコメント頂いてます「フジリン」様。
メールに返信を送っております。
一度、メール受信をご確認頂き、お返事お願い出来ますか。
もしメールエラーになるようでしたら、一度、このブログにコメントでご連絡ください。
宜しくお願いいたします★
★メール頂きました。折り返し返信いたしましたのでご確認下さい
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ラストの絵が気になりました★

2020-06-28 | アート・音楽・映画・本・舞台・ドラマ
朝ドラ「エ-ル」は緊急事態宣言発令の4月上旬に撮影中断となり、2か月半のブランクを経て6月中旬からまた再開しました。
編集ストックがここまで!ということで、約2か月休止ですが、明日からまた「第1回」から再放送してくれるとか。窪田くんのダンスシーンがあるよ。副音声でまたまた山崎育三郎プリンスが登場し、ツッコミ?を入れてくれるそうです。
育三郎氏、「家族に乾杯」に「土スタ」に「あさイチ」に、番宣ゲストとして大活躍です。窪田君よりたくさん出てる(笑)。ふみちゃんもほとんど出てこないので、主演の人は大事をとって温存させてるのかな?と思ったり。コロナがおさまった秋には、ぜひ古山夫妻で「家族に乾杯」福島か豊橋に行って欲しいよ。もう、それだけを楽しみに生きてきたのよ(笑)。

そんな中、第11週で三郎父が亡くなりひと区切りがついて、第12週・第13週はスピンオフとなりました。
なんで連ドラ半ばでスピンオフなのか~。これ収録してる時期って、2月半ばから3月なので、どんどんコロナが蔓延し非常に不穏な空気が濃厚になっていった頃。なので、スポットが当たる主役を複数に分散させて、感染リスク軽減を図った、と推測します。番宣ゲストと同じ原理ね。
しかしよくぞ赤ん坊の華ちゃんを2月半ばまでに撮り終えていましたね。。。今なら絶対無理でしょう。

第12週「第一話」は「音ちゃんのパパがあの世(地獄?)から帰ってくる」設定で、ドタバタコメディを予測していたら、意外としんみりモードで進行。何より、家族の中で娘たちは割とクールで、感激してるのはお母さんだけってのが笑えた(笑)。
ウチだって突然、父があの世から帰ってきても「いやーね、お父さん。前もって言っといてくれないとご飯炊いてないよ」ぐらいしか。
劇中の「あの世から帰る1泊2日ツアー」の旅行規程のチラシが面白かったですね。おこづかい20銭って。お団子4串買ったらあといくら残ってんだろ。その貴重なお団子を食ってしまう裕一って。。。
パパが古山家を去る時に音ちゃんが涙をぬぐうシーンが良かった。「ほんのちょこっとだけ泣いてまた明日から頑張るぞ」感があって。と同時にもう音ちゃんは子供じゃなくって、ヨソの人の嫁になって関内家とは違う自分の人生歩んでるんだなあ、という一抹の寂しさも残りました。

「第二話」は、バンブー喫茶店の保さんと恵さん夫妻の「なれそめ」のお話でした。保さんは古本屋やってたんですね。
本屋さんが素敵なしつらえで、これだけで連ドラ出来そうなぐらい。それにしても恵さんは「モガ」然としてとってもお美しい。この失礼なノット・イケメンの本屋男に惹かれる理由がイマイチ解らんが、まあ「本好き」共通項でいいのかなー。だって恵さん、モテそうですやんね。
チビ久志が「3か月もたって進展がないと女性は“おともだちモード”に入ってしまう」と警告を鳴らすところが、なかなか真実を突いてて面白い。第13週の久志の幼少時代を見ると、複雑な人間関係の機微をどうして知ったか腑に落ちるのでした。そしてそんな久志の親戚のおじさんが、井上順てのも。はい私も「夜のヒットスタジオ世代」。
思い切って恵さんを食事に誘おうとして、「ご。。。。碁でもやりませんか」と、「ご飯お誘い未遂」になっちゃうにのも可愛い保さん。二人でやれる仕事を、と考えてコーヒー店にしたのかな。本屋のままでもよさそうだけど、儲からないのかもね?
でも、喫茶バンブーに赤レーベルのレコード盤が増えていくのを、見るのが嬉しい。今後もう飾る場所が無くなるはず。つうか空襲で焼けませんように。

「第三話」は、双浦環さんお若い頃の、パリ~での恋物語でした。今では鉄の女の環さんにも、こんな可愛いお若い頃が。
イタリアでの「蝶々夫人」のオーディションに、招待されたんではなく「強引に押しかけて」挑戦してたのですね。
座る椅子が無くて自分で椅子を持ってきて待っていたら、他のオーディション挑戦者たちに嘲笑され、「お前(アジア人)の座る椅子は無い」と言われていたかのようでした。フランスでは仏語をしゃべっていたけど、イタリア語も習っていったのかしら。

環さんは画家のタマゴの嗣人さん(お金持ちのボンボン)に見初められ同棲を始めます。
彼は最初は「一緒に夢を追いかけよう。世界にはばたこう」と言っていたし協力的だったのに、自分の展覧会が不評で、環さんの評判が上がっていくと、なにか気に食わない。不機嫌になっていきます。
そしてイギリスでのオーディションで、環さんが遂に蝶々夫人の役をゲットした!と知るや、猛然と怒り出します。
自分は町のカフェからお声がかかってやっと次の個展が開けることを喜んでいたら。。。彼女はオペラハウスだよ。土俵が違うぜー。
って怒りたくなるのもわかりますが、それは自分のせいやん!?
相手のせいじゃないやん!
なんであなたに「歌をやめてくれ」という資格があるのか。歌をやめて自分のために尽くしてくれる女性を求めるのなら、それは相手を間違ってるのよ。環さんは輝くために頑張ってきたのだから!
という「芸術家カップルあるある」が露呈され、最後に嗣人さんは環さんの絵を描きます。それは「蝶々夫人」で歌う、晴れ姿でした。
怒っても別れても、やはり彼女が輝いている姿は好きなのね。それは「偶像」ってことだよね。。。
偶像を愛するのは勝手だけど、一緒に生活すると破綻をきたすわなあ。。。

男の人はどうしても、女の人が自分より上に行くのを、嫌いますね。逆だといいのだけど。プライドなのでしょうか。
周りの画家さんを見ていても、奥さんがダンナさんより売れるようになると、必ずお別れしてしまう。
長年うまく拮抗してやってるご夫婦は大抵仲良しで、ほど良い信頼関係にあるようです。
ドラマ中の嗣人さんは、画家の才能は無いように見えました。実家を継いで実業家としてやっていく?方が幸せになれそう。
最初に環さんが見た嗣人さんの絵はキュビズム的?だし、途中で取り組んでいた絵は静物画だし、このカフェでは静物画の中に突然人物画。まさに「中途半端」。その「中途半端」さが、生き方にも表れているのかも。
才能あふれる美女を娶りたかったら、自分は黒子の立場も覚悟せねばならないのに、それは嫌。
高みへ行こうとする彼女を自分の位置までひきずり下ろそうとするなんて。環さん別れて良かったよ。
モデルとなったオペラ歌手の三浦環さんは、お医者さん?の旦那さんがサポートしてくれたのか、世界中を公演して回られたようですね。

ラストの「環さんの絵」ですが、「外国人の目には東洋人はこう見えている」的な違和感がきちんと絵に表現されていて、それは良かったのですが、なぜあんなのっぺりした平板な構図のカメラアングルにしたのか、超ナゾです。
私なら、少し角度をつけて額を映して、ライティングで左側を暗めにし右側を明るくして、濃淡をつけます。
そうすることで、「私は輝きたい」と願う環さんの「光と影」を、グッと印象づけられる画面になったはず。
(個人の感想です)
そこが一番「あーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」と思った箇所でしたが、考えてみれば「第二話」のラストが、「ビカーッ!」と後光をしょった久志のカットだったので、「光と影かぶり」を避けたのかも★
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摩耶山リュックサックマーケット★

2020-06-25 | うぐいすよもやま日記


摩耶山へは、三宮からまたは阪急王子公園またはJR灘駅からバスに乗り、摩耶山下まで行きます。
王子公園から「坂バス」という小さいバスに乗った方が便利が良いけど、バス停がわかりづらいのでGoogle先生のお導きでやっと乗車。
足に自信があり軽装備ならば、徒歩25分で「摩耶山下」まで行けると看板に書いてありますが、この坂道はハンパない。
ひたすら住宅街の坂道を上がるバスは10分ぐらいで到着。土曜なのにあまりお客さんは乗ってないですね。心配してた「密」は無し。
ケーブルカーとロープウェイを乗り継いで上がっていくのですが、「ハイキング+ロープウェイ」とか、徒歩と組み合わせるコースもあるようです。そんなにハードではなさそうだけど、ハイキング組の皆さんはしっかりした装備なので、あなどれないです。



どんどん標高が上がると海が見えてくる。これが神戸やで~(曇ってよくわからん)。夜景で見ると超美しいですよ。



途中の乗り換え駅「虹の駅」は綺麗に整備されていて、OPEN当時の写真パネルが展示されていました。
昔はここいらも今よりもっと寒かったから、山上にスケートリンクがあったのですね。佐藤信夫コーチとか来てたのかなあ。



ロープウェイで「星の駅」につきました。毎月第三土曜日に「リュックサックマーケット」が開かれています。
本当は3月に、誘ってくれた先輩と行くはずでしたが、コロナ禍で自粛。やっと来れました。
リュックサックに売りたいものを詰め込んで、当日受付で参加費も無くフリマが出来るのです。
しっかりしたアート作品や手作り服とかもあれば、家にころがってる不用品を売りつつ昼寝してる人もあり、ゆる~いフリマ。
食べ物の販売だけは事前登録が必要なようで、この日も焙煎コーヒーや焼き菓子など売ってました。
私はあるブースで「手作り月餅」を頂いたのですが、これが超美味しく、ひっくり返りそうでした(笑)。
店名もわからないのでまたここへ来るしかない!この「星の駅」は、カフェレストランもあり、食事も出来ます。



ライブも自由のようでした。私が行った時は、忌野清志郎先生の歌を熱唱しておられる方が。
展望台の絶景を背にして歌うなんて、超気持ちいい。





緑が美しく、そこここに紫陽花が咲き乱れていました。
むやみやたらに茂みに入って撮影に夢中になっていたら、うっかり蛇に咬まれてしまうかも。
「蛇注意」の看板がありました。

消毒や密を避ける対策などとても留意されていて、暑さも湿気もほぼなく快適な時間でした。
やっぱり人間は家にこもってたら鬱になるー。
山上は曇っていたけど、降りてきたらさんさんと陽が降り注いでいました。
きっとコロナがなければもっと多くの人で賑わっていたのかもしれません。でも私には「ちょうどいい塩梅」の混み具合。
手弁当で、靴と服はしっかり装備して、二人以上でハイキング、そしてフリマを覗く。そんな人が多かったです。
ここから頂上の「摩耶山天上寺」まで700mとあるので、次は行ってみたい。フリマもゆる参加してみたい。
そういえば、「廃墟」で有名な摩耶観光ホテルってここらへんなのかも?★
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県またぎ★

2020-06-24 | うぐいすよもやま日記
先週末から県外移動規制が解除になりました。
別に法律で規制されてるわけではないから、仕事で「県またぎ」してる人は大勢いるし、移動したからといって非難されるのもおかしい。
でもなんとなく社会の空気が重苦しく、これで晴れてどこにでも行けます。

そうは言ってもレジャーな気分にはなれない。。。そんな中、ずっと自粛で行けなかった神戸の摩耶山に行ってきました。
紫陽花真っ盛りで、ケーブルカーの駅も可愛い。
人は少ないけど、ケーブルカーもロープウェイも乗車人数を半分に減らしてるので、ちょっと待ち時間はありました。
結果、密にならずにスイスイ山上へ★
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ショップブログを更新しました★

2020-06-19 | お知らせ

「花のワルツ」 銅版画 2006年

ネットギャラリーのブログを更新しました。
新しく追加版画です。

最新作でなく旧作ですが、ネットショップでは初出?
昔の版画はデパートで販売していましたので、エディション(限定枚数)が多いです。
300枚のエディションということは、300枚いっぺんに刷るのではなく、10枚、20枚、と分けて刷ります。
注文が来たらまた10枚、という具合に。
300枚いっぺんに刷れないことはないのですが、保管しておく場所と劣化の問題で、小分けにして。
もう今現在は、体力的にも300枚なんて刷れません(笑)。売り先も限定されてきたので難しいこともあります。
どんどんエディションが少なくなって、最後は「限定1枚」とかになるかも(笑)。
でも、1枚であろうが、300枚であろうが、1枚の版を描画して紙に刷る行為はなんら変わらないので、価値は同じ、と私は思います。
「この世に300枚同じものがある」よりも、「この世で1枚しかない」ことの方が価値が高い、という考え方が、嫌なんです。
「レアもの」というやつですね。
そりゃお値段的には違ってきますが(笑)。
それに、「最後の1枚」は「二度とない」ものだから、希少価値はわかしますよ。とうぜん。
でも、「限定数」「値段」と、「絵の価値」は、イコールじゃありません。

「あの絵は1億円するんだって」というと、「うわっ価値高っ!」とみんな思います。
「あの絵は10円だってよ」というと、「うわっ価値低っ!」とみんないいます。
でも私は、変わんない、と思います。
値段は、それを売買する人が便宜的につけるものであって、絵を描く人にとっては、10円の絵も1億円の絵も、一緒の価値です。

私も霞を食べて生きてはいけないので、絵に値段をつけて売ってますが、いまだに絵の価格のナゾは解けません。
昔、「しょーもない」とゴミ扱いされてた絵が、その後、何億円にもなったりします。
株と同じです。
でも、株が上がらないと(高く売れないと)生きていけない現実も、また真実です。
ちょっと話がそれました。この話はまた★
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父と別れ「子供時代」の終わり★

2020-06-19 | アート・音楽・映画・本・舞台・ドラマ


あじさいの季節はあじさいの絵を。
遅くなりましたが、朝ドラ「エール」第11週「かぞくのうた」感想です。

冒頭に映る雪化粧の山は磐梯山なのでしょうか?福島といえば磐梯山しか知らず。。。
裕一は妻の音ちゃんの勧めもあり、赤ん坊の「華ちゃん」を連れて故郷に帰ります。さすが音ちゃんの娘、可愛い。めんこい。
それもこれも、福島の藤堂先生に小学校校歌作曲の依頼を受けたからでした。同時にお母さんのまささんからも、実家に寄るよう手紙が来ます。
ほとんど駆け落ち同然で故郷を振り捨て上京して、いまさらどんな顔をして帰省すればいいのやら。。。しかし「船頭かわいや」の大ヒットのおかげで、裕一の名声は故郷にもとどろいていたようです。
音ちゃんと並んで仕事室で校歌を作る裕一が、華ちゃんにデレデレの情けない(笑)姿より印象的でした。以前はあまり一緒に音楽を作る場面がなかったのに、音楽夫婦として一歩前進。「僕が作曲した歌を君が歌う」うらやましー。

音ちゃんは子供を産んでから、なにか落ち着いてきましたね。前みたいにカッとなって感情のままに突っ走るのではなく、忍耐力がついた?子育ては親をも成長させるのかな。
ダンナの実家で、お姑さんと和解しかいがいしく内助の功を発揮する音ちゃん。たすきがけも素早く、福島の味噌汁にもいち早く順応。出来たヨメじゃ。田舎の宴会ってさー。女はお酒の燗仕事ばっかで腹立つのよね(笑)。
しかし昔は布オムツだから、毎日の洗濯が重労働だったろうな。お産の時のシーンで、裕一のワイシャツを干してる下に木のタライと洗濯板が。
クリーニング屋さんってないはず。。。(母の証言では、都会にはあった、と。高かったそう)。
裕一さん、毎日バリッとしたスーツ姿で出勤してるから、あのシャツ、洗濯板でゴシゴシやって、アイロンあてて…アイロンは炭を入れるタイプでしょうか。それとも電灯からコード引っ張ってくるヤツでしょうか(サザエさんで見たよ)。襟は糊しないとピン!としないし。そしてプラスオムツかー。はー。たいへん。
裕一さん、オムツ交換は手伝ってるようですが、甘いわ。お風呂も入れて、たまには離乳食も作ろう(笑)。

福島での校歌お披露目の会で、あの川俣銀行の昌子さんと結婚した藤堂先生と再会。
「人よりほんの少し努力するのが苦しくなくて、ほんの少し楽に出来るもの、それを見つけたらしがみつけ」という、藤堂先生の教えを裕一は守り抜き、故郷に錦を飾ることが出来ました。といってもまだ故郷出て3年ぐらいじゃないのかな。
史実では古関さんは「5年間ヒットが出なかった」そうなので、ドラマでは少し短縮。それでも20代半ばで結果を出せたのだから、芸術家の成功としては超早いです。
実家ではあの蓄音機で三郎父さんがレコードをかけ、華かやに祝賀パーティ。喜多一はもう閉店してて、かつての番頭さんもお祝いの座に来てくれました。あの、裕一に啖呵を切った丁稚どんはどうしたのだろう。「ブッブッブッブッ」とバス・ハーモニカを吹いていた元・いじめっ子の学友の姿も。
私はこの「故郷に錦を飾る」場面が、見たくてたまらなかったので、感慨ひとしおです。恩師に恩返しを出来たのが嬉しいのです。
川俣銀行の愉快な仲間たち、は今はもう信用組合に転職していました。茂兵衛おじさんの銀行も人手に渡ったということ。
自分の身勝手な行動が親族のみならず多方面に影響を及ぼしていたことを知り、暗い表情になる裕一。そこへ帰ってきた弟の浩二に声をかけるも、以前にも増してきつくあたられます。
BSプレミアムで土曜に1週間分を再放送してるのですが、続けて見ると、裕一の福島での心情変化がよく解ります。
華やかな凱旋ではじめはピカピカに輝いていた顔が、弟との軋轢で曇り、週末には死相が出てるかのような憔悴っぷり。
それもそのはず、三郎父さんは、胃ガンを宣告されていたのでした。
母と弟はお金を工面しながらも、本人には知らせまいと必死にがんばってきたのです。
そこへ、何も知らない兄が、可愛い嫁と子供と仕事の成功をともなってノコノコ帰ってきたら、弟としては苛立ちしかないでしょう。お前が好き勝手やってるうちに、実家はどれだけ苦労した思てんねん!てなもんでしょう。
裕一はお金を渡そうとして、なおさら反発を食らってしまう(あれは、お母さんが寝る前にでもコソッと渡しましょう。浩二のプライドを考えよう)。

私も、自分と姉との確執を重ねて見てて、浩二の苦しみが痛いほど刺さりました。親ってなぜか「放蕩息子」のほうを可愛がる。
浩二からしたら、長男なのに義務を果たさず家を捨ててる裕一を、両親が可愛がる姿が腹立たしい。
真面目に実家に貢献してる自分が、あまり褒められない。
でも、親からすれば、真面目な子は手元に居て「心配がない」ので、ある意味気を使わない。放置する。
放蕩してる子は離れて生きているから、泣いたりしていないか、路頭に迷っていないか、心配でたまらない。
三郎父の臨終の床で浩二は、「父さんと兄さんが音楽の話してるとき、俺は入っていけなくて悲しかった」とつぶやきます。
しかし、父は「裕一とは音楽の話しか接点が無かった。でも、俺とお前は別に何もなくても、本音で言い合えた」と返します。
親は子を両方とも愛していて、ただ接し方が違っただけだ、と。
これが意外な答えで、三郎さん、もっと早く(元気なうちに)浩二に言ってあげればよかったのに。。。
と思えども、人生ってこんなものかな。
まだ、古山家は「間に合った」から良いのです。ちゃんと心の澱を溶かして終われたのですから。

家督を譲る話、長男である裕一に謝る姿、浩二に「裕一に了解はとってあるから全財産をお前に」と告げる姿。
父の最後の威厳と優しさを、唐沢寿明氏、さすがの年の功演技で魅せます。
思えば、高価な蓄音機とレコード・譜面を与えて、得意(音楽)を伸ばし不得意(運動・勉強)は大目に見てくれた三郎父。
商売の才は無く上手くは生きられなかったけど、最大限の応援をしてくれた父を失い、でも自分の子供は生まれた。
「親を失ったが自分は親になった」瞬間が、「子供時代の終わり」なのですね。
一人で奏でる裕一の悲しい音色のハーモニカ。
親友が去ったとき、祖母に裏切られた時、いつも、悲しい気持ちは、言葉でなく音楽で吐露する裕一。

あんなに怖かった茂兵衛おじさんは、引退?して趣味三昧の日々のようで、なんと裕一たちを祝ってくれました。
奥さんはまだ寝たきりなのか、お祖母さんはどうなったんかな。でも、最大の難関はおじさんだったので、クリア出来て良かった良かった。
もうひとつの難関、弟の浩二とも、これからは上手くいきそうです。
この週は「裕一が故郷に残してきた宿題を片付ける」テーマと同時に、「弟の氷解」が進行しましたが、農協に転職した浩二の営業マンっぷりが初々しくて良かった(笑)。公務員に中途転職出来たということは、浩二は頭も優秀なのね。
この先、裕一が福島に帰るタイミングは、戦争で疎開する時だと思うのですが、その頃には一面リンゴの花が咲いていて、浩二は「福島にリンゴ栽培をもたらした名士」となっているのではないかと予想。
「兄さんはもう家族じゃない(怒)」状態から、「兄ちゃん、上手くリンゴ出来たら贈っから(照)」となって、ホンマに良かった。ほんとのところは、「兄ちゃん」が好きなんだよね。未だに捨ててないスノードームが、浩二の気持ちを物語っていたり。
福島の大事な場面は、いつも自然描写が美しく印象的です。
大将(鉄男)を思いながら泣く幼い頃は、山の向こうのはるかな空。
音さんと別れ留学を取る決意をしたときは、萌える緑の中、蝉の大合唱。
故郷を捨てて父と別れた時は、紅葉の中。
そして今回は、無彩色の冬。
白いしだれ梅、音もなく舞い落ちる雪、赤い椿の一輪。
華やかだった喜多一の実家が、寂しく小さく見えて切なかったけど、新しい時代の幕開けのようにも見えました。もう、浩二が「家長」です。

余談ですが、浩二が農家のマキタスポーツに差し出した「リンゴ栽培企画書」が、いかにも「Wordで作りました」感があって、ちょっと笑ってしまいました(笑)。
昭和初期に農協の企画書だったら、活版印刷はあり得ないと思うので、普通ガリ版刷りではないでしょうか~。NHKの美術様、いかがなのでしょう。高校までガリガリ鉄筆で文集作ってた私は、ちょっと納得いかん★
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あじさいの詩★

2020-06-18 | うぐいすよもやま日記
今日は一転して梅雨模様。
亡くなった友人は繊細な絵描きさんだったけど、花の絵も多かった。
紫陽花の微妙な色合いとか。
細かく妥協せず描いてたなあ。

お骨あげを待つ間にお友達の方々とおしゃべりしていて、「たくさんの作品が残るからいいね」「生きた証だものね」という話になりました。
そうですね。
そう★
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悲しいほどお天気★

2020-06-15 | うぐいすよもやま日記
梅雨の合間の「晴れ」日には、洗濯物が似合う。そんな日。

日曜日に友達のお見舞いに行って、「また来るね」とサヨナラしたら、その後30分もたたないうちに、亡くなってしまった、と連絡がありました。

まだ頑張れるかな。。。と思っていたのに。
信じられない。
もう言葉は交わせなくて目は閉じたきりだったけど、握り返す右手は力があったのに。

私らが「行くよ」って約束してたから、ギリギリ頑張ってくれてたのかな。
一緒に見舞いに行った友達と、電話で話していたら、涙が止まらなくなりました★
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ショップブログを更新しました★

2020-06-11 | お知らせ
ネットギャラリーのブログを更新しました。
今回は、「オリンピック展辞退」のお話です!

昨日6月10日は「時の記念日」だったのですね。
今年はもう、あっという間に「時」が過ぎてしまった。
もう一年の半分まで来ちゃった。
正直、緊急事態宣言から今まで、作品作りは集中出来ませんでした。
頭の中は、経済問題が全て(笑)。
今話題の、持続化給付金も申請しました。
私と同じく、コロナの影響を受けまくりの個人事業主の皆様、頑張りましょう。
中小企業経営の皆様方も、頑張りましょう。

NHKのクローズアップ現代に出てた、京都で舞台大道具の仕事を一人でやってるお兄さん。
ちゃんと給付金申請しましたか!?
ウーバーイーツでアルバイト収入があっても、大道具の仕事は別事業だから給付金対象よ。
堂々ともらってください!廃業しちゃ駄目!
と、思わず叫んでしまいました。
あの番組は正直、おかしかったです。。。「フリーランス」をわかってない人が作ったとしか思えない。

状況は刻々変わります。店も劇場もオープンしたけど、あまり出かけてません。
いろんなストレスも感じています★
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こちらも★

2020-06-10 | うぐいすよもやま日記
過日、所用で茨木市に行きました。
私の出身中学の近く、神社のあたり。「茨木童子」もマスクしてました(可愛い)★
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ガリ★

2020-06-09 | うぐいすよもやま日記
高知の新生姜が手に入ったので、「ガリ」こと甘酢漬けにしました。
生姜は皮を軽くこそげて、1㎜厚さにスライス。
熱湯で1分さっと茹でて、ザルにあけて並べ、軽く塩をふります。
冷ましてからキッチンペーパーなどで水分を軽く取ります。
「甘酢」は、お酢200ccに白砂糖80g、塩小さじ1をまぜ弱火にかけて、砂糖を酢に溶かしておきます。
保存容器に熱湯をかけて消毒し、出来た甘酢を入れ、そこに生姜を入れて出来上がり。
サーッと生姜がピンクになっていくのが嬉しいです。
私は生姜350グラムぐらいでこの分量で作りましたが、レシピも色々あるのでご自由に★
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君の夢を僕に預けてくれないか★

2020-06-07 | アート・音楽・映画・本・舞台・ドラマ


朝ドラ「エール」も第10週に突入。
10週目最後の金曜日の15分。泣いた!泣きましたね~
BSプレミアムの早朝版で号泣し、地上波通常版でまた号泣。昼の再放送でまたまた号泣し、深夜のBS再放送でまたまたまた号泣(笑)。
そして土曜日の「まとめ」でまた号泣って。どんだけ!
いえいえ、泣くのはストレス解消で良いのです。コロナ騒ぎでストレスもMAXなんす。

せっかく「木枯くん」の紹介で売れっ子作詞家さんと話をつないでもらったのに、新曲「船頭可愛いや」は不発。
売れる・売れないは、作者の努力の量と関係ないっすから。。。時の運ですから。
もうこれが不発なら、コロンブスレコードから首切られるばかりか、今までの契約金返せ!とな。
二年目だから2000万ぐらいかな。。。おでんの屋台引いたら返済に一生かかるかも。。。
しかし、音ちゃんのアイデアで環先生に視聴してもらったら、なななんと高評価を得て先生御自ら「歌いたいわ」と言ってもらえた!
夢のようなお話。バンブー喫茶店に「あの」世界的歌手の双浦環がやってくる。
震え上がるバンブー夫妻がおかしかった。巨大なケーキでおもてなしとか。

柴崎コウさん素晴らしい。歌の上手さもさることながら、美貌と貫禄がグレタ・ガルボ。
策略は成功してついに古山裕一作曲レコード初の大ヒットとなり、先行で藤丸さんが歌った版の赤レコードも売れるという。
鉄男のおでん屋でレコード売ってましたが、あれってコロンブスから卸値で仕入れてるんだろか。そもそもおでん屋でレコードって売っていいんだろか(笑)。
小山田先生は最初、青レーベル(クラシック)から「船頭可愛いや」を出すのを反対してたけど、なぜなんだろう。環先生が言ってたように「若いライバルが台頭するのが怖い」からかなー。でも、裕一をレコード契約に推したのは小山田さんだしねー。まだまだ謎の深い小山田先生=志村けんですが、もしかしてここまでが生前収録の最後だったのかな。だとしたら悲しい。

水曜で「大ヒット・めでたしめでたし」と来たのに、木曜で思わぬ暗雲が。一日(15分)で状況が180℃変わる、朝ドラ展開のスピードよ。
めでたくご懐妊で、はしゃぐ裕一と対照的に不安な表情の音さん。様子を見にきたお姉さんの吟さんにもきつくあたってしまいます。吟ちゃんはあの誠実そうな軍人さんと結婚したのに、まだ赤ちゃんが出来ないので妹が羨ましそう。末妹の梅ちゃんはいよいよ東京へ作家修業に来るようです。
椿姫の舞台稽古はどんどん佳境に入り、妊娠を告げた音さんに周囲は微妙な反応。そらそうね。でも、監督が「おめでとう」と言ってくれないのは驚き。プリンス久志だけがお祝いの言葉を贈ってくれましたが、音さんはつわりのきついタイプだったようで、遂には2週間も寝込み舞台稽古を休んでしまいます。
この「妊娠発覚の木曜日」は、どんどん状況が悪化して、かいがいしく世話を焼く裕一にきつくあたる音さんがツラい。
いや、この昭和初期に、つわりの妻にうどん作ってくれる旦那さん、まず居ないと思うよ(笑)。せいぜいが「飯出来てねーのか。仕方ねえなあ」ではないだろか。
男は体がな~んも変わんないのに、なんで女だけ苦しまねばならないの。。。「家で仕事してるからいいわね。私の代わりに産んでよ!」とまで毒づいてしまう。
いつも辛い事があっても、明るく乗り越える人なのに、つわりはそこまで人格変えるか~。うーん音ちゃん。それを言ったらおしまいよ
それは男性の「誰に飯食わせてもらってると思ってんだ!」に匹敵する禁句だがや(決して言ってはいけない)。

いやいやどんなに木曜日が辛くても、24時間後の金曜朝にはすべて解決して「サーッ」と青空が広がるはず。
あのオープニングの映像みたいにさ。このドラマのテンポからいって間違いない(笑)。
金曜は、音さんが練習に来ない音楽学校の稽古場から始まり、鉄男のおでん屋へ。
すっかりたまり場と化して、あの「下駄屋の娘」藤丸さんまで居ます。彼女は一体何歳なんでしょうね。独身?
でも、史実では、モデルとなった女性は28歳で既婚とありました。主婦となってから歌手デビューという当時としては変わった経歴だったそうで、だったら藤丸さんも結婚歴があるのかもしれません。でないと、
「裕一さん(男どもよ)、奥さんは赤ちゃんの母親である前に、一人の人間なんですよ。今までやってきた人生、これからの人生、いろんなことを考えている。奥さんの心の中を想像して、寄り添ってあげなさいよ」
というお説教は出てこないでしょう(酔った勢い)。
音さんが練習に出てこないことを久志に謝り、妻の体を心配すると怒られてからまわり。悩む裕一に藤丸さんのアドバイスは効きました(久志と鉄男もうなずきマンに。きっと男には想像もつかないことだったのでしょう)。

帰宅してももぬけの殻の古山家。音ちゃんはどこへ行ったのか。
近くにある音楽学校の練習室へ走る裕一(ここに来ると予想するところがさすが夫婦)。
月夜を浴びて一人練習する音ちゃんは、声がかすれてボロボロです。おなかに力が入らない。つわりの合間をぬって来たのでしょうか。
ガラス超しにそれを見ていた裕一。決意して中に入ります。
ここからですね。一体どうするんだろう。。。とかたずをのんでいたら、
「作曲家の自分から声楽家の君へ伝えたいことを言う」と厳かに告げます。
びっくりしました。え?その視点!?
「体にさわるだろ」とか「おなかの子のこと考えて」とか、「夫→妻」モードで言わない。
あくまで「プロからプロへの苦言」で、「そんな声では舞台に立つ資格なし。今回はあきらめるべし」と、バッサリ。
妊婦だからって忖度しない。甘やかさないことが、かえって音ちゃんを「プロ」として認めている。

裕一の言うことは正論だけど、あまりにキツイので感情は逆立ってしまう。
おもいっきし平手打ちするのですが、裕一にはそれも想定内。右か。左も殴れよ。ほれアッパーカットでも受け止めるぜ。余裕の仁王立ち。
ここ、冬のごっついコートとハットのシルエット、暗闇に月光だけが顔を照らす相乗効果で、普段は華奢な裕一に「男の威圧感」を持たせているのよね。上手いわ~。
ここがセーター姿で蛍光灯の下、だったら、ぜーんぜん威厳も無くてセリフも響いてこないっしょ。脚本と演出の素晴らしさ

殴った音ちゃんの手を包み込む裕一。
音ちゃんは感情が堰を切って、「子供が出来たのはとても嬉しい。けれどなぜ今なのか?そう思ってしまう自分が嫌」と泣きながら訴えます。
そうなんす。音ちゃんはもう、どうしていいのか大混乱していたのです。初めての大舞台で、プロになれるかもしれない。
なのにつわりは収まらず、周りにも迷惑をかけてどんどん追い込まれます。
環先生に言われた「子供が死にそうになっても、舞台を務めあげられるの?」の言葉に、恐怖が募ります。そんな覚悟はない。子供は死なせたくない。でも舞台も捨てられない!
月光で表情がよくわからないけれど(それも効果的)、音ちゃんの必死の訴えをひとつひとつ噛みしめて聞く裕一。
ハットを取って「音、ちゃんと聞いて」と促します。そして、
「音の夢、僕に預けてくれないか」と告げるのです。
「その夢を、僕が大事に育てるから」と。
すごいですねえ。素人には書けない台詞です!
「夢を」「預ける」という発想がすごい(そういや裕一は銀行マンでした)。

そしてさらに「僕の曲で音が歌う。でっかいステージで。それが僕の夢。音の夢は僕の夢」と続け、
「君はなにひとつ、あきらめる必要なんてない。そのために、僕がここにいるんだから」と。
音楽の道を行く者どうし、結婚した原点に返るのです。
思えば最初の文通のとき、裕一は「この手紙の女の子、僕の指揮するステージで歌ってくれたらいいなあ」と、既に思い描く未来があったんでしょうね。
豊橋のミニイベントでそれは早くも実現したけど、あのとき音ちゃんは声がでなくなった。
でも、裕一は優しく励ました。お互いアマチュアでした。苦労して勝ち取った舞台ではなかった。
あれから時が過ぎて、レコード会社で辛酸をなめた裕一はプロ意識が強くなったからでしょう、あの時と同じように声が出ない音ちゃんに今度は厳しく指摘しました。
音ちゃんも「舞台に出る者は言い訳が出来ない」ことを痛いほど悟りました。
二人とも、豊橋の時より成長したのだなと思わされました。

「その夢を僕に預けてくれ。大事に育てるから」
と約束した。
妻をステージに上げるということは、裕一さん自身も音楽で成功しないといけないわけで、やっぱり子供が出来て自覚の度合いが違ってきたのかな。
音ちゃんは退学して舞台も降板、環先生に謝ったけど、「私は音楽をあきらめていません」と、サッパリした顔で言い返す。
「子供もあきらめず」「音楽もあきらめない」。
一人ではそれは出来ない。パートナーと二人で作るのだ、と。新しい生き方を宣言します。
それを聞いた環先生の微妙な瞳。彼女は「夢のために子供をあきらめた」のかも。複雑で、印象的なお顔でした。

それにつけても、NHKはやたら「女性の新しい生き方」提示しますねえ(笑)。
朝ドラは特に、お得意さん視聴層が主婦の方々だろうから、女性に共感してもらえるようなメッセージを込めないと…となるんでしょうけど、この「戦前の日本」で「仕事か子供か」を壮絶に悩むシチュエーションってのは、やや違和感ありました。
結婚したら子供が出来るのは当然の時代、なんせ「産めよ増やせよ」だから、「避妊」そのものが無い。
音ちゃんも裕一も、結婚するとき「(子供ができても)なんとかなるか」だったと思いますよ。
私はこの「金曜日のてんまつ」を、昭和5年生まれの母に見せて、「こういうダンナさん、いいでしょ!優しいでしょ」と問うてみたら、「おらんおらん!いるわけない!」と、一蹴(いっしゅう)されました笑。
「妻の夢をかなえよう」なんて、あり得ないそう。ははは。そうね。父もそんな男だったよ
SNSで「そもそもなんで二人は避妊しないの」という批判を散見するにつけ、「時代背景、理解出来ない人多すぎ」と嘆息するのでした。
お年寄りと、そういう話しないんだろね。聞いたら面白いのに。
ドラマの時代性に令和の価値観を持ち込むの、どこまでやるか、難しいですね。うーん。

とはいえ、他の職業はちょっとわからないけれど、芸術をやっている全女性は、パートナー大事だと思います。
裕一さんみたいなことを言ってくれるダンナさんを、ぜひぜひゲットして頂きたい。
私の個人的感触では、10万人に1人ぐらいは、「こういうダンナさん」おられると思います(根拠なし笑)。
そして、「ゲットする」じゃないな。
「ゲットされる」だよね。音さんも「選ばれし女性」だもんね。
私はもう、今世はあきらめましたので(笑)、来世は精進して必ず★
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カシワバアジサイ★

2020-06-06 | うぐいすよもやま日記
ご近所の紫陽花、今年もすこぶる美しい。
「スノウフレイク」って別名もついているようですが、私はひそかに「とんがりコーン」と呼んでます。。。★
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コロナ+暴動とは。。。★

2020-06-02 | うぐいすよもやま日記
ニューヨーク在住の方のツィッターを見ていたら、暴動・デモの生々しさが伝わります。
ブランドショップのショーウィンドウを壊したり、閉店中の店から商品を略奪したり。
それは単に騒ぎに便乗した犯罪じゃないですか。。。
元々は人種差別の問題なのだから、亡くなった人をまず神聖に追悼せねばならないのに。
暴力の連鎖を助長してしまってるではないか。
トランプ大統領は一時、ホワイトハウス地下に避難していたそうですが、もう退陣して欲しいです。
だいたい一国の首長が、SNSを過激な煽り手段として駆使してていいんでしょうか。冗談みたいです。
こんなんでアメリカ平和になるわけないじゃないですか。
世の中が不安定な時は、強い意志を示してくれるリーダーを皆、支持しがちになる。
その典型ともいえるトランプさんの、真逆タイプの人に政権変わって欲しいです。
コロナウィルスであれだけの感染者と死亡者を出しているのに、暴動に加わっている人たちの多くはマスクなんてしてなくて大声で叫んでる。
あれではわざわざ感染拡大してるようなもの。でも意思表示をしなくては、抹殺されてしまうという悲痛なものを感じます。
私があそこであの立場で生きてたら、デモに加わって大声で怒鳴っているのかもしれません。
元々あった社会の問題が、コロナウィルス蔓延によって更に表面化され深刻になっている、一体どうしたら解決するのか解りません。

日本に生まれてずっと「日本人」をやっていたら、あまり人種問題を実感しませんが、ヨーロッパに行ったとき感じました。
「ああ。あなたたち(白人)と、線引きしてるのね。この外見と言葉でね」。
社会的地位が高い人のカテゴリーでは、あまり感じないでしょう。
たとえば大学教授として海外で教えてる方とか、医療で活躍してるとか。事業で成功している、とか。
そうでない場合、たとえばコロナの影響で失業した人が「移民」の場合、とてつもない辛苦を味わうのではないかと思います。
その苦しみは、私には想像のつかない域でしょう。
白人でない私にわからないのなら、白人代表みたいなトランプさんには、さらにわからない。

そういえば、2月のフィギュアの海外試合で昌磨君と刑事君が表彰台に上がった時に、ISUの偉い人は、3位のイタリアの選手とは握手したのに、日本の2人とは「お辞儀」だけだったのですね。
「日本人の礼儀様式に合わせてお辞儀にしてくれたのか」という見方もSNSでありましたが、私には「コロナがアジア発とされているので、日本人も危ないという認識なのね」と見えました。
愕然と差別を感じました(その後、欧州で物凄い感染になったので、この差別は意味無くなりましたが)。

ふだんは表面上まあまあ上手くやっていても、感染病という「抜き差しならぬ事態」になると、一気に問題が噴出する。
これからを考えると暗澹たる気持ちになりますが、理解すべきことは沢山あり、出来ることから一歩ずつ、前に進むしかありません★
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