オルハン・パムク、『白い城』

 『白い城』の感想を少しばかり。

 素晴らしく、とても好きな作品である。
 17世紀後半のオスマン帝国で、双子かとも見紛う二人の男が相まみえることとなった。片やイスタンブルで奴隷となったヴェネツィア人の“わたし”、片やはその主人となるトルコ人学者の“師”である。
 酷似した二人が対峙する姿はただそれだけで、合わせ鏡を覗き込むようなめくるめく眩暈感をまき散らしていた。互いに抗いながらも境界を見失っていく、二つの自我。例えばそれは、己自身にそっくりな相手をもう一人の自分のように重ねていく同一化の感覚としてあらわれるかと思えば、そのもう一人の自分が己の核心まで侵しにくるような脅威の感覚をもたらすことも。まやかしと真実がない交ぜになって綾なす模様がそれはそれは美しく、えも言われぬ味わいの幻想性ともなっている。花火の打ち上げや二人で鏡に向かい並んで立つ箇所など、忘れがたい。

 人それぞれが他の誰でもない己自身であることの意味を、その存在の根底を突き詰めて考えてみること。本来であれば重くなりそうなテーマを扱っているにも関わらず、語り手である“わたし”が幼い皇帝のために創作した、夢のように愛らしい数々の物語(これらも作品の魅力の一つだった)が優しく包み込んいるかの如く、作品全体から感じられるのは明るい光だった。もちろんそれは、タイトルにもなっている“白い城”が放つ光でもあると思う。誰にもたどり着けないと知りながら憧れるように仰ぎ見る、白くて眩しい光を放つ場所。
 最後の最後にすとんと落とすラストが素晴らしかった。透徹した眼差しへと至るまでの、各々がたどった遥か遠い道に思いをはせる。

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