ラジスラフ・フクス、『火葬人』

 読み終えてから帯を外してみた…。『火葬人』の感想を少しばかり。

 “なんと幸せで、人間らしい愛なのだ、と。” 52頁

 救いのなさに戦慄した。戦争が人間を変えてしまう、狂わせてしまう。その恐ろしさもさることながら、家族思いで善人だが凡庸な主人公の、いとも容易い感化ぶりには背筋が凍った。何よりも、まるで別人のように変容していく本人が、それをまったく自覚しない姿はすこぶる不気味でおぞましい。自分は愛情深い夫であり父親であり、親切な隣人である…という認識の、何という薄っぺらさ。“選ばれた人間”と呼ばれてあっ気なく変節する、その空虚さと言ったらどうだ。
 火葬場《死の寺院》で働くコップフルキングル氏は、火葬人としての仕事に誇りを持ち、土葬に比して火葬が如何に優れているかを常に説いている。しかし、物語の終盤では、火葬人という立場が全く違う意味合いを持つ。主人公のとった行動といい、彼の新たな任務といい、あまりにもグロテスクだった。
 こんな状況の中に身を置いたら、信じるに値するものを見付けられるだろうか。いつの間にか目の前の現実が、のっぺりと奥行きを欠いた悪夢へと変わってしまう世界で。

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