アルベール・コーエン、『選ばれた女』

 先に読んだ『釘食い男』が大好きだったので、話が繋がっていると知り是非とも!と手に取った作品であるが、じっ…としたまま胸の奥だけが痛みに取り乱してしまうほどの、凄まじい読み応えだった。
 アルベール・コーエンの『選ばれた女』の感想を少しばかり。

 こんなにも愚かで哀しい愛の話を、読んだことがない…と思った。そしてまた別の言い方をすれば、グロテスクな愛と狂気とが容赦なく突き詰められた物語なのでもあった。
 恋の喜びに至上の高みを翔けた純白だった羽はいつしか焼け焦げ、鼻がもげそうな酷い臭気を放ちながら狂気の渦へと堕ちてゆく彼らの姿は、醜さあり余ってぞくり――身の毛がよだつほど美しかった。その美しさに、打ちのめされた。
 胸に突き刺さる作者の告発と嘲弄、憐れみつつ突き放すその厭世感と絶望がひりひりと苛む。その結び合わさった、郷愁と孤独も。

 1930年代のジュネーヴを舞台に、国際連盟事務次長の要職に就くユダヤ人ソラル(釘食い男たちの甥)と、大貴族の血筋を引く美女アリアーヌの恋を描く。神に選ばれたような見目麗しき男女の落ちた、至上の恋。まるで雲の上に棲むような、離俗の恋。息も吐けない熱情で燃え上がり全てを焼き尽くす、絢爛な終焉を迎えるまで…。 
 ホロコーストの不気味な影が忍び寄る中、姿なき語り手の言葉の端々には常に、誰しもがいずれ死を免れえぬ存在であることが仄めかされている。それでも、恋の始まりがあまりにも甘くて、うかうかと浮かれつつ何処までも翔け昇っていく二人の姿はとても美しく真実に映るので、ついついうっとり…頁を繰るのでは、あった。甘いロマンスは怖ろしい目隠し、ふわふわ踏み出すは崖っぷち…とも知らず。
 選ばれること。素晴らしくて特別な人の特別な存在になり、全身全霊で愛し愛されること。選ばれることの素晴らしさ晴れがましさ、人生に置ける甚大な取り返しのつかなさ。

 それでも私は彼らの恋の顛末に、ぎゅうぎゅうと胸が締めつけられた。あの熱狂の光と影を悼み、本を閉じてしばし身動きが取れなかった。愚かで醜くて哀しくて美しいと思いながら、うずくまった。
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