アンナ・カヴァン、『アサイラム・ピース』

 心待ちだった短篇集。『アサイラム・ピース』の感想を少しばかり。

 “薄れゆく蜃気楼さながらに、なおもかすかに見て取れる陽光に照らされた草地。そして、青い青い空のアーチに遠い放物線を描いて飛翔する緑色の鳥――亡霊のように投じられたエメラルド色の短剣。” 113頁

 白い頁を繰る指先が、刻々と冷たくなる。一篇一篇、息を詰めていた。宥めることも叶わぬ剥きだしの孤独が、ただ文章という形だけを得て吐き出されているとは…なんて、辛いことだろう(それを読むのも)。美しく異様な幻視、白を切り裂く緑の光。病室の窓に嵌められた格子よりも堅固な、強迫観念の檻は、か弱き囚われ人を逃しはない。
 追い詰められた小動物の悲鳴が充満して、びりびりと細かく震え続けているような世界から、そのきつさから、心が離せなくなった。憑かれた自分の内側が、ざわりとそそけ立つ感触に苛まれても、ここにある孤独と狂気には毫も近付くことなど出来ない…と思いつつ、ただ魅入られた。怖いまでに純度が高く、突き刺さるのだ。

 ヘロイン常用者であったことや自殺未遂のことを、全て意識から締めだして読むのは困難な作家だが、それで作品から受ける印象がさほど変わるとも思えない。周囲の空気が薄くなっていくような息苦しい切迫と、どこまでも煽り立ててくる不安の絡みつく感触、姿なき敵、鳥の姿へそそぐ狂おしい眼差し…。そしてそれらの謂れは、作中からはわかり難い。どの物語もあっという間に、絶望の淵へと沈み込む。訳者あとがきを読んで、少しく納得するしかなかった。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 1月27日(日)の... 1月30日(水)の... »