ルイジ・ピランデッロ、『カオス・シチリア物語』

 『カオス・シチリア物語 ― ピランデッロ短編集』の感想を少しばかり。

 “音の出るペンダントに、カラスはなにを思っただろう。自分の首にかかっているということは、大空を舞ううちに察したかもしれない。気持ちよさそうに思いきり大きく弧を描いて飛翔するさまからすると、巣のこともかみさんのこともすっかり忘れて、ごきげんのようだ。” 9頁
 
 とてもよかった。素晴らしい。そもそもは、代表作である戯曲(『作者を探す六人の登場人物』や『エンリーコ四世』)の方に関心があったのだが、短篇も面白かった。読み始めて割とすぐに、勝手に想像していたのとは違う作風だなぁ…と感じたものの、シチリアの風土を背景にした物語たちにいつか引き込まれていた。ぞくりと怖い話や滑稽譚、じんわりと切なさが胸に広がる読み心地のもの…。作者の温かな眼差しの所為だろうか、気付けば主人公にふっと心を寄せている…そんな作品が多かった。
 14年前に出て行った息子たちを待ち侘び、手紙の代筆を頼み続けた老女の話「もうひとりの息子」は、彼女の“もうひとりの息子”とは…というところで、真相がわかりぞくっと戦慄した。映像で見てみたいと思った「月の病」もよかった。
 好きなのばかりだけれど、誘拐した者たちとされた者との間で不思議な交流が生まれる「誘拐」や、“ありえない”人生を送ってきたかわいそうなベッルーカの話「列車が汽笛を鳴らした……」、16歳のディディの不安や孤独が伝わってきて胸が痛くなった「長いワンピース」、己自身の心の豊かさで絶望から救われてきた女性の話「女教師ボッカルメ先生」に、ほろりとした。
 「登場人物との対話 ― 母との対話」は、死者の優しさに包まれて哀しみが薄らいでいくような最後のくだりが心に響いて、大好きな作品。あと、「ミッツッアロのカラス」、紺碧の空を泳ぐカラスがいい!

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