トレイシー・シュヴァリエ、『真珠の耳飾りの少女』

 読書会の課題本。『真珠の耳飾りの少女』の感想を少しばかり。

 “おじさんはわたしから目を離さない。灰色の瞳は海のよう。” 6頁

 いみじくも、フェルメールの絵をみて“いつまでも見ていたくなる絵”…と感じて評したその少女自身が、やがてその絵の中に己の姿を永遠に留めおかれ、いつまでもその眼差しで人々を魅了してやまないことになろうとは…。本人が知ったらどれほどに驚くことか。名匠フェルメールの作品を元に紡ぎ出された、静かで愛おしい物語。

 主人公の少女フリートが、フェルメール夫妻に実家の台所で初めて会う場面から、この物語は始まる。タイル職人だった父親が事故で両目と仕事を失い、家族のたずきを得るために16歳のフリートが、フェルメール家の女中として働くことになったのである。
 もしも父親が職人として成功していたならば、少しは手が届いたかも知れないフェルメール家での暮らしぶり。その中に身を置いたフリートは、人に従い拘束される女中としての立場に、諦念とともに少しずつ慣れていく。自分だけに任された旦那様のアトリエを掃除する間だけが、嫌なこと全てから逃れられる時間だった。やがて、なかなか近寄らせてくれなかった旦那様から声をかけられるようになり、ある時からフリートは、フェルメールの仕事を手伝うことになる…。

 そこにあるはずのものを“ある”とあからさまに書くことなく、けれども確かにそこにあるのだ――と、伝わるように描き出す。フリートとフェルメールとの間に流れる思いを、行き交う慕わしさを、愛とも呼ばず恋とも名付けず、ただひたひたと行間から静かに溢れさせる…。その筆致が本当に素晴らしいと思った。たとえ一言たりとも、そこにあるものを言葉にして認めるわけにはいかない二人だからこそ、募る切なさが胸に迫った。

 天才は時に残酷だが、それさえも魅力だ。作品を仕上げるためならば、他人への酷い仕打ちも躊躇わない。たとえ愛おしい相手であっても。…その場面の官能にぞくぞくした。そして、真珠の耳飾りの持つ意味合いが、途中と最後とでちゃんと呼応しているところも見事だ。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 9月14日(水)の... 9月17日(土)の... »