中島京子さん、『エ/ン/ジ/ン』

 図書館にて、読み終えた。 大きなガラス窓の向こうはぼんやりとした曇り空だったけれど、一瞬青色が眸に映ったような気がした。  
 湧いてくるような嬉しい気持ちの余韻にひたりながら、帰り道(買いもの付き)をてくてく歩いた。 てくてくてく…の振動に合わせて、胸の内がふくふくふく…とまあるく膨らんでいくような、そんな読後感なのであったよ。 中島さんの作品は、やっぱりいいなぁ。

 “エンジン”ってつまりあの、車を走らせる為にかけたりするあのエンジンですよね…と、タイトルを見かける度に思っていた。 車が出てくる話なのだろうか…(いや、一応チラッと出てくるには出てくるが)などと、本当の意味が分かれば何ともかんとも頓珍漢なことを考えていたので、なかなか手が出せなかった次第である。 いやはや…。 

 もうすぐ新刊が出るようなのでまずは未読の作品をと、ようやく手に取った。
『エ/ン/ジ/ン』、中島京子を読みました。

 いきなりの初っ端で自分の大きな勘違いが分かり、「おおおお…!」と一気にひき込まれてしまった。 エンジンカか…。 

 父親のことを何ら詳らかにされぬまま、相当に風変わりな母親に育てられた少女ミライはやがて、これまたなかなか風変わりな娘へと成長する。 母親とうまくいかなくなったミライは、16歳のときに家を飛び出す。 そしてようやく戻ってきた時には、アルツハイマーに侵された母親の認知症は進行しており、父親についての詳しい話を訊き出す機会はすでに失われていたのであったが…。
 厳密に言えば本人を捜し出したいわけではないのだけれど、自分が生まれることとなった背景に欠けた部分を埋め合わせる為のような父親捜し。 自分が望まれて生まれた子供なのかさえわからぬもどかしさの中、父親に辿り着くための手がかりと言えば、昔のあだ名が二つ…。 そんな父親捜しに協力することとなるのが、母親・礼子がかつて開いていた幼稚園〈トラウムキンダーガルテン〉に通っていたことのある隆一である。 
 読みだしてすぐにこの物語が、第三者によって語られていることに気が付く。 このミライと隆一の物語を更に一回り外側から語っている人物の言葉が、時折挿入されてくる。 そこがまたすこぶる面白かった。 この人はいったい誰だろう…? 今どんな位置からこの物語を語っているのだろう…?と、半ば何かを期待するような心持ちで読み進んでいくと、次なる展開が待っているという按配なのである。

 一人の人物の過去を辿ることで、彼に関わったことのある人たちの物語が少しずつ絡んでくる。 特撮ヒーロー物〈スペクトルマン〉という子供番組が、意外や意外にも重要なヒントとなったり…(本当にあった番組なのねー、吃驚)。 
 そして、はじめはミライの父親の人物像には“人嫌いが激しい→狷介で偏屈?”という印象しかなかったのに、少しずつ少しずつ、そんな単純なものではない深い奥行きを持つ人柄の男性であったことがわかってくるところが、とても素晴らしいと思った。 沁み入るように。

 個人的には、私がミライや隆一と年が近い所為もあり、彼らが自分たちの生まれた頃の日本のことについて色んな事を知らされていく過程には、私自身の思い入れも被ってしまったように思う。 何か、感慨があった。
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コメント
 
 
 
Unknown (かつき)
2009-08-14 12:34:50
りなっこさん、はじめまして。

「エンジン」が「猿人」だとわかった時には、わたしも叫びそうになりました。
「そうくるかぁぁぁ」って。

「厭人」もすごいですけれど。。。
どんだけ人間嫌いなんでしょう(笑)
 
 
 
Unknown (りなっこ)
2009-08-19 09:11:28
かつきさん、はじめまして。
コメントをありがとうございます。

>「そうくるかぁぁぁ」って。
ですよね、ふふふ。
何だろう?と思わせるタイトルで、いいなぁと思います。
 
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