平出隆さん、『猫の客』

 『猫の客』の感想を少しばかり。

 “―― 稲妻小路の猫だもの。
 目の前を過ぎるのを指して、妻は讃えるようにいったりした。” 20頁
 
 出会えて嬉しい、とても好きな作品だった。本当に、青白い小さな稲妻が駆け抜けたようで、残光がいつまでもとどまればよい…と。移ろう季節ごと、見事な景観の庭園を鋭角的に遊びまわり、月光をまとう白い珠のようだった、忘れがたい猫の姿。そして、その自由で本然な魂を尊び愛惜した夫婦の姿に、静かに胸をうたれた。

 抱かせることはおろか啼き声一つ聴かせぬ隣家の飼猫を、おとないのあるがままに招き入れ、愛おしく思いをかけるようになった夫婦の悲喜を描く。古い屋敷の敷地内で離れを借りる作者夫婦と、チビと名付けられたほっそりした猫との出会い。やがてチビのための出入り口を作り、ダンボール箱の居場所を作り…と、夫婦の生活にチビの存在は欠かせなくなっていく。
 どこか神秘的で、決して媚びることない猫の無垢。その小さな命を慈しみ誉む夫婦の、恋しさと諦めの間で揺れうごく様は、歯痒くひしひしと切なかった。もうまるでうちの猫みたいだ、いっそ攫ってしまおうか…と思いつめる二人が、やはりうちの猫ではない…と知らされる件の哀感は、読んでいて身を捩りたくなる心地だった。

 出会いがあり、別れがあり、それから後…という流れも素晴らしい。そして、移ろう季節ごと、母屋の庭園の美しい眺めや年中行事を織りこんでいく澄んだ文章は、いつまでも読んでいたかった。

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