ロイ・ヴィカーズ、『フィデリティ・ダヴの大仕事』

 『フィデリティ・ダヴの大仕事』の感想を少しばかり。

 “「あまり傷ついているように見えないわね」と、彼女は化粧室の三面鏡の前で思った。「たぶんそれは私が決して泣かないからだわ。でもどんなときでも私は泣かない。私は――戦うのよ」” 102頁

 面白かった!好き! 透きとおる金髪に、煌めくすみれ色の瞳、銀の鈴を振るわすような声、そしてその容貌は…まるで天使の愛らしさ。おお。
 灰色の紗を身にまとい、純真無垢な佇まいでどこまでも人を欺く、謎めいてチャーミングな淑女怪盗フィデリティ・ダヴ。有能な心酔者たちを手下にあやつり、彩な軌跡を残していく暗躍の数々は、息を呑むように鋭く、時には胸がすく鮮やかさだ。才能豊かな男たちに女王の如くかしずかれた彼女は、無邪気な眼差しで人の心も宝石もさらりと掠め取ってしまう…そんな、世にも珍かでキュートな詐欺師でもある。一話また一話と読み進めるほどに、だんだん彼女の不思議な魅力に惹かれていくのが自分でもわかり、読み終えてしまうのが淋しくなったことよ。 

 収められている話は12篇。〈どうやって盗むか〉の完璧な妙技が、あの手この手で惜し気もなくどんどん目の前に繰り広げられていく。その小気味よさと言ったらない。一つ一つの話が短いので、次から次へと趣向が変わっていくように読めて、それがとてもよかった。
 大胆不敵に狙いを定め、巧妙に正確に獲物に迫る。獲物は有名な宝石や美術品、変わったところでは風景を盗んだ話も。科学的捜査に精通し、周到に法の隙間をかいくぐる狡猾さと言い、先へ先へと見透かし布石を置いていく心理戦での手腕と言い、惚れ惚れするくらいお見事だった。公明な仕事ぶりがうかがえるレーソン警部補が、引き立て役に徹するしかないのがちょっと気の毒だったりして…。資金に物を言わせて手段を選ばないところも、なかなか面白かった。フィデリティ、実は厳しいよね…。 

 清教徒風で質素な装いに身を包み、いかにもそれらしい敬虔な物言いをするフィデリティ・ダヴだけれど、そして弱い者の味方だけれど、この少女の本当の姿がどうにも掴めないもどかしさも、また堪らなかった。時々、この娘少し悪魔…と思ったりもした。女優だし、虫も殺さぬ可憐な風情であれもこれもやっちゃうし(でもそこがいいよ)。

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