皆川博子さん、『ペガサスの挽歌』

 「日本語の醍醐味」というシリーズから。『ペガサスの挽歌』の感想を少しばかり。

 “私の腕の中にあるのは、私が気ままにもてあそんで、こわしてしまったおもちゃだった。” 125頁
 “妬むがいい、彼の若さの美しさを、と、香子は毒々しい口調を女たちにぶつける。” 325頁

 素晴らしかった。妖しと小昏い背徳の魔界へずぶり…ふみ入り、至福の心地にしばし耽溺した。70年代の単行本未収録作品ばかりを収めた一冊だが、既に完成されていることに深い溜息がこぼれる。研澄まされた狂気と残酷を賞する後ろめたさの、甘美な味わいと言ったらどうだ。
 初期の児童文学を読めたことも嬉しい(コンクリ虫が可愛いの…)内容の中、とりわけ好きだったのは「天使」や、表題作「ペガサスの挽歌」、「家族の死」、「朱妖」…といった辺り。「試罪の冠」や「声」もよかった(もう殆ど)。息を呑む幕切れの刺し止められる感覚は、やがてやめられない毒のように胸奥で変容していく…。

 殺めた鳥の羽をむしる剥製師の女が禍々しい「天使」は、生に倦んだ16歳の少年が絡め捕られていく展開に戦慄した。天使の翼へのこだわりとは裏腹に、女が語る話は禁忌を孕み、堆くなる羽毛と血のイメージで思わず息が苦しくなる。
 冒頭が鮮烈な「ペガサスの挽歌」では、医者の後妻になった亜里子と二人の息子たちが、性と死を弄ぶような関係を結ぶ。彼らの放逸な行動は恐ろしい結末を招くが、最後の場面には説得力がある…と思った。“エゴとナルシズムの塊り”…。
 本当の子供以上に子供染みて身勝手な母親を見限り、かといって誰を頼るでもなく、世の大人たちに見切りをつけてしまった少女たちの絶望を描く、「家族の死」。
 高価な朱色の蘭鋳が泳ぐガラス鉢と、冷たい指…の眺めが脳裡に焼きつく「朱妖」では、制御の効かない妖しい衝動を秘めた香子の恋の顛末が描かれる。この作品の、ゆっくりと破滅していくように美しい幕切れが、痺れるほどに好きだ。

 初期児童文学作品 「花のないお墓」「コンクリ虫」「こだま」「ギターと若者」、「地獄のオルフェ」、「天使」、「ペガサスの挽歌」、「試罪の冠」、「黄泉の女」、「声」、「家族の死」、「朱妖」。

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