恩田陸さん、『夏の名残りの薔薇』 再読

 再読。恩田さんのゴシックロマンです。大好きな作品。
 『夏の名残りの薔薇』、恩田陸を読みました。
 
 物語の舞台は、雪に降り込められた国立公園の中の豪奢なグランドホテルである。贅沢に慣れきって倦んだような風情を纏う、美しい男女たちがそこに集う。繰り返されるのは、虚飾の宴だ。そして彼らの頭上に君臨するのが、3人の老女たち(3人と言えば魔女…)。 
 妖しい老女たちは夜毎、自分たちが招いた客である彼らをギャラリーにして、おぞましくも不思議な、グロテスクで凄惨な即興の作り話を披露する。1度聴いたら止められなくなる、毒の効いたそのお約束事の余興には、嘘の中にまるでスパイスのように事実が織り込まれ、隠しこまれている…らしい。いったいいつから彼女たちは、そんなことをするようになったのか…。

 フランスの映画『去年マリエンバートで』のアラン・ロブ=グリエの原作の引用が、随所に挿入されている。初めて読んだときは、何だか唐突な気がして面食らった。それでも読み進んでいくと、映画の中を流れるセリフや幻想的な雰囲気が効いてきて、まるでスポットライトの当たっていない水面下にもう一つのお話が潜んでいる…そんな感覚を楽しんでいた。不穏で危うい空気感にもよく寄り添って、小説と映画とで煽り合っている…とでも言おうか。 
 その映画では、迷路のように閉ざされたホテルらしき場所で一人の女が、初めて出会ったはずの男に自分の記憶を塗り変えられていく。何度も何度も「去年、私とあなたは――」と言い聴かされ、本当にあったことだと思い込まされていく…。

 記憶の塗り変え…。あの時、本当にあったことは何だったのか? そして何が起こらなかったのか?
 たった一つの真実なんて何処にもない。そこにいた人たちの目に映る、それぞれの事実と事象があっただけ。なんとなれば本当は誰も、真実なんて必要としていないのだから。元来、記憶は不確かなもの。なのに、この世界で起こることの殆どは、曖昧で頼りないことこの上ない人の記憶にしか残らない…。
 (2006.9.8)

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