カルロス・フエンテス、『アルテミオ・クルスの死』 

 『アルテミオ・クルスの死』の感想を少しばかり。

 “消え失せたはずなのに、いまなおしぶとく生き延びている怨恨が皺となってそのまわりを囲んでいる目、これがわしだ。” 6頁

 素晴らしい読み応えだった。母国メキシコを指して、“ラ・チンガータ(凌辱された女)”に他ならないと糾弾する言葉の奔流には、ただもう圧倒された。その行き場のない憤りが、底流を成す。己の才覚と裏切りで内戦を生き延びた男が、機を掴んでのし上がり他者を踏みつけ、富と権力を得たものの虚しい臨終を迎える…という、やり切れない物語ではある。
 過去をふりすて罪に目を塞ぎ、未来だけを見据えて生きてきたアルテミオが、自身をも含めて誰一人幸せにすることはなかった。幾つもの選択がかつてあり、その全ての選択の取り返しの付かなさに、胸ふたがる。その時そうしていなければ、今の命すらなかっただろう…とたたみかけてくる二人称のくだりは、あまりにも悲痛だった。

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