バルガス=リョサ、『世界終末戦争』

 『世界終末戦争』の感想を少しばかり。

 “あの哀れな連中というのはこの地上で一番価値あるものを代表しているんだ、それは、苦しみが反乱したものなのです。” 301頁

 素晴らしい読み応えだった。19世紀末、ブラジル共和国の辺境で実際にあったカヌードスの反乱を、様々な人々の視点から描いた重厚な作品。行きつ戻りつする時間の中で、幾筋もの話が錯綜し合い折り重なっていく構造だが、意外にも割と読みやすい…という印象があった。張り巡らされた繋がりに時折はっとさせられながら、ぐいぐい読めてしまう。

 時代に置き去りにされ首府にも忘れられ、盗賊がはびこる貧しい奥地セルタンゥ。その野蛮な地に、聖者としてたてまつられる人物が現れ、あれよあれよと信者の一団は膨れ上がる。共和制に従わない集団として迫害された彼らは、カヌードスの町にまで逃れたが、ついに遠征隊の攻撃を受けることになり…。
 聖者コンセリェイロに付き従い、やがて
ジャグンソ(反徒)と呼ばれることになる狂信者たちと、そこに革命を感じてやってきた者や、ただその土地にいて巻き添えになる者、カヌードスの地主、正規軍、記者…。異なる立場で戦争に関わった誰もがその為に、死やそれ以外の理由によって、元の人生には戻れなくなる。その一人一人の物語の断章が時に交錯し、思いがけない邂逅を果たす。非常に多声的であり、何を善とも悪とも決めつけられない、当時のブラジルが抱えていたひずみが浮き彫りにされていく。この戦争全体における混迷が、とてもリアルに迫ってくるのでただただ圧倒された。

 多様な登場人物たちが入り乱れる中、一応主人公であると見做せる屈折した近眼の記者(名前は出ず)や、カヌードスの地主で隠れ王党派として共和党に陥れられるカナブラーヴァ男爵、ジャグンソたちに革命の理想を見いだしてカヌードスを目指すスコットランド人のガリレオ・ガル…などなど、複雑な人となりの人物が多いのも、作品全体の深みとなっている。とりわけ、任務に燃えるモレイラ・セザル大佐に密着していたのが、意に反してカヌードスの内側へと入り込んで出られなくなる、近眼の記者の“弩近眼”という設定が秀逸だと思った。
 そしてその一方で、聖者コンセリェイロに魂を救われ、それまでの罪を悔いて敬虔な信者となり、集団の中枢をなしていくジャグンソたち一人一人の経緯には、セルタンゥという貧困の地の悲惨がみっちりと描き込まれている。

 他に私が興味深かったのは、ジプシーのサーカス団にいた小人と、マチスモ文化しか知らなかった女性ジュレーマが、戦争の当事者でもなく望んだ訳でもないのに巻き込まれ、非力なはずの彼らが危く戦火をくぐっていく…その姿の描かれ方だった。それから、元一座のスターである小人が、何世紀も前に伝えられた円卓の騎士の物語を、世界の果てのようなカヌードスで人々に聴かせている場面も、心に残っている。ブラジルの沿岸部が導入したヨーロッパ文明が何一つ届かなかった場所に、かの地の古い物語だけが行き渡っている…というめぐりあわせが、その不思議さ故に印象深い。いや、考えようによっては不思議ではないのか。

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11月10日(木)のつぶやき

07:01 from web
おはよーさんです。こーしーにゃうん。今朝は読みかけのルバイヤートをぱらぱらり…。読むと言うより見惚れているのであった。http://t.co/Qq8Nyg0l
07:06 from web
で、そのルバイヤートの英訳者エドワード・フィッツジェラルドの話が、先日読んだゼーバルトの『土星の環』に出てきたので、うひょっと驚いたのであった。こういう重なりというのは嬉しい。
07:52 from web
去年の今ごろはもう、ちょっと肌寒いくらいでも体が冷えてしまって、エアコンの暖房をつけずにはいられなかったなぁ。冷えとり靴下を履いていると、本当に全然違う。足を温かくしておくだけでいいのね。と言いつつ、今期初ヒートテック。
16:54 from 読書メーター
【世界終末戦争/マリオ バルガス=リョサ】を読んだ本に追加 →http://t.co/zkeniOpp #bookmeter
18:04 from web
お腹が空きました。今宵は居酒屋~♪ なので、夫の帰り待ちにゃう。
19:34 from twicca
この後でらーめんだなんて、自分で自分の首を絞めるよう…(だからやめておこうよ、あたし)。

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