W・G・ゼーバルト、『土星の環』

 『土星の環』の感想を少しばかり。

 “だがいま、それらは影も形もなく、人の姿もない。制帽をきらめかせた駅長も、従者も、御者も、列車に乗ってやってきた招待客も、狩りの一行も、擦り切れないツイードをまとった紳士も、洒落た旅行着に身をつつんだ淑女も。一時代が過ぎ去るのは、と私はよく思う、ぞっとするほど一瞬なのだ。” 35頁

 素晴らしい読み応えだった。イギリスはサフォーク州を旅する語り手自身の歩みと共に、何処まででも止め処なく連なりながら移ろっていく追想、数えきれないエピソードたち、それらを見つめ直す静かな眼差しと思惟…。薄灰色の雲が垂れこめる如く、確かに憂鬱な色を滲ませながらも、その言葉たちには一定の温度があって、不思議とひやりともしない。むしろ読み進んでいくうちに、慰撫するように沁みてくる。これまで読んできた他の作品同様、淋しさの気配がしみじみと心地よいのだった。

 たとえば、建物が崩壊に近付き毀れゆく姿を前にして、“なんと趣き豊かなことだろう”と歎ずる感性。ゆるやかな衰微を写しとる語り口。虚しく積み重なった時間に押しひしゃげられ、腐朽したものたちばかりが語られていくようだった。それでも奇妙な味わいのエピソードの幾つかには、そこはかとない可笑しみがあり、それを見付ける度に、ふっと心が弛む。儚い…と思いつつ、ふっと笑う。そして終盤に近付くにつれて、歴史の暗い部分に触れる箇所が増えていく訳である。
 17世紀の文人サー・トマス・ブラウン(特に壺葬論…とか)についての記述が多かった。それに、東洋と西洋における養蚕の歴史。数えきれない蚕がいっせいに桑の葉を食むときにたてる、安らかな音とはあまりにも裏腹な歴史…ではあるが。
 とりわけ私が面白く読んだのは、元同僚ジャニーンが拘っていたフロベールの世界観についての話、サマレイトンの庭園で出会った庭師がドイツでの空襲のことをドイツ人みずから書き残したものを読みたかった…と語る件、蚕に心惹かれ蚕室にいることを好んだ西太后の凄惨な話、かつての同僚のところで人生が交錯した作家マイケル・ハムバーガーのこと、避難民のような雰囲気を漂わしていたアシュベリー家のこと。あとは、シャトーブリアンの結ばれなかった恋のこと。その後の人生。『ルバイヤート』の翻訳をなしたフィッツジェラルド…。と、切りがない。
 何物をも見逃されることのない、滅びへの流れ。破壊や衰退を経て、あらゆるものの元の形が失われていく世界で、抗う術もなく各々の人生に埋もれていく人々。なぜ自分はここにいるのだろう?と、来し方を侘しく振り返るような一人一人の悲哀が、胸に沁み渡っていく読み心地。…忘れがたい。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

11月4日(金)のつぶやき(読んだ本、『ポール・デルヴォーの絵の中の物語』)

07:16 from web
おはよーさんです。こーしー2杯目にゃう。今日は眼科にかからなければいけないのだけれど、こっちに越してきて初めてなので何だか心配…。眼科自体が少ないしなぁ。
10:18 from web
眼科から帰宅~。早く済んでよかったな。メルスプランの確認をして近めの眼科にかかった。帰り道を間違えて遠回りした。ふう。

 ☆    ☆    ☆    ☆

14:41
from 読書メーター
【ポール・デルヴォーの絵の中の物語/ミシェル ビュトール】を読んだ本に追加 →http://t.co/pZ71L7YE #bookmeter

14:51
from 読書メーター
【ポール・デルヴォーの絵の中の物語/ミシェル ビュトール】
 とても好みの一冊。デルヴォーの18枚の絵から想を得た物語「ヴィーナスの夢」と詩が一篇。遺跡のような寺院や柱廊、泉水、アゴラ、庭園、なぜか砂漠…駅と汽車、裸体を晒す女たち…。その奇妙な町をさ迷うように歩き続ける“私”は、伯父のリーデンブロック教授の後を追っている。途中、彫刻にされたり急に骸骨になってしまったり、導きの女を見失ったり…。
 作者が他の自作からの引用をふんだんに加筆している為、脈絡のない文章が続く箇所も多いが、イメージが万華鏡みたように移ろっていくのをただ楽しんだ。キリン座、りょうけん座、祭壇座…。

15:10
from web (Re: @seicom
@seicom ちょっと、シュルレアリスム風です。絵が小さめでカラーじゃないのですが、デルヴォーの世界が物語になっているところは楽しめました。あと、時々意味が通らなくなってくるので、少しずつ読んでましたw
16:05 from 読書メーター
【土星の環―イギリス行脚 (ゼーバルト・コレクション)/W.G.ゼーバルト】を読んだ本に追加 →http://t.co/eXrKyFQt #bookmeter
17:53 from web
ゼーバルトコレクションの『空襲と文学』も届いた…。ぱらぱらっと見てみたところ、取り上げられている作家の悉く読んだことないよ(えーん)。カザックとかノサックとかアメリーとかアンデルシュ。『死神とのインタヴュー』くらいは読んでおこか…。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )