山尾悠子さん、『歪み真珠』

 山尾悠子さんの新刊は、ご褒美のような美しい函入りの一冊。『歪み真珠』の感想を、少しばかり。

 これぞ至福…と、本当に心から思える時間を過ごした。夢見心地に吸い込まれていくような…。だから今はもう、ただ深々と満足だ。
 奥行きを欠いた不可思議な世界に忽然と現れる、まやかしの遠近法に酔い痴れて…(と言うようなことは、『夢の棲む街』の感想にも書いたのだった)。中篇の1作品(これがまた凄く好きだ)を除けば、ひとつひとつの作品はとても短く、先へ進むのが勿体ないようでけれどもページを繰る手は止まらず、一体次はどこへ、次はどこまで…と、転がっていく歪んだ真珠たちがいざなう光景にひたすら目を瞠るばかり…だった。
 
  途中、ああこれは『ラピスラズリ』…!と思った「ドロテアの首と銀の皿」や、大好きな〈腸詰宇宙〉の断片にあたる「火の発見」。青カビとツボカビ…?と、悶えてしまった「ゴルゴンゾーラ大王と草の冠」。女王たちのどろりとした妄執を何処か感じさせ、妖しい昏さの立ちこめる宮殿を舞台にした三つの作品、「夜の宮殿の観光、女王との謁見つき」「夜の宮殿と輝くまひるの塔」「紫禁城の後宮で、ひとりの女が」…などなどなど。

 幻想譚としてどれもこれも極上の逸品なのは最早言わずもがなであるが、実は凄く意味深に感じられてくる作品が幾つかあり、思わず深読みしたくなってずぶずぶと底無しの沼にはまっていってしまうような心地にされるのも、ぞくぞくするような快感だった。
 たとえば娼婦と人魚、裸身と大理石、鏡と影…これらの本質は相反するや否や? 水源地の意味するものは?それを管理する魔女たちと水源地の関係って何かに似てないかしら…?じゃあ〈雲見〉は…? 女王の庶子は男装だったの?だとしたらそれはなぜ…? 尽きない謎を掬っては、足の着かない水深に、泳ぐふりをして溺れてみたりもするのだった。余韻の中で。
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