ケリー・リンク、『スペシャリストの帽子』

 『スペシャリストの帽子』、ケリー・リンクを読みました。

 いつか読み返すときが心から楽しみな一冊だった。収められているのは、「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」「黒犬の背に水」「スペシャリストの帽子」「飛行訓練」「雪の女王と旅して」「人間消滅」「生存者の舞踏会、あるいはドナー・パーティー」「靴と結婚」「私の友人はたいてい三分の二が水でできている」「ルイーズのゴースト」「少女探偵」。

 正直なところ、一篇目「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」を読み始めた時点では、「何じゃこりゃ?」だったのです。え、いきなり語り手は死人ですかい…と思って。それが読みすすむにつれて、感嘆と驚愕の詰まった「何じゃこりゃ~ぁ!」に一変したのでした。
 大好きなサージェントの絵画とタイトルが同じなので、どうしても意識の中にあの絵のイメージがあって、それも良かったような気がします。真っ白な花々に囲まれた白いドレスの二人の少女が、提灯に灯を入れている場面を描いた、幻想的でとても美しい一幅です。この作品を読みながら思い浮かべると、ジャポニスムの影響で描き込まれている提灯の灯が、送り火のように思えてなりませんでした。 

 これは本当に凄いかもしれない…と思い始めたのは「黒犬の背に水」を読んでいる時でした。いやもう、こんなに捉えどころがなくて訳の分からない小説に、何故こんなに気持ちがひき込まれるのか、自分でも不思議でならなかったです。ですからそう言う意味では、親切な解説を読んでやっと「なるほど、そう言うことか」と得心がいくことも多い作風ではありました。でもちゃんと理屈なしで面白い。もっと読みたい。
 「雪の女王と旅して」のように、馴染み深い童話を下敷きにしていたり、或いはその童話のエッセンスだけを巧く採り入れている作品も多く、それがまたとても味わい深き魅力になっています。「靴と結婚」にはシンデレラが出てきますが、これがまた唸るほどに見事!

 表題作「スペシャリストの帽子」もかなり変てこな話で、妙に不気味で忘れがたい読み心地でした。“八つの煙突”(エイトチムニーズ)と呼ばれる屋敷に、エイトチムニーズの歴史と詩人の生涯について本を書いている父親と一緒に住んでいる、双子の少女が出てくるのですが、この二人のお気に入りは〈死人〉になる遊びですし、そのベビーシッターは“あらかじめ死んでいる”らしい。
 そして結局、スペシャリストの帽子っていったい何だったんだろう…と、とり残されたように途方に暮れてしまう逸品でした。ああ、好きでした。

 これは解説にもありましたが、本当にとりとめもない夢の内容をそのまま文章化したみたいな物語たちばかりなのです。核心を捉えようとしても、指の隙間からするすると逃げ出しそうです。けれども其処のところの匙加減がまた絶妙なので、ただの夢物語のように退屈でも冗漫でもなく、もしかしたらどこまでも果てしなく広がっていってしまいそうな、人の意識の井戸を覗き込むような深みを湛えた物語たちです。
 (2007.10.5)

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