皆川博子さん、『妖櫻記』

 何て面白い読み物でしょう。ほぼ文字通りに血が沸いて(げ)肉が躍っちゃう(うげ)んだな…これが。 
 『妖櫻記』、皆川博子を読みました。

 実はおどろおどろしい内容を想像していましたが、ちょっと違いました。おどろおどろしいだけの伝奇ものとは違う、作品全体を突き抜けるある種の明るさ…を感じました。全身全霊で人を憎んだり愛したり、時にはがむしゃらに誰かを守ろうとしている。その潔さが清々しくて、不思議といっそ爽快でもあったのでした。
 なんていいますか…。ここに跋扈する怨霊やら呪術やらは、原初の荒削りで野蛮な力にこそ通じているから禍々しさはあまりないし、それ以上に力強く図太いのが人間たちのみなぎる生命力なのです。

 惨殺された玉琴の怨霊。恐れ知らずで、ひたすら己の欲望にのみ忠実な野分の野性美と残虐性。南朝の皇孫である立場を弄ばれ、常に無常観とともにある少年阿麻丸の数奇な半生。可憐な桜姫の魔性。
 残虐なのに憎めない悪党百合王や、一人で野分と玉琴の因縁の秘密を抱える忠義者兵藤太などなど…。個性的で魅力的な登場人物が多くて、皆の関係や思惑が複雑に絡み合う様がかなり楽しく読めました。
 
 あ、あと、真言立川流(『狂骨の夢』にも出てくる)の存在が絡んできたときには吃驚しました。いつも皆川さんの歴史ものは、そういう闇に葬られた存在を教えてくれます。そこに容赦なく描かれているのは、人の濁った欲望や、その欲望に操られた蒙昧な彼らの姿です。底知れない恐ろしさを突きつけてくるようで、ただただ圧倒されます。
 (2007.6.13)

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