明日の21日(火)はいよいよ大学での特別授業ということで、準備もいよいよ大詰めを迎えています。振り返ってみれば、こうやって「講師」を務めるのは久々の話です(※但し、塾の講師や学会発表・プレゼンを除きます)。
これまでブログにも書き綴っておりますように、学会発表や論文投稿をはじめ、色々なチャレンジをしております。これをブログ上では「矢を放つ」と書いておりますが、当然、ヒットするものもあれば、かすりもしない物もあります。何事にも当たり・外れがあるものです。
特に単発講座の企画講師の応募は何件か挑戦してきましたが、この講師関連については正直、連戦連敗です。そもそもこのような講師の募集自体がされていません。大都市圏ならともかく、地方都市ではそんなチャンスは都合よくは存在しません。
そんな事情もあって、当初は遠方(首都圏)の通信制私立大学で公開講座の外部講師(※大学が主催する市民講座の企画・講師です)を募集していたのを見つけて、「モノは試し!」と資料を送りましたが・・・なしのつぶてでした(まあ、仕方ない)。
それでは、と気を取り直して、今度は県内のあるカルチャースクールの講師募集に応募して、店長と面談して講座の企画を説明し、そのまま企画が即決で採用されて、実際に折り込み広告まで出して受講者募集までは行ったのに・・・開講日を目前にして中止が決まったり、と言った状況です。そんな中、声を掛けて下さったのが今回の大学の先生です。
前回(とは言っても一年以上も前に)、ようやく実現した私の市民講座を受講して頂き、私のことを覚えていて下さったのです。ありがたいことです。あの時、一歩を踏み出して良かった・・・あらためて、そう思いました。
あの後、前回の講座が終わってからというのも、このような気象分野の講師として活躍する機会はありませんでしたが、今ではとあるCATVの番組に電話出演と言う形で天気予報の解説を行う機会に恵まれました。これも形を変えた「講師」のようなものです。大切なポイントを、わかりやすく解説するためにはどうすべきか、この部分はいつも意識しているところです。
もちろん、自分が出演する際の解説原稿は、全て自分で書いています。日頃から「他者に対してわかりやすく解説する」という訓練(トレーニング)が出来ていないと、やはり(放送局や視聴者の皆さんにとって)「わかりやすい解説・原稿」を書くことはできません。
これからの時代を活躍する専門家(特に専門知識を活かしてビジネスを展開する専門職)は専門知識やスキルだけでなく、その専門的な内容を相手にもわかりやすく解説できる能力、つまり「説明能力・解説能力」が必要不可欠になると思います。
例えば、医療の世界で言う所のインフォームドコンセント(説明と同意)はその良い例でしょう。また、法廷の世界でも、裁判員制度の導入に伴って、弁護士と検察官がそれぞれに主張を述べる際に、従来のような専門家同士の内輪の議論だけではなく、素人の裁判員にもわかるように工夫することが求められています。
さて、これまでの社会人生活の中で、優秀な人材と呼べる方々に何人も出会ってきました。中には性格的には「?」という人もいましたが(笑)、それでも「この人は優秀だ!凄い!!」と思わせてくれる方々は、例外なく「プレゼンテーション」や「解説」は上手でした。ここぞという時の「心理的なアプローチ」を(ちょっと小憎らしいくらいに?)心得ている方もいらっしゃいました(このような方々は仕事のポイントをしっかり押さえた上で、自分なりにアレンジできているのです)。
つまり、いくら難しい知識を多く知っていても、それが相手に伝わらなければ、ただ単に「多くの知識は持っている人、難しいことを一杯知っているだけの人」という認識に留まってしまうでしょう。それだけでは、相手にとって「真に信頼できる、頼れる専門家」としては不十分ということです(少なくとも、ビジネス、特にサービス業という意味では)。
人間相手の仕事である以上、専門知識に加えて、人間のことも知る努力をしなければならない、ということです。多くの企業の採用(特に新卒採用)が「コミュニケーション能力」重視になっている背景も、頷けるような気がします。そもそもテクニカル・スキルはペーパーテストであったり、それまでの実務経験や学業経験、資格などを見て、現場の責任者が面接をすれば、ある程度はわかります。
また、少しずつでも、挑戦と成長を続け、発信と行動を行っていかなければ、新しいチャンスも、可能性も、オファーもやってくることはないでしょう。これらは全て人を通じてやってきます。問題はどうやってそのキーパーソンとつながるのか、です。もしかしたら、そのキーパーソンは自分にとって将来の友となり、または仲間となり、あるいは生涯を共にする存在となったりするかもしれません。
私が考えるのは、そのキーパーソンと共にタッグを組んで何をやってやろうか、ということです。今は幸い、インターネットを初め、SNSなども発達しています。身近な所から世界中まで多くの方々に自分の言葉を発信することができます。その中の何人かが私の言葉に触れて、その中の一人でも二人でも、面白い!と興味を持ってくれる所から始まれば良いと思っています。
もちろん、そうやって、何本もの矢を放ったとしても、ヒット率はなかなか低いものです。しかし、ゼロではありません。もしかしたら、忘れたころに意外な所にヒットしてしまうかもしれません。今回の大学の特別授業もこのケースです。
私は今でこそ、「講師」と言うものにチャレンジしておりますが、もともと勉強という点では、出来の悪い所からスタートしています。つまり、人一倍、いやそれ以上に物覚えが悪く、飲み込みが遅い段階を経験しています。
学生時代に初めて挑戦したクラス指導の塾講師では、毎回のように塾長からは厳しく鍛えられ、クラスを上手くまとめられずに悩み、もがいてきたものです。しかし、この経験は後に様々な場面で役に立っています。厳しい経験を通じて、自分なりの「わかりやすい解説」のコツを無意識の内に掴んでいたのです。これが後の人生のプレゼンテーション能力につながっていきます。
明日の特別授業が、受講者の皆様にとって、少しでもわかりやすく、実りあるものになれば良い・・・今はただ、そう思います。
幾ら種を蒔いて、水を与えても、すぐには芽を出しません。でも、時が経てば、少しずつ芽が出て、茎が伸びて、やがて花を咲かせて、実が成ることでしょう。しかしながら、種を蒔かなかったら、いつまで経っても、芽が出ることは決してありません。私は、少しずつ、少しずつ、種を蒔き続けています。
それにしても、なかなか芽が出てこないんだなあ・・・。
これまでブログにも書き綴っておりますように、学会発表や論文投稿をはじめ、色々なチャレンジをしております。これをブログ上では「矢を放つ」と書いておりますが、当然、ヒットするものもあれば、かすりもしない物もあります。何事にも当たり・外れがあるものです。
特に単発講座の企画講師の応募は何件か挑戦してきましたが、この講師関連については正直、連戦連敗です。そもそもこのような講師の募集自体がされていません。大都市圏ならともかく、地方都市ではそんなチャンスは都合よくは存在しません。
そんな事情もあって、当初は遠方(首都圏)の通信制私立大学で公開講座の外部講師(※大学が主催する市民講座の企画・講師です)を募集していたのを見つけて、「モノは試し!」と資料を送りましたが・・・なしのつぶてでした(まあ、仕方ない)。
それでは、と気を取り直して、今度は県内のあるカルチャースクールの講師募集に応募して、店長と面談して講座の企画を説明し、そのまま企画が即決で採用されて、実際に折り込み広告まで出して受講者募集までは行ったのに・・・開講日を目前にして中止が決まったり、と言った状況です。そんな中、声を掛けて下さったのが今回の大学の先生です。
前回(とは言っても一年以上も前に)、ようやく実現した私の市民講座を受講して頂き、私のことを覚えていて下さったのです。ありがたいことです。あの時、一歩を踏み出して良かった・・・あらためて、そう思いました。
あの後、前回の講座が終わってからというのも、このような気象分野の講師として活躍する機会はありませんでしたが、今ではとあるCATVの番組に電話出演と言う形で天気予報の解説を行う機会に恵まれました。これも形を変えた「講師」のようなものです。大切なポイントを、わかりやすく解説するためにはどうすべきか、この部分はいつも意識しているところです。
もちろん、自分が出演する際の解説原稿は、全て自分で書いています。日頃から「他者に対してわかりやすく解説する」という訓練(トレーニング)が出来ていないと、やはり(放送局や視聴者の皆さんにとって)「わかりやすい解説・原稿」を書くことはできません。
これからの時代を活躍する専門家(特に専門知識を活かしてビジネスを展開する専門職)は専門知識やスキルだけでなく、その専門的な内容を相手にもわかりやすく解説できる能力、つまり「説明能力・解説能力」が必要不可欠になると思います。
例えば、医療の世界で言う所のインフォームドコンセント(説明と同意)はその良い例でしょう。また、法廷の世界でも、裁判員制度の導入に伴って、弁護士と検察官がそれぞれに主張を述べる際に、従来のような専門家同士の内輪の議論だけではなく、素人の裁判員にもわかるように工夫することが求められています。
さて、これまでの社会人生活の中で、優秀な人材と呼べる方々に何人も出会ってきました。中には性格的には「?」という人もいましたが(笑)、それでも「この人は優秀だ!凄い!!」と思わせてくれる方々は、例外なく「プレゼンテーション」や「解説」は上手でした。ここぞという時の「心理的なアプローチ」を(ちょっと小憎らしいくらいに?)心得ている方もいらっしゃいました(このような方々は仕事のポイントをしっかり押さえた上で、自分なりにアレンジできているのです)。
つまり、いくら難しい知識を多く知っていても、それが相手に伝わらなければ、ただ単に「多くの知識は持っている人、難しいことを一杯知っているだけの人」という認識に留まってしまうでしょう。それだけでは、相手にとって「真に信頼できる、頼れる専門家」としては不十分ということです(少なくとも、ビジネス、特にサービス業という意味では)。
人間相手の仕事である以上、専門知識に加えて、人間のことも知る努力をしなければならない、ということです。多くの企業の採用(特に新卒採用)が「コミュニケーション能力」重視になっている背景も、頷けるような気がします。そもそもテクニカル・スキルはペーパーテストであったり、それまでの実務経験や学業経験、資格などを見て、現場の責任者が面接をすれば、ある程度はわかります。
また、少しずつでも、挑戦と成長を続け、発信と行動を行っていかなければ、新しいチャンスも、可能性も、オファーもやってくることはないでしょう。これらは全て人を通じてやってきます。問題はどうやってそのキーパーソンとつながるのか、です。もしかしたら、そのキーパーソンは自分にとって将来の友となり、または仲間となり、あるいは生涯を共にする存在となったりするかもしれません。
私が考えるのは、そのキーパーソンと共にタッグを組んで何をやってやろうか、ということです。今は幸い、インターネットを初め、SNSなども発達しています。身近な所から世界中まで多くの方々に自分の言葉を発信することができます。その中の何人かが私の言葉に触れて、その中の一人でも二人でも、面白い!と興味を持ってくれる所から始まれば良いと思っています。
もちろん、そうやって、何本もの矢を放ったとしても、ヒット率はなかなか低いものです。しかし、ゼロではありません。もしかしたら、忘れたころに意外な所にヒットしてしまうかもしれません。今回の大学の特別授業もこのケースです。
私は今でこそ、「講師」と言うものにチャレンジしておりますが、もともと勉強という点では、出来の悪い所からスタートしています。つまり、人一倍、いやそれ以上に物覚えが悪く、飲み込みが遅い段階を経験しています。
学生時代に初めて挑戦したクラス指導の塾講師では、毎回のように塾長からは厳しく鍛えられ、クラスを上手くまとめられずに悩み、もがいてきたものです。しかし、この経験は後に様々な場面で役に立っています。厳しい経験を通じて、自分なりの「わかりやすい解説」のコツを無意識の内に掴んでいたのです。これが後の人生のプレゼンテーション能力につながっていきます。
明日の特別授業が、受講者の皆様にとって、少しでもわかりやすく、実りあるものになれば良い・・・今はただ、そう思います。
幾ら種を蒔いて、水を与えても、すぐには芽を出しません。でも、時が経てば、少しずつ芽が出て、茎が伸びて、やがて花を咲かせて、実が成ることでしょう。しかしながら、種を蒔かなかったら、いつまで経っても、芽が出ることは決してありません。私は、少しずつ、少しずつ、種を蒔き続けています。
それにしても、なかなか芽が出てこないんだなあ・・・。