goo blog サービス終了のお知らせ 

軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

宇宙インフラ整備のための低コスト宇宙輸送技術の研究開発

2017-02-19 12:37:52 | 研究レビュー
宇宙インフラ整備のための低コスト宇宙輸送技術の研究開発
第23期学術の大型研究計画に関するマスタープラン
(マスタープラン2017)採択
(公募は2016年)


 軌道エレベーターの構築を念頭に置いた研究開発案「宇宙インフラ整備のための低コスト宇宙輸送技術の研究開発」が、日本学術会議の「第23期学術の大型研究計画に関するマスタープラン(マスタープラン2017)」に採択されました。多分野の連携により、段階を経て将来の軌道エレベーター実現を模索する内容となっています。この記事は宇宙エレベーター協会(JSEA)と内容の多くが重複しますが、今回はJSEAの立場では言いづらい毒舌も若干書き足して紹介しようと思います。

1. 概要
 最初に断っておきますと、計画を実施すると決定したわけではありません。日本科学学術会議は1949年設立の内閣府の諮問機関。マスタープランは、研究・実験プランを広く公募し、この中から同会議で重要性のあるものを選び、国への提言としてまとめるもので、平たく言えば「全国の研究者から寄せられた研究プランの中で、これらが有望・有益そうですよ」と国に示すといったところです。今回の「宇宙インフラ──」(以下「本案」と略記)は、カテゴライズされている「学術大型研究計画」(区分Ⅰ)だけでも163件ある公募プランの一つです。この中から予算を得て実施されるものもあり、当サイトで紹介した「STARS-C」も、2014年のマスタープランに採択され、その後予算化されたものの一つです。

 本案は、エネルギー問題解決の道筋をつけることを理由に、軌道エレベーターと、高高度の高速航空機の研究開発を同時並行で進め、両者を結びつけた、宇宙からエネルギー・資源を獲得する総合的な輸送システムの構築を提案しています。
 本案では、現代のエネルギー資源の枯渇は時間の問題であり、人類社会の持続的発展には、宇宙太陽光発電(SSPS)による地上への送電などの「エネルギー供給手段にイノベーションを興す必要がある」と強調。その手段の一つとして軌道エレベーターを挙げ、SSPS以外にも衛星の軌道投入や、月からの資源輸送などに利用できる、としています。
 ただし軌道エレベーター(この場合は静止軌道エレベーター)実現までには時間も手間もかかるため、それまでの間、小型の軌道エレベーターの開発を進め、サブオービタルフライトが可能な航空機などと組み合わせた「ハイブリッド宇宙エレベーター」なるものの開発を提案しています。
 本案で提唱しているハイブリッド宇宙エレベーターは、主に

 (1) 地上に接しない小型の軌道エレベーター
 (2) 有翼型往還機などのスペースプレーン
 (3) 成層圏プラットフォーム

 ──という三つの基本要素で構成されています。以下、この三要素について概説します。

2. 主な内容
 (1)の地上に接しない軌道エレベーターというのは、回帰周期が地球の自転と同期せず、地球周回軌道を周りながら、その両端の高度に相当する軌道の間で、接舷した質量を輸送するものです。
 (2)は、大気圏内と宇宙空間の両方を飛行する機能を持つ往還機で、ジェット/ロケット複合エンジンを搭載した有翼2段式往還機(TSTO)などを挙げています。知られているところではヴァージン・ギャラクティック社のスペースシップ1・2などもこの仲間と言え、さらに発展させて低軌道域まで到達させるといったところでしょうか。
 (3)は、高度数十kmにバルーンなり飛行船なりを係留し、地上との間でエレベーターシステムを設けるもの。




 本プランではミッションの一例として、(3)の成層圏プラットフォームに(2)の往還機を運んで、そこから自由落下による初期加速を経て低軌道域まで上昇させ、(3)の非同期型の軌道エレベーターに接舷、クライマーで荷物なり人なりを運ぶという案を図示しています。(3)は(2)の機能次第ではスルーすることも可能で、これに似た構想は、下図のように軌道エレベーターの研究史において20世紀のうちに打ち出されており、静止軌道エレベーターへの過渡期のシステムとしては、特に新しい発想ではありません。



 (1)は静岡大や日大などの「STARSプロジェクト」、大林組が打ち出した「宇宙エレベーター建設構想」、(2)の航空機は九州工大の有翼ロケット実験機計画をはじめ、各大学や宇宙航空う研究開発機構(JAXA)などの機関が研究中。(3)も静岡大や日大などが取り組んでおり、これらをミックスさせて一体的に進めていこうという主旨になっています。
 また本案では、社会科学的な考察の必要性もうたっていて、科学面以外での評価を行い、取り入れていくとしています。

 「実施計画表と将来計画」では、2050年をゴールとしていますが、これは大林組が掲げる「2050年」に気を遣った結果でしょう。また本案の予測シナリオの中には、「軌道エレベーターは実現しない」というシナリオもあり、その場合は、この回答にいきつくまでの技術の蓄積による低コスト手段確立やスピンアウトの意義を説いています。
 こうしたプランの推進に、軌道エレベーター関連で200億円、航空機500億円、社会科学に1000万円が必要であるとし、総額約700億円を見積もっています。

3. マスタープラン裏事情
 本案は、軌道エレベーター分野にとっては、すでに研究実績もあって権威や信頼性、歴史も持つ往還機分野などと組むことで、夢想じみて受け取られがちな軌道エレベーターの学問を、現実的な土俵に上げて評価してもらえるというメリットがあると言えるでしょう。実施されるかはまだわからないですが、総合プランとして国に訴えようという動きにまで至ったのは、素直に喜びたいところです。

 しかし色んな業界の方々が口をそろえて言っていたのですが、マスタープランは実質的に、科研費争奪戦コンペのプレゼンテーションであり、それはもうドロドロした政治的駆け引きの世界でもあるのだそうです。研究者は自分が打ち込む研究のお金が欲しい。政治家や官僚をその気にさせて予算をぶんどってくる内容であれば、そこに乗っかって研究費がもらえればありがたいわけです。そして軌道エレベーターは、まだ海のものとも山のものともわからない段階ですが、理論上は低コストなど売りが多いのは紛れもない事実ですし、話題性として「華」がある。

 本案においても、軌道エレベーター以外の分野は、その華のある話題を取り入れることで話題性や研究の伸び白を得られる、翻って軌道エレベーター分野にとっても、実績ある分野と組んでスクラム交渉ができる、といった相互利益を計算に入れた生存戦略なのだろう、と推察しています。「エネルギー問題解決のために低コストの宇宙輸送システムが必要」というのは、その合致した利益に目的を与える後付けの理屈であり、お上への説得材料としている。本案に目を通していると、そういう各方面への色んな配慮というか苦労のようなものを、ひしひしと感じるのです。代表提案者を元日本航空宇宙学会長の青木隆平氏としているところも、ネームバリューから当然といえば当然の選択ですが、影響力を考慮していると思われます。

 さらに邪推してしまうと、軌道エレベーター関連の見積もり額が航空機の半分以下というのは、一見軌道エレベーターを表看板として注目を集めるのに利用しつつ、本案で実験を握る主役は航空機分野の方なのではないか? という気もします。仮に予算が降りて研究が進めば、非常に巨大なシステムゆえに、現在は想像もしていない道の課題が山ほど出てくることは必定。大幅な修正の可能性もありますし、また各要素技術、特に軌道エレベーターに関しては実測値というものがほとんどないので、進捗次第で各分野の結合が失われることも十分出てくるでしょう。
 本案では、10年で「着手可能」なステージにまで持っていくことを目安としている一方で、「達成困難な場合には、その場合のシナリオにあった計画に見直す」と述べられています。それは次の10年につなげるための余白であると同時に、軌道エレベーター分野がお役御免になってほかの分野に占められていく含みを持たせてあるようにも見えるのは、うがちすぎでしょうか? しかしこれだけ多分野がかかわっていると、本案の枠組みの中での予算やヘゲモニーを巡って対立が生じ、使い捨てられるおそれをつい懸念してしまうところです。

4. 結び
 とはいえ、もとより軌道エレベーター分野は、あまりにも多岐にわたる技術を要する以上、全体としては大風呂敷で、少々強引にでも進めていかなければならないテーマであることは間違いありません。実測値などをほとんど持たない軌道エレベーター分野は、今は利用されてでも実績を上げていかなくてはなりません。どうも今までお行儀良すぎた一面もあって、もっとガツガツと野心的になる必要がある、とも思っていました。マスタープランにエントリーするというのは、そういう生存競争に参加することあり、他分野と共闘して生き延びていかなくてはいけない。
 その意味では大風呂敷上等でもあります。邪推が過ぎましたが、こうした実際に研究に取り組んでいる主体のタッグによる提案に結実したことを素直に喜び、実現につながることを祈るばかりです。今後マスタープラン関連では、6月に文部科学省の「ロードマップ2017」が策定される予定になっています。今後も行く末に注目していきたいと思います。
 マスタープラン2017については、日本学術会議のホームページで閲覧できます。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(解説)STARS-Cのミッションと意義

2016-12-28 19:35:54 | 研究レビュー
(この記事は、宇宙エレベーター協会ホームページと重複します。ていうか、このブログ用に書いたものを向こうに転用したのですけどね)

 皆様ご存知の通り、初の軌道エレベーター(宇宙エレベーター)の実験衛星「STARS-C」を載せた輸送機HTV(こうのとり)は12月9日にH2Bロケットで打ち上げられました。さらにその後、ISSの日本実験棟「きぼう」から軌道上に放出。現在地球周回軌道上を公転しています。
 この事実はメディアにも取り上げられましたが、この小さな衛星が、軌道エレベーターと何の関係があるのか? 何ができれば「成功」と言えるのか? 意外とわかっていない方も多いのではないでしょうか。各メディアが報じるニュースも、その辺を今一つ理解していないような内容が多い。そこで今回、包括的に解説したいと思います。



1.概要と意義
 STARS-Cは、発表資料等の言葉を借りると「宇宙エレベータ(ー)実現に向けたテザー進展技術実証衛星」です。「テザー」は「ケーブル」と同義と理解してください。名称は "Space Tethered Autonomous Robotic Satellite-Cube" の略で、公募により「はごろも」という愛称が付けられました。二つの超小型衛星が軌道上で分離し、間に100mのテザーを伸ばします。軌道エレベーターを実現する技術を確立していく上で、これに何の意味があるのでしょうか?
 軌道エレベーター建造を、川に橋を架ける作業に例えるなら、「誰も渡ったことのない川に橋を架けたいが、橋脚を立てようにも川の深さも流れの速さも未知数。どうなるかやってみないとわからない。まず小舟を出して、小さな柱を試しに立ててみよう」といった感じでしょうか。この小舟がSTARS-Cであり、柱を立てられるか、立てた小柱がどんな影響を受けるかを調べるのが今回のミッションです。そしてテザーを伸ばすという行為は、軌道エレベーターの実際の建造の際に、最初の段階で行う作業になると予想され、いわば「建造本番」では、これを下端が地上に届くまでずーっと伸ばし続けるわけです。つまりSTARS-Cのミッションは、軌道エレベーター実現のための最初期の条件を見出す、基本中の基本の実験と言えます。ミッションの成功条件とでも言うべき目的は

 (1) テザーを100m展開させること
 (2) テザーの展開を制御すること
 (3) 展開させたテザーと衛星の振る舞い(挙動)を把握すること

 ──以上のデータの獲得・解析が挙げられます。

 実はSTARS-Cの前に、「STARSプロジェクト」として、同様のテザー展開衛星「KUKAI」(2009年打ち上げ)、「GENNNAI」(2014年同)が軌道投入されていますが、電力不足でテザーの伸展データが得られないなど、いずれも「テザー衛星として信頼性あるデータ取得までには至っていない」(静岡大)状況であり、何よりも軌道エレベーターの実験として銘打ったミッションは、世界でも最初となります。
 今計画は2014年に政府の諮問機関・日本学術会議の「学術の大型研究計画に関するマスタープラン」に採択されたもので、プロジェクトには静岡大学のほか日本大学や大林組、協会主催の「宇宙エレベーターチャレンジ(SPEC)」の常連「チーム奥澤」、そして宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが参加しています。


2.機体概要とミッション

 STARS-Cは、1辺10cmの立方体が二つ(親機と子機)くっついているのが初期状態です。親子はそれぞれ太陽電池パドルを装備しているほか、ケブラー製テザーを伸ばすリール機構、地球磁場を利用した姿勢制御機構「磁気トルカ」、GPSやカメラ、ジャイロなどを内蔵しています。大まかなミッションは次の通り。

 (1) 国際宇宙ステーション(ISS)からの放出
 (2) パドル展開と親子分離
 (3) テザー伸展
 (4) テザーを伸ばした状態での軌道周回とデータ取得

 以下、ミッションの各フェイズを詳説します。

(1) ISSからの放出
 STARS-Cは12月19日に軌道上に放出されました。「きぼう」には超小型衛星放出機構「J-SSOD」が取り付けられるようになっており、STARS-Cなど超小型衛星を打ち上げ前にJ-SSODに箱詰めにしたものをセットし、バネの力で放出されます。ちなみに放出機構には50kg級の衛星用もあります。角度はISSの後方、下向き45度で放出されます。このため軌道傾斜角(地球赤道面に対する軌道の角度)はISSと同じ51.6度で、ISSより少し下から追随するような軌道に乗ったことになります。これはSTARS-Cだけでなく、ほかの放出衛星にも共通する軌道要素で、長期的にはISSの軌道と交差するのですが、JAXAによると、放出された衛星は100~250日程度で、交差前に大気圏に再突入するとのこと。
 
(2) パドル展開と親子分離
 親機と子機は、それぞれ側面に太陽電池を備えているほか、10cm×20cmの電池パドルを展開します。そして、親子の結合を保つテグスをニクロム線で過熱して切断し、バネの力で分離してテザーを展開します。分離後の親子の位置はGPSで測定するほか、親機と子機で異なるアマチュア無線電波を発信し、受信した電波の差からも推定できるとされています。



(3) テザー展開
 上記の手順で分離した親子の間で、テザーを100m伸ばした状態で安定させます。これがうまくいくかが本ミッションの最重要事項と言えるでしょう。なぜそれほどまでに重要かつ困難なのか?

■リバウンドの問題
 一言でいうと、「宇宙には足場がないから」です。宇宙空間の軌道上では、何をしても反動がそのまま返ってきて、「踏ん張れない」のです。波のないプールで2艘のボートうちの一つに乗っていたと想像してください。もう1艘を手で押したら、反動で自分の方も反対方向に動いてしまいます。さらに2艘が紐でつながれていたとしたら、長さの限界まで2艘が離れると紐がピンと張って、今度は反動で2艘がお互いに引っ張られたりします。 STARS-Cもテザーを伸ばす反動で、親機と子機の間にこのような現象(リバウンド)が生じ得ます。このため、STARS-Cはリバウンドの回避策として、テザーの伸展速度を制御し、初速2m/sから徐々に減速させていくことを予定しています。リバウンドせずにテザー展開を終了させられれば「ミッションサクセス」とのこと。

■コリオリの問題
 今一つの問題にはコリオリが挙げられます。仮にSTARS-Cが、きちんと地上の方向(下)に対して直立するような状態で分離できたとして(ここでは親機の位置を「上」と仮定します)、分離してテザーが伸びていくにつれ、親機は西側に、子機は東側に流れていきます。位置エネルギーが運動エネルギーに変化する、すなわちコリオリの力でこのような現象が起きます。これにより、軌道エレベーターの建造初期の段階では「エレベーターが横に寝てしまわないか?」という現象が、課題の一つとして指摘されています。



 テザーを長く伸ばせば、全体に働く重力傾斜(地球の引力と軌道上公転の遠心力による位置エネルギー)がコリオリの力に対して勝り、茶柱が立つように安定していくと考えられているのですが、そうなるまできちんと伸ばせるかも、STARS-Cにとっての一つのハードルと言えます。そもそも最初の結合状態で回転運動をしていますので、磁気トルカで向きを上下に安定させるまでの過程も、クリアしなければならない課題です。
 開発に携わった方々の試算では、テザーを展開しきれば、2.5×マイナス10^4N(ニュートン=力の単位で、1Nは1kgfの質量に1m/s^2 の加速度を与える力)の重力傾斜が作用し、コリオリを解消できるとしています。
 こうした課題はISSからの放出時の初期状態にも相当左右されるはずであり、未定・未知の要素も多く、まさに「やってみないとわからない」から挑戦するわけです。

(4) テザーを伸ばした状態での軌道周回とデータ取得
 上記(1)~(3)を経て、機体は「軌道周回モード」に移行し、親子の軌道上の運動、そして何よりもテザーの挙動のデータを取得していきます。ここからも、きちんと上下方向を保った姿勢で地球を周回できるかが問われます。
 JAXAでの記者会見で静岡大の山極芳樹教授が述べたところでは、分離前に姿勢を制御して安定するまでに約1か月。分離とテザー展開は数分で終わり、その後1か月ほど観測・解析を続けた後に大気圏に再突入する見込みで、放出後の衛星の寿命は2か月程度になるそうです。ここで得られるデータは、研究の発展と将来の実現に向けて参考にされる、貴重な数値となるでしょう。

 
3. 終盤イベント
 今回のSTARS-Cには一般市民が享受できる余興があります。一つは親子の位置関係を測定するための電波を、アマチュア無線で誰もが受信できることで、コールサインは親機が「JJ2YPS」、子機は「JJ2YPL」です。そしてミッションが成功しようとしまいと、最後は大気抵抗で高度が落ち、再突入して燃え尽きるわけですが、最後に余興として、再突入の様子を光学観測することを、一つのイベントとしてアピールしています。上記の「GENNNAI」のミッション時と同規模の全国的な観測体制を今回も整え、観測したいといい、「二つの物体がそろって流れ星になる様子は珍しいはず」と山極教授。その時の位置が日本上空になるとは限りませんが、可能であればぜひ観測したいものです。


4. 結び
 以上詳説してきましたが、宇宙エレベーター協会を立ち上げてから8年。当初は世間はまったく相手にしてくれなかったことを考えると、宇宙空間で実験を行う時がこんなに早く訪れるとは思ってもいませんでした。しかもそれを日本が実施するとは。STARSプロジェクトでは、展開したテザーの間を小型のクライマーが行き来する「STARS-E」も開発中で、完成が待たれます。
 超小型衛星による小規模な実験ですが、STARS-Cが実際に打ち上げられたことは、理論が公の実行動に昇華した一つの転換点であり、大きな一歩として「軌道エレベーター史」において外せない出来事になることでしょう。これを機に、研究がさらに進んでいくことを祈るばかりです。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

専門書・論文レビュー(7) 大林組「宇宙エレベーター建設構想」

2015-01-18 13:25:08 | 研究レビュー
大林組「宇宙エレベーター建設構想」
大林組プロジェクトチーム
(2012年)


はじめに
 本稿は、2010-11年度宇宙エレベーター協会(JSEA)で、大林組の「宇宙エレベーター建設構想」を取り上げた特集記事に、わずかに手を加えたするものである。発表当時にこのサイトでストレートニュースとして紹介したが、現在もなお閲覧数の上位を占め続けていることから、詳細解説にも需要があると考え、「専門書・論文レビュー」のコーナーで再掲することした。(全体図を除く画像はいずれも大林組提供)
 本構想は軌道エレベーター(構想内での名称は「宇宙エレベーター」。以下OEVと略記)を総合的に検証した仮想のプランではあるが、建設会社が提出する一つの施工計画書であり、発注者に見せる青写真であり、提供できる体制の内訳である。この点が従来の研究成果とは異なるところであり、面白い点でもある。"建設屋さん"の視点や発想が巧みに盛り込まれていて説得力もある。本構想が広くニュースとして話題となったのは、「あの東京スカイツリーを造った企業が『OEVを造れる』と言った」ということが、ふだんOEVになじみのない人たちの興味を誘い、現実味を感じさせたことも理由の一つだろう。


1. 大まかな構造
 同構想を紹介まとめた、石川洋二氏を初めとする「大林組プロジェク」のチームは、OEVを次のように定義したという。
 「直立したケーブルに沿って、クライマーという乗り物が昇ったり降りたりする、未来の宇宙交通・輸送システム」
 これに基づき提案するモデルは全長約9万6000km。静止衛星軌道(高度約3万6000km)を挟んで2本のカーボンナノチューブ(CNT)製ケーブルが地上と宇宙を結ぶ。B.C.エドワーズ博士らによるプランを基礎とし、名称の一部も準じている。その概観は『宇宙旅行はエレベーターで』(オーム社)や"The Space Elevator" などで述べられている。

 エドワーズプランも具体的な建造手順に言及しているものの、同社の構想は、建設会社が提供しうるノウハウで、可能な構造と造り方をまとめた、より現実的なものとなっている。また「実際に施工する観点からエドワーズ案を見直すと、工程全体に不明の部分が数多くあり、検討を要する」(38 頁)と本文中にあるように、私たちが『宇宙旅行─』などを読んでも把握できなかった(それでいて深く考えず、受け流していた)部分に考察を及ぼしている。
 民間企業によるOEVというと米Liftport Group を思い出すが、完成見込みを先延ばしし、見通しは明るくない。大林組の方が遥かに実現に近いと言える。以下、地上から宇宙へ昇っていく順序でOEVの構造を見ていく。


2. ケーブル調整機能を備えたアース・ポート
 概観だが、各部の独創性が光る特徴に重点を置きながら、若干の考察を加えたい。地上基部となる「アース・ポート」は赤道付近の海上に設けられた、セミサブ式メガフロート。空港や長期滞在施設などの拠点機能は陸上に置き、海中トンネルで結ばれている。人工島を海上橋で結んだ関西新空港などをイメージすれば良いだろうか。アース・ポートは内部にクライマーの発着施設や工廠などを備え、人々はここから宇宙へ向かうことになる。
 ここの設計におけるアイデアで注目すべきは、ケーブルの調整機能を備えている点。浮体下部(図の中央部付近)にバラストタンクを擁し、負荷や外部から加わる力などに応じてケーブルが伸縮した際、注排水してケーブルのテンションを最大400tまで調節できる。
 今回の構想策定において、プロジェクトチームはとりわけケーブルの挙動解析に重点を置いたという。施工や運用において大幅にケーブルが伸びるといった問題に対応したこの機能は、これまでになかった斬新な発想だ。海水を利用して、ケーブルの振動をある程度吸収できる免震機構に似たシステムを備えているほか、係留をパージして移動も可能。これから見ていくことになるが、建設会社ならではの経験に裏付けられたアイデアが盛り込まれている。


3. 精密なケーブルの挙動解析
 OEVの背骨とも言えるケーブル(引っ張り強度150GPa)を、6両編成・全長144m のクライマー(定員30人)が、レーザーによるエネルギー供給で昇降。先述のように、チームはケーブルがいかに揺れ動くかの予測に注力し、共振しないよう考えを搾り出した。空気抵抗や高度による温度差、クライマーの自重や昇降時の反動、月や太陽の引力など、多岐にわたる要素でケーブルは伸縮、屈曲する。このため精密なシミュレーションを行って挙動を予測したという。
 結果として、カウンターウェイトを重く設定して引っ張り上げる力の方を強くし、逆さ振り子のように揺れに対する復元力を持たせ(この原理はエドワーズプランも同様)、さらに先述のアース・ポートの調整機能などを考案。これにより、施工段階から様々な理由で生じる偏差を吸収し、ケーブルが一定の長さを保ちながらクライマーが昇れるシステムを構築している。
 OEVのケーブルは、料理で言えばラーメンやパスタの麺にあたる不可欠の部材でありながら、その振舞いについて、ここまで集中して考察したものは稀有だ。OEVの研究の多くは、十分な強度を持つCNTが存在するという仮定の下で行われている。「素材が完成したら」という前提は本構想も同じだが、ケーブルの伸縮という、OEV実現の上で必ず直面する大問題に対し、具体的な一つの回答を提出している。


4. 静止軌道部はユニット結合で拡張可能
 静止軌道ステーションは、ケーブルに負荷をかけずに設けられ、周囲に浮かぶ太陽光発電設備から、レーザーとマイクロ波のハイブリッドでOEV や地上に送電。
 おさえるべき点を程よくおさえたという感じだが、その造り方と増設性が面白い。静止軌道に通常50人が滞在し、そのために必要な空間を1万3200立方mと見積もり、ユニット化したインフレータブル式の小部屋の集合体でこの空間を確保した。幅3.6m、長さ10~15 m程度の三角に畳んだユニットを、クライマーで牽引して搬送。宇宙空間でこれが膨張して六角柱の形となり、体積はおよそ6倍に増えるという。これをらせん状に近い形で配列するほか(下図参照)、直線的なトンネル状の連絡路も設けている。
 本構想では66ユニットとしているが、必要に応じて増設が可能。重力の制約をほぼ無視できるため、理屈の上では際限なく拡張できる。「膨らませて、つなげて、捻って出来上がり」という感じでユニットが増殖していくので、施工時に、宇宙船で言う船外活動を極力少なくしているほか、老朽化したユニットの交換も容易。「人間が住む所に我々が行ってインフラを造り、快適な環境を造る使命がある」(同社)という、顧客のニーズに応じた多様な空間を提供するサービス精神の賜物かも知れない。
 ステーション周囲の太陽光発電設備は同期して周回している。この高度の周回速度はすなわち軌道速度であるため、周囲に浮かせておけばいいわけだ。大きさが5km×10km、発電能力5GWで、地上への送電も視野に入れているそうだが、これも原理上いくらでも拡張でき、OEVの必須アイテムと言っていい。


5. 各種付帯施設
 静止軌道を挟んで、様々な施設が取り付けられる。高度3900kmの位置に火星、8900kmに月と同じ重力環境をそれぞれ体験できる「重力センター」が設けられ、2万3750kmには人工衛星の軌道投入ゲート。この高さから衛星などを投下すれば、高度約300kmの地球周回軌道に乗せることができる。
 さらに5万7000kmの位置と、カウンターウエイトを兼ねた末端部には、それぞれ火星、木星や太陽系外へ質量を送り出すカタパルトを備え、OEV自体の運動エネルギーを利用し、宇宙船や探査機などを放出する。火星へはOEVから接線速度でそのまま放出、木星へは放出後にわずかな加速をすることで、各惑星の公転軌道に接するホーマン・トランスファができる。軌道傾斜角などの微調整は必要だが、宇宙船などは自力で初期加速する負担がほとんどなしで、外惑星へと旅立つことことになる。
 こうした施設は宇宙開発を躍進させ、人類の宇宙進出のための格好の練習場や港となるだろう。今やOEV研究において、当然期待できる付加価値となっている。


6. 運用
 静止軌道ステーションなど居住区の生命維持や運用思想は、国際宇宙ステーションに準じつつ、地上からの輸送コストの低減と技術開発の進展を考慮に入れた上で、次のように構想しているという。以下は基本データ。

 ●静止軌道ステーション
  飲用水:廃棄水から約100%再生
  空気:二酸化炭素から酸素を約100%再生
  食糧:地上からの輸送を中心に、一部植物
     栽培、藻類栽培など
  廃棄物:地上へ輸送

 ●その他の付帯施設
  基本的に地上から輸送
 ・クライマー
  水12t、空気0.5t、食糧1t(ステーション及び他の付帯施設用を含む)を地上から輸送し、2.5日おきに出発


7. 建造方法
 建造の仕方は標準的なブーツストラップ式。ケーブル素材と作業用宇宙船をロケットで打ち上げ、静止軌道上からケーブルを地上に向けて繰り出しながら宇宙船が上昇。9万6000kmにわたるプライマリーラインを敷設するもので、宇宙船とケーブル先端の推進装置が引っ張り合うことで姿勢維持に役立てるなど、やはりケーブルの挙動に細心の注意を払っているのがうかがえる。
 あとは最初の1本を足がかかりに、時速40kmで最大8台の作業用クライマーが同時にケーブルを増設、その後付帯施設を運搬・設置する。作業用クライマーが1台発進する=懸架されるたびに生じるケーブルの伸縮を、アース・ポート側で調整・解消しながら運行する。ケーブル全長を9万6000kmとしたのは、この調整の範囲内で運行可能な作業用クライマーの間隔(1万2000km)の倍数になるからだという。
 基本的な手順はエドワーズプランに則りつつも、作業用クライマーの速度を遅く設定しているほか、上昇すれば重力が減少しケーブルへの負荷が減ることなど、施工に影響する各要素を考慮し、無理のない建造ペースを打ち出している。
 チームはこのようなやり方で、2050年にOEVを建造可能と位置付けて工程表を示し、基本的に、日本が有する技術の延長で本構想を実現できるとしている。 
 なお記事中には記載されていないが、建造費は今後の技術発展を視野に入れた上で約10兆円とみなしているという。内訳は次の通り。

 初期ケーブル打ち上げ費用:7,000億円
 CNTケーブル費用:1兆円
 その他(地上施設、建設用宇宙船・クライマー、運用クライマー、静止軌道ステーション等各 付帯施設など):9兆円


8. 残された課題
 概観したが、既存の理論から依然として残る課題もある。チームは主な課題として次のような点を挙げている。

 ・ケーブル素材の実現
 ・クライマーの駆動技術
 ・エネルギーの伝送技術
 ・帰還時の放熱
 ・安全性その他

 また個人的にかねてから疑問に感じていた点もある。本構想ではケーブルを20年ほどかけて少しずつ増設していくが、完成までに1本目と最後のケーブルの損耗度の差が強度のバランスを乱さないか、高度による疲労度のムラも悪影響を与えないか、などと気になった。加えて、今回の構想の対象外ではあるが、10万km近い行程を行き来するクライマーの耐久性などもあるし、大気圏内と宇宙空間での仕様の違いも大きな課題だ。
 施工途中にデブリが衝突するといったトラブルについては、たとえば静止軌道ステーションは、必要に応じて切り離すなど、構想に取り入れた仕組みなどを利用できるかも知れないが、今回は本格的な考慮から外しているという(同社CSR室)。
 こうした、同社の専門外の点や不確定要素の多い問題については、各分野の専門家に任せるとして、本構想では遠慮なく切り落としている。各要素技術の成熟はそれぞれの道のプロの肩にかかっているので、本構想に触発されて各分野が幅広く活性化し、より発達した技術を持ち寄れるような相互作用が望まれる。


9. 世間の受け止め方について
 誤解してはならないのは、同社が実際にOEVを造ると決めたわけではないということである。今回、間違ったニュースでそう受け止めた人は多いようだ。ネット上で「大林組、2050年までに宇宙エレベータ造ると発表」といった見出しが今も目立つが、この点は誤解が広まっている。
 ゼネコンである以上、事業のプランナー、建設資金を出すスポンサー、発注者もろもろがいて、初めて出番が来る。同社の仕事は、必要な技術や動員可能な人員、構想力を駆使して、可能な限り注文に応えることである。この点は、どこかの国家なり金持ちなり、本当に発注してくれる実力者の登場が待たれる。


10. 結び
 「なんてカッコいいんだ」。私情だが、本構想の印象はこれに尽きる。2012年1月、同社を訪れて完成予想図を拝見した時、機能美と知性、完成度の高さを感じた。
 記事を読む時、人は文章の前に見出しに、見出しの前に写真や絵にまず目が行く。その印象次第では結局読まないままのこともある。OEVを広く理解してもらうには、見る人を理屈抜きに誘い込むインパクトが必要なのだ。本構想OEV像には、詳しく知りたいと好奇心をかきたてられた。「自分でこれを造りたい」とときめいて研究者や技術者になる人も出てくるかも知れない。「本構想の完成予想図は、有名なNASAのイラストと並び、今後OEVといえばヒットするキービジュアルの一つになる」と、本稿の最初の発表時に書いたが、果たしてその通りになった。
 数多くの実績と信用を持つ民間企業がOEVの構想を打ち出したことは、世間の耳目を集め、大きな説得力をこの分野に与えてくれた。同社は「現実に造るかどうかわからないが、建設会社に何ができるかを示した」と話す。この構想力を生かせるキャパシティと気概を社会が持ち、実現へ向かう動きが起きることに期待したい。
 建設のプロフェッショナルによって提示された発想や工法、シミュレーション上のパラメータなどは、今後の多くの研究に引用され、さらに発達を遂げるに違いない。OEVの歴史に欠かせない成果を日本の企業が示したことに、確かに時代が変わりつつあると実感する。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

専門書・論文レビュー(6) 宇宙エレベーター -宇宙旅行を可能にする新技術-

2010-04-11 11:38:56 | 研究レビュー
宇宙エレベーター
-宇宙旅行を可能にする新技術-
石川憲二
(オーム社 2010年)


(今回から取り上げる著作の目次を文末に記載します)
 科学ジャーナリストの石川憲二氏による、最新の軌道エレベーター(文中では「宇宙エレベーター」。以下、この表記に合わせる)専門書。
 日本で一般に手に入れやすいもののうちでお勧めできる、あるいは必読と言える専門書としては、「軌道エレベーター -宇宙に架ける橋-」(早川書房)、「宇宙旅行はエレベーターで」(ランダムハウス講談社)がこれまで双璧だったが、新たな1冊が加わった。私はこの3冊のうちで、「軌道エレベーター」で基礎や歴史を知ったその次か、あるいは最初に読むものとして本書をお勧めしたい。

1.技術面の情報が豊富
 エレベーターのモデルとしては、本サイトの定義でいうところの、2.5世代あたりの静止軌道エレベーターに主眼を置いているらしい。基本原理や歴史についての紹介はほどほどで、副題にある通り、技術面における宇宙エレベーターの詳細な検証に重点を置き、各分野の問題点、課題もおさえている。
 とりわけ、現代の航空機の安全基準を踏まえ、「ガイドレールは想定される最大荷重の4倍に耐えられる強度をもつように設計する」(116頁)といった独自の提案や、月の資源活用を視野にいれた建造意義の考察、エレベーターの各部で必要だと思われるシステム一覧などは、個性的で興味深い。
 頁下には注釈や文中で使う専門用語の解説を添え、各項目の情報を補っているほか、著者独特のツッコミもあり、読んでいて顔がほころぶ記述も多い。著者の石川氏は、ナノ技術に関して豊富な取材経験を積んでいるようで造詣が深く、素材に関する情報はかなり力が入っていて、ここは、私を含む専門外の人にはけっこう難しいかも。。。

2.現在の研究動向は触れず
 一方で、欧米での研究や国際会議などの動向、日本における宇宙エレベーター協会(JSEA)の活動などの、いわば最新情報は大胆に割愛している。この点をどうとらえるかは読者の目的意識によって意見が分かれるだろうが、協会の立場を離れ、物書きの端くれととして言うと、正しい判断だと思う。
 いわば「宇宙エレベーター業界」の、現役研究者らアクターを細かく紹介していると(別の言い方をすれば、あちこちの顔を立てていると)、非常に書きづらくなる。内容が早く劣化してしまうし、著者の持ち味も殺されかねない。これまでJSEAからも本を出したいという構想がありながら、実現してこなかったのはこの理由(つまりJSEAに気を遣いすぎるということ)もあったかも知れない。

 こうした作り方をした結果、初刊から10年以上が経過し、原典的な位置づけにある「軌道エレベーター」と、(遠慮なく言うが)分厚すぎて後半が冗長な「宇宙旅行─」の両書の良いところを適度に包含し、独特の味わいも深いものになり、「軌道エレベーター」の後継となる1冊がついに登場したという感触を抱いている。少々値は張るが、豊富でバランスのとれた情報の質と量は保証できる。

 個人的には、もちろん意見が異なる点もあり、特に安全保障を含む国際的なすり合わせについて、「人類共有のインフラだという位置づけを明確に」(126頁)するというあたりはやや楽観的で、それを最大の障害と考えている私から見ると、「そんなに簡単にことが運ぶかなあ?」と感じる部分もある。しかしこれは著者の持ち味だろう。
 ほかに私が深刻視している、運用中の人工衛星との衝突の問題については、回答の一つとして成層圏プラットフォームによる機能の代替を挙げていて、「おお、そう来たか」と膝を打ってしまった。

3.読者目線
 だが情報量や考察の深さ以上に、本書の一番の特長は「読者目線」ではないだろうか。前掲の2書はやむを得ないものの、「教えてあげる」という性格が強く、どうしても上から目線か、研究成果のPRになってしまっている。
 一方本書の著者は宇宙エレベーターについて「いやー、できっこないでしょ」(8頁)という自身の問いかけから書き出し、とかくマユツバ扱いされがちなこの世界を探り、情報を順次ひもといて検証していくスタイルをとっている。ここをこうすれば安心して自分も乗れる、と必要に応じて独自の提案もし、そこに読者は知識の共有感を得られると思う。
 それゆえに、「宇宙旅行─」のように、オイシイことばかり言うこともなく(だから「山師臭い」と書いたんだよなあ)、内容に誇張は感じられない。最後には宇宙エレベーターというものに対する著者の評価の結論が記されている。それがどのようなものかは、読んで確かめていただきたい。

 そして、何よりも読み物として純粋に面白い。オーム社からは、私を含めJSEAに献本をいただいたが、大野会長は電車の中で読んで熱中し、駅を2回も乗り過ごしたそうな。ぜひ、多くの方々に読んで楽しんでいただきたい。
 発売時に紹介した雑記でも書いたが、刊行に際して、ささやかながらお手伝いさせていただいた(刊行前に見せていただいたという程度だが)。しかしこのレビューを、かかわった者の身びいきととられる方は、ぜひ実際に読んでいただきたい。「知を得る喜び」を知っている人なら、私の意見が決して欲目ではないことがご理解いただけると思う。

「宇宙エレベーター 宇宙旅行を可能にする新技術」目次

 はじめに
プロローグ 技術の進歩はいつも新しい時代をつくってきた

第1章 宇宙へ昇っていくエレベーター
 (コラム)空中に浮いた宇宙エレベーター「スカイフック」
第2章 宇宙エレベーター実現のカギを握る素材技術
 (コラム)カーボンナノチューブが最強である科学的な理由
第3章 宇宙エレベーターというシステムを完成させる技術
 (コラム)地上のエレベーターと同じ運行システムも考えられる?
 (〃)ケーブルをアース・ポートに固定する必要はあるのか?
 (〃)ロケットによる民間輸送事業は本当に可能か?
第4章 身近な宇宙旅行、そして月や火星に
 (コラム)どうしても無重力を体験したい観光客のために
第5章 次世代宇宙インフラが変える私たちの生活

エピローグ 宇宙エレベーターをつくるのはだれか

 参考資料
 索引

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

専門書・論文レビュー(5) 図説 50年後の日本

2009-06-18 23:39:12 | 研究レビュー

図説 50年後の日本
東京大学・野村證券共同研究 未来プロデュースプロジェクト
(三笠書房 2006年)


 東大の研究者が野村證券と協力して、2005年に開いたシンポジウムの内容を書籍にまとめたもの。研究者15人が、産業・生活・世界の3テーマで50年後の未来像を討論した。軌道エレベーター(以下、本書の表現に沿って「軌道エレベータ」と記す)の専門書ではないが、軌道エレベータの記述が親詳な上、同時期に実用化が予想される多様な技術を紹介しており興味深く、ここで取り上げることとした。

1.本書の軌道エレベータ
 軌道エレベータに割かれているのは10頁で、基礎知識にとどまっているが、要点をきちんと踏まえてわかりやすく解説してある。本書独特の具体的なモデルの描述もあるほか、「2055年には、一般の人が軌道エレベータを使って地球と宇宙のさまざまな活動拠点(中継ステーション)を行き来しています」という、イラスト付きの導入部から始まる。むしろこの構想に初めて触れる人には、イメージを持って入り込めるうってつけのやさしい解説ではないだろうか。

 本書で紹介されている軌道エレベータの概観は次の通り。全長は数万kmで、セイロン島とガラパゴス諸島に地上基地が設けられ、2階建てで定員約20人の「搭乗部」に乗って上昇。搭乗部の内部には、外を向いた長椅子があり、飲食もできるという。
 高度に応じた重力に合わせ、薬品や半導体の工場、医療施設、ホテルなどが設けられている。高度5000kmのステーションからは約2時間、末端からは6時間で地上基地まで降りることができるという(上りのスピードではないらしいが)。



 本書では軌道エレベータ実現に必要な技術として次の4点を挙げている。
(1) 素材
 やはりカーボンナノチューブを有望視しており、軌道エレベータに必要な強度について「これから50年間の素材技術の進歩は、それを十分に実現できると思います」という。
(2) エネルギー
 電力供給を大きな技術的問題に位置づけており、静止軌道ステーションからのレーザー送電を「有望」とする。本書では、1tの荷重(搭乗部の自重を含む)を高度5000kmまで2時間で持ちあげるのに381万wを要すると試算している。
(3) 軌道エレベータの重心
 重心を静止軌道に維持しなければならないということで、これは問題というよりも大前提(研究によってはアンカー質量によって外側へテンションをかけたものもあるが)なので、これを技術上の問題として特筆しているのは珍しい。静止軌道の拠点から建造を始めることを説明しているほか、静止軌道よりも上部に投射機能を持たせることにも触れている。
(4) 地上駅の設置場所
 重力ポテンシャルの偏りに軌道エレベータが引きずられにくい、重力のひずみが極力少ない場所として、赤道上の東経75度、西経105度を推奨している。設置方法は陸上かメガフロート。

 最後に、2018年に初荷揚げを宣言していたLiftport groupに触れ、「いくらなんでも2018年は早すぎる」と述べている。事実、同社は2018年の目標は取り下げてしまったので、ネガティブな予想だが的中したことになる。むべなるかな。。。

 以上の軌道エレベータに関する考察や紹介は、要点を過不足なく抑えている上に誇張の感もない。どこが50年後の「日本」なのか首をかしげなくもないが、わずか10頁であっても軌道エレベータ関連書の良書であり、初心者にお勧めできる。

2.その他の50年後の技術
 このほかにも、冒頭で述べたように、軌道エレベータの実現を予想している時代に、同様に実用化されているであろう構想の数々も興味深い。

 本書で50年後に実現するという構想のうち、宇宙に関するものは、超音速で大気圏外をかすめて飛ぶスペースプレインや、月面天文台による探査などを挙げている。
 ユニークなのは無重力環境を利用した「3次元サッカー」で、添付イラストには、羽を付けた鳥人間か、あるいはクリオネのような格好の選手たちが、無重力の環境でサッカーに興じている様子が描かれている。これは軌道エレベータと一緒に実現するに違いない。

 このほか、事故や渋滞知らずの知的交通制御システム、自家用ゴミ発電ロボット、犬の嗅覚活用による診断、自分の細胞で病気を治す個別化医療、免震効果のある人工地盤、量子コンピュータなど、既述を含め約30項目に及ぶ。「都市間リニアチューブ」は軌道エレベータの昇降技術に貢献するだろう。こうした多様な構想について、基礎知識や現在の技術水準の情報などとともに紹介している。

 こうしたアイデアの中には、50年たっても結局実現しないものもあるかも知れない。しかし、逆にもっと早く実用化されるものもあるに違いない。たとえば洗浄機能もあるタンス「バイオミストボックス」などは、コストや大きさを度外視すれば今の技術でも作れてしまうのではないか。自己細胞による治療も、近年、細胞外マトリックスによる治療などが進んでいる現状を見ると、現実味はかなり高いのでないか。

3.未来を語る上で求められる認識力
 以前、この研究を紹介した相手が「万里の長城は宇宙から肉眼で見える唯一の人工物」という都市伝説を信じていて、軌道エレベータを「万里の長城を造るのにどれだけかかったと思うの? 荒唐無稽」と語っていた。

 「未来の技術」を語る時に多くの人が陥る誤りは、現代の技術水準のものさしでゴールまでの距離を測ろうとする点ではないだろうか。軌道エレベータなどはスケールが大きすぎるため、そんな思考にとらわれる典型だろう(上述の例は現代どころか何世紀も前の水準だけれども。だいいち万里の長城が宇宙から見えるなら、もっと幅も高さもあるピラミッドが見えないはずがない。「唯一」のわけなかろうに)。しかし、技術は常に、それまでの蓄積の上に築かれる。

 計算機の発達を見てみるといい。世界初(異説もあり)と言われるENIACが、ちょっとしたビルのワンフロアを占領するほどもあったのに対し、半世紀で掌に乗るほど小型化し、演算能力も桁はずれに向上した。あるいは、スプートニク1号が初めて地球を周回してから、そのおよそ半分の時しか経ずにパイオニア10号が太陽系を脱した。本書で「今から50年かかる」ことが、10年後にはばその半分になっていることもあるに違いない。

 一見、派手さに欠ける説明文の羅列のようで、情報密度の高い1冊である。1回で終わらせるのは惜しいプロジェクトだったのではないだろうか。本書のアイデアの数々が、この先いつ実現するかに注目し、可能なら何年後かにアセスメントを行ってみたい。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする