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軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

軌道エレベーターが登場するお話(19) 銀河英雄伝説(集英社コミック版)

2018-02-11 16:18:22 | 軌道エレベーターが登場するお話

銀河英雄伝説(2015年 集英社コミック版)
原作 田中芳樹 作画 藤崎竜


 
 銀河英雄伝説(銀英伝)はアニメ、ゲーム、舞台など多分野のコンテンツとなっています。コミック版も過去に道原かつみ氏の作品がありますが、今回は、21世紀版コミックとでもいうべき藤崎竜氏による作品を「本作」と呼んで取り扱います。
 私のような昭和生まれ世代には、銀英伝のビジュアルはOVAシリーズが染みついていることもあり、今回は原作やOVAとの違いに多々触れていきます。ネタバレにご注意下さい。
 ちなみにOVA版の紹介はこちら↓
軌道エレベーターが登場するお話 (8)銀河英雄伝説 (OVA版)

あらすじ:銀河帝国の少年ラインハルト・フォン・ミューゼル(後にローエングラムに改姓)は、最愛の姉を奪われたことをきっかけに、宇宙の覇権を手にすることを決意する。野心を胸に軍人として栄達する彼はやがて、最大の敵手となる自由惑星同盟のヤン・ウェンリーと戦場で対峙することとなる。

1. 本作に登場する軌道エレベーター
 本作では、自由惑星同盟の首都星ハイネセンに軌道エレベーターが建造されています。「宇宙エレベーター」全盛の時代にあえて「軌道」ですよ、軌道! では久々にやってしまおう、藤崎竜先生、

 軌道派ということでよろしいですな、あ?(C)青田龍彦

 大きさや構造など詳細は不明ですが、外見はOVAに登場する、惑星フェザーンにある軌道エレベーターに似ていて、細い構造体の集合なのか、それとも透明な素材なのかわかりませんが、遠目にはピラーの向こう側が少し透けて見えます。サイネージみたいな文字も見えます。



 艦艇はエレベーター末端の宇宙港に接舷し、乗員が地上と往復する。そう、遠い未来、大型の宇宙船が多数建造される時代が来たら、このように運用されるべきなのだ!
 作中から読み取れる限り、このエレベーター、メチャメチャ速いらしい。乗った人が立ったままで地上に着くんですわ。銀英伝では重力制御やある程度の慣性中和が実現しているから可能なのか? それにしても速すぎ。乗り換え式で、地上に降りる1本だけ短いという可能性もあるでしょうが。
 こういう重力の制約を受けない世界には、軌道エレベーターに大した存在価値はないないのですが、ユリアンによると、「経済的だし 土地利用や環境を考えてのこと」(5巻)だそうです。詳細な設定が不明なので、リアリティの検証は控えておきます。

 で、気になる点が少々。ハイネセンは、首都防衛を担う自動戦闘衛星群「アルテミスの首飾り」に囲まれているのですが、作中の絵に首飾りはあっても軌道エレベーターが見あたりません。首飾りも輪っかで結ばれており、これはオービタルリングでしょうか?
 わざわざ軌道エレベーターを惑星の向こう側に隠して描く必要もないので、これは単純に省略か描き忘れでしょう。首飾りの環も、衛星の軌道を図示しているだけかと思いますが、ハイネセンでのクーデターまで待てば真相はわかると思います。 



 そもそも星系を俯瞰できるような距離から、軌道エレベーターや首飾りの衛星群が肉眼で見えるはずもないので、こういうツッコミにもあまり意味はないんですが。

 もう一つ気になるのが帝国の首都星オーディン。やはり軌道エレベーターとオービタルリングらしきものが描かれていますが、これまでのところ、きちんと登場してません。これも図示上の記号に過ぎない可能性もあります。帝国軍は「領民たちに力を誇示するため (艦艇が)わざと空を飛んでみせるらしい」(同)そうで、オービタルリングシステムがあったとしても、あえて使用していないことになります。



 あとは、OVAでは惑星フェザーンに軌道エレベーターが存在しますが、本作では今のところ不明です。

2. 新しいコミックなりの挑戦
 コミック化にあたり、本作は大胆な取捨選択をしています。原作の本伝が、ラインハルトもヤンも将官昇進以降の「永遠の夜の中で」から始まるのに対し、本作はラインハルトの幼少期から、概ね時系列順に描いています。これはかなり勇気が要ったと思います。下手したら本伝に入る前に終わっちゃうかも知れないですから。
 タイトルもその回の中心人物や舞台の場所を明記していて、長いお話をわかりやすくする配慮と思われます。

 またキャラクターデザインはコミックオリジナルであるのに対し、艦艇などのメカデザインはOVAをほぼそのまま使用。メカは原作の初版時代以来、OVAを含め加藤直行先生のコンセプトがずっと生きているのもあるのでしょうが、この割り切りは英断だと思いました。
 あとはキャラクターが色々脚色されており、これは後述します。

 このほか、艦隊戦の描写はCGで描かれ、宇宙空間の艦隊の布陣を描くのにはかなり有効のようです。艦艇が万単位で出てくるから、奥行きがある描写がいいし、交戦の描写がまるで星雲がぶつかり合っているような感じで斬新です。絵が動かない漫画で、ここまでわかりやすく描く工夫は見事です。全編カラーならいいのにねえ。


3. 登場人物について
 キャラクターなんですが、主要キャラは今風の、なじみやすいタッチに描かれているなあ、と思うのですが、その他の人物との落差がすごい。
 悪役や引き立て役のキャラは、もはや人の造形を留めていないレベルの醜さで、皇帝フリードリヒ4世やヘルダー大佐、シュトックハウゼン大将など、もはや妖怪。少々気持ち悪いと思ったのは私だけでしょうか。
 こうした人物群について、気になったキャラ別にざっくり書いてみたいと思います。なおラインハルトとヤン、キルヒアイス、アンネローゼ、ユリアンら主人公格の人物はキレイに描かれていて原作との違いも目立たないので割愛します。銀河帝国の人物が赤自由惑星同盟が青で分けています。

ベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナ
 皇帝の寵愛を独占したアンネローゼを逆恨みし、ラインハルトともども謀殺を図った皇帝の元愛妾。なんでこの人に最初に触れるのかというと、妙に可愛く描かれてのが印象的なもので。
 原作やOVAでは、閉じた世界で人生の選択肢を一つしか持たない故に自分を追いつめ、道を踏み外してしまった人という感じの、単なる陰険なおばさんだったのですが、本作では実に若々しい黒髪の美女に描かれています。初登場した時、てっきりヴェスパトーレ男爵夫人(アンネローゼの数少ない友人)かと思ったくらいです。アンネローゼ様より可愛いと思うのは私だけか? しかしその分狂気も増していてメンヘラ臭がすごい。

 「私、いつも陛下のこと考えてるじゃない?」

 知らんわ!あんたの頭ん中なんか (゚Д゚) ψ木楠雄かよ!と誰もがツッコむこの手のセリフに、『機動戦士ガンダムSEED』のフレイに近い壊れっぷりを感じます。OVAでの彼女の心理の幅は2時間ドラマの犯人レベルだったんですが、本作のシュザンナ様は闇が深すぎるというか、この人物をここまでかわいらしく描いているのは、それだけ重要な役割ということでしょう。原作と違って皇帝より長生きしており、ひょっとしたらキルヒアイスの死に関わったりするのかも知れません。今後が楽しみです。


 
フレーゲル男爵
 銀河英雄伝説研究序説(三一書房)で「一番ダサイ」とこき下ろされていたフレーゲル男爵。本作ではけっこうマトモな顔立ちなのですが、こいつはこいつで最高に嫌悪感を誘う表情をしており、これは本当に描き方が上手だと思いました。あの薄ら笑い、なぜか『ちはやふる』の田丸翠を思い出します。

オフレッサー
 帝国軍上級大将。獰猛な腕力馬鹿という設定は、原作、OVAと変わりませんが、本作ではその野蛮さがひときわ目立って、サイオキシン麻薬をキメて戦闘力を維持しているという、とんでもない戦争ジャンキーとして登場。もう眼がイッちゃってる。この男は装甲擲弾兵総監、つまりは白兵戦部隊のトップなのですが、指揮官がヤク中って。。。

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト
 ラインハルトの部下で黒色槍騎兵艦隊の指揮官。本作では早くから登場しており、猛将という設定は原作通りだけど、ルックスはストリートファイターのケンみたいになった。

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト
 貴族連合との闘いの後にラインハルトの部下になる。こいつもヤサグレた無頼漢に。ガム噛みながら仕事すんなよ。折り目正しいメルカッツとの交流をどう描くか?

フーゲンベルヒ伍長
 惑星カプチェランカで、ラインハルトを謀殺する企てに加担した人物。単なるザコキャラだったのが、OVAオリジナル外伝『叛乱者』のザイデル伍長のエピソードを取り入れていて、後に皇帝になるラインハルトと下級兵士との交流の場面をつくるのに貢献しています。
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マルコム・ワイドボーンとウィレム・ホーランド
 この2人に関しては、原作では単なる頭でっかちで自滅型の軍人だったのを、戦局を冷静に分析できる優秀な人物に描いています。そうすることで、ヤンはそれ以上に優れた人物としての株をより上げている。同じ引き立て役でも格が上がった感じがとても良いと思いました。

ダスティ・アッテンボロー
 ヤン艦隊の分艦隊指揮官で、士官学校時代の後輩。本作ではいつも葉巻をくわえている。ファーレンハイト同様、キャラ付けのための記号化ですが、全体としてチャラくなった感じです。

ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフフレデリカ・グリーンヒル
 ヒルデガルド(ヒルダ)は後のラインハルトの秘書官であり、皇妃となる、数少ないヒロイン的立場の女性。本作ではアンネローゼ様の友人として初登場しており、ヴェストパーレ男爵夫人の役割を兼ねさせているようです。
 フレデリカはヤンの副官で後の妻。記憶力抜群の才媛で、本作ではイゼルローン要塞のシステムを乗っ取り、要塞奪取の立役者となった。
 この2人、そろって天然気味。特にヒルダは「人の心を推し量ることに優れた」とあるのですが、その割にはキルヒアイスを「ジーク」と呼んでたしなめられるなど、他者との距離感の取り方がズレているし、フレデリカはユリアンにドン引きされてアッテンボローにゲンコツ食らってる。2人とも優秀ですが、本当に二大主人公と結婚できるんだろうか?

 取り急ぎ何人か書きましたが、いずれもすっかり固定化しているOVA版のキャラクターに対し、新たなイメージを作り出そうという挑戦的な意欲を感じます。ほかにも気になる人物は多いので、気が向いたら書き足そうと思います。それにしてもピエロか魔法使いみたな同盟軍の制服、あれだけは何とかなりませんか?


4. 疑問点
 本作を読んでいて、軌道エレベーター以外に気になった疑問点を若干添えて結びたいと思います。

● 最初は「西暦3586年」という表記から始まったのに、途中から原作にある宇宙歴と帝国歴になった。設定の軌道修正?
● ミュッケンベルガーの引退が原作より早く、宇宙艦隊司令長官の職は、ラインハルトが就くまでの間、誰が務めたのか?
● フェザーンのことを「地図にない銀河の何処か」(8巻)と書いある。場所が不明なんでしょうか? なわけないよな。どういう意味でしょうか。→後日判明しました。一部の者しか存在を知らないそうです。ということは、フェザーン回廊の存在は公になっていないということか。

 などなどあります。いずれも細かいことなで、ファンなりのツッコミだと思っていただければ幸いです。そんなわけで、長々書いてきましたが、当サイトでまだ完結してない作品を扱うのは例外的でありまして、今後の展開を楽しみつつ、見守りたいと思います。

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『機動戦士ガンダム00』の「ブレイク・ピラー」は起きるのか?

2017-11-12 12:34:00 | 軌道エレベーターが登場するお話
 前回の『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーター 勝手に検証」に続く、『00』勝手に応援企画であります。前回同様、この記事も宇宙エレベーター協会(JESA)の2009年度会報(年鑑)に特集記事として掲載されたものに、若干の加筆と修正を行ったものです。なお、説明図のイラストはJSEA会員のしのさんに描いていただきました。

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はじめに
 前回考察した『00』の軌道エレベーターですが、2ndシーズン17話「散りゆく光の中で」で、それはもう大規模に破壊されます。
 地球連邦軍の独立治安維持部隊「アロウズ」の専横に怒った反乱兵が、アフリカタワー(AEUのラ・トゥール)の低軌道ステーションに立てこもります。これに対しアロウズは、オービタルリングに設置されたレーザー砲「メメントモリ」で攻撃、ステーション直下のピラーに命中します。
 するとピラーの安全装置が働き、破壊されたか所から下の外装パネルがバラバラに分解して落下。地上付近で戦闘中だったモビルスーツ群は、敵味方分け隔てなく落下する外装パネルを狙撃して地上基部周辺にある市街地を守りました。
 街はおおむね助かったようですが、リニアトレインで地上へ降下中だった一般市民がピラーの自壊に巻き込まれ、約6万人の死者が出たとのことです。この大惨事は、後に「ブレイク・ピラー事件」と呼ばれるようになります。

 『00』特集後編は、軌道エレベーターが実現したとしたら、こんな現象が本当に起きうるのかを検証します。本編の描写は、あくまで物語を盛り上げるための演出と割り切った上で、あえて根性悪く色々ツッコミんでみたいと思います。なお、ここではテレビ放映を「本編」と呼び、このほかは出典をそのつど明記します。


1. 外装パージとリニアトレインの脱線
 まずはブレイク・ピラーで生じた被害状況を、本編や資料を基に概説します。攻撃直後、ピラー末端のバラスト衛星が自動的に放出され、被弾か所から下へ向かって外装パージが始まりました。パージは移動中のリニアトレインを追い越して進行し、ピラーがバラバラになってリニアトレインは宙に放り出されてしまいました。
 これは破損した部分の強度が急激に低下して、そこから下のピラーを引っ張り上げる強度が失われ、全体構造を維持するには下部を軽くする必要があったためです。
 この理屈自体は正しい。しかし、リニアトレインが移動中なのに、パージがそれを上回るスピードで進むというのは、一体どういう設計思想で造られているのでしょう。乗客を乗せた「ゆりかもめ」がレインボーブリッジを渡っている最中に、橋を落とすようなものではないか。いるのか、そんな危険なモノに乗るヤツが!? もっとも、パージしなければピラーごとぶっちぎれて倒れるから、どの道助からなかったでしょうが。
 最終的に、リニアトレインは互いに衝突したり、骨組に叩きつけられたりして「炎と金属片に姿を変えた」そうです(小説版2ndシーズン③403頁)。



2. パージされた外装の市街地への落下
 砲撃は「事後の再建を考慮に入れ(略)骨組みだけは残せるよう出力は抑えて」いたとのこと(同392頁)。確かに、本編17話終盤、かろうじて糸のような中心軸が見えます。外装パージはこれを残すためだったのでしょう。小説版によると、アロウズのグッドマン司令はこの砲撃をするのに恍惚とした快感を覚えていたらしいです。悪趣味な。

 パネルのサイズは縦約100m、横約50m(同402頁)、ピラーの直径は約1km。地上から約10kmまでは無事でした(2ndシーズンオフィシャルファイル Vol.4 28頁)。戦術予報士のスメラギさんが言うには、高度50kmから上は断熱圧縮による空力加熱で燃え尽きるそうです(もっと上ならともかく、地球の自転と同期しているパネルが、たかだか高度50km超から落ちて燃え尽きるというのも相当疑わしい)。ピラーがこのパネルでびっしり覆われているとして、約40kmぶん、単純計算で約2万5000枚弱が落下したことになります。
 それが降ってくる所に市街地を設けるなど、何を考えているのか。。。待避壕くらい設けろよう( ̄□ ̄); それに、すべてビームか何かで蒸発させない限り、いくら下から撃っても細かくなるだけで結局落ちて危険なのでは。。。?
 対流圏では西風が吹いていたらしく、ソレスタルビーイングの母艦「プトレマイオス2」(トレミー)の被害予測では、パネルは最大でアフリカ大陸の西岸を越えて飛んだ可能性があるということです(小説版2nd③407頁)。


3. ツッコミ甲斐あります
 以上、どうにも信じがたいのですが、パネルの材質(Eカーボンでしょうが詳細不明)や重さが不明なのではっきりしたことは言えません。
 何よりツッコまずにいられないのは、トレミーがすぐ予想できる被害を、どうして建造時に考慮できないのかということです。当時のトレミーは、ソレスタルビーイングの頭脳中枢である量子演算型処理システム「ヴェーダ」とのリンクが断たれていたため、ヴェーダに計算を任せず、搭載コンピュータの計算結果だと思われます。
 ああでもっ、スメラギさんの言うことなら信じます!! (*´д`*)ハァハァ

 被害の原因をつくったのはメメントモリの砲撃であっても、リニアトレイン乗客死亡の直接の原因は外装パネルのパージシステムであり、一体どういう設計思想で造ってんだよ、と。さらに、すぐ近くに建ってる塔の外装が非常時にはげ落ちる仕組みになっているというのに、備えもない市街地を設けるとは、何にも考えてない都市計画です。リニアトレイン公社と地元行政府?は、遺族から多大な賠償を請求されるに違いありません。

 こうして見ると、外装パージという機構はひたすら被害を拡大させただけという印象を受けます。結論として、軌道エレベーターに予想される危機回避システムとしては、リアリティはあまりないと言わざるをえません。
 

4. ではどうすべきか
 本編のシステムは、人命より軌道エレベーターの構造維持を優先したものなのは明らかです。
 番組視聴当初は、システムが異常なり暴走なりを起こしたのかとも思ったのですが、これは小説版を読む限り、正常に作動した結果のようです。
 しかしながら、アロウズの意図に関係なく、いくら再建が楽だとはいえ、これだけの犠牲を引き換えにしてしてまで、中心軸のような部分を残す機構にしなければいけないのでしょうか? ましてや、地上との接続が断たれても、バラスト衛星のパージで重量バランスは保たれているうえ、オービタルリングで支えられているのですから、上部は十分に安定しているはずなのです。
 それなのに、人が乗ったリニアトレインを無視してピラーが自壊するなど、業務上過失致死や製造物責任が問われかねない誤りだと思われます。

 ではどうすればよいかというと、代替案は多種多様に考えられるでしょうが、ここでは人命最優先を念頭に置き、一例を提示したいと思います。
 なおスメラギさんを信用し、ここでは上述の約40kmぶんの処置を問題とします。

 (1) 避難場所もない市街地など造るのはいかがなものか
 こんな危険なシステムを持つピラーのそばに、無防備な人口密集地など地上に設けるのはヤバすぎます(代わりに地価が安いのかしらん?)。ピラー周辺を市街化調整区域などにして、開発規制をかけるのが行政の義務というものでしょう。街を造るならせめて地下壕を設けるとか、地下都市などにすべきではなかったでしょうか。

 (2) パージするのはリニアトレイン
 パージすべきは外装ではなくリニアトレインの方でしょう。車両をピラー外に放出し、客室だけを分離してパラシュートが開くとか。。。スペースシャトルのブースターも、高度約46kmからパラシュートで回収していますし(無人ですが)。
 あるいは、せっかく『00』の世界のお話なんですから、疑似太陽炉かGNコンデンサーを積み、パージされたらGN粒子の質量軽減効果を利用して、パラシュートも組み合わせてゆるゆると降りてくるというのはいかがでしょうか?
 あと、ピラーに常駐している人のことも心配ですが、各部に脱出ポッドでも付けておいて、各々脱出してもらうということにしましょう。

 (3) ピラーは下から壊すか、そのまま倒す
 で、強度を失ったピラーはどうするかと言うと、(人の脱出後だとして)外装をパージするにしても、下からならもう少しましだったのでは?
 よくビルの解体工事などで、爆破とともにビルがズズーンと沈むように倒壊する映像を見ますよね。あれは建物内部から爆破していくそうで、下からパージされれば、あのように下に沈み込むように壊れ、パネルが飛び散る心配は少ないはずです。
 当然、地上がガレキの山になってしまいますが、ピラーの真下や周囲(東寄り)にこのガレキが収まる穴を掘っておく。軌道エレベーターは、上から引っ張り上げて支えていますから、真下を空洞にしても、原理的には問題ありません。

5. ピラーを切断する方法
 さらに、恐ろしく乱暴ですが、もっと手っ取り早いのは、中心軸はあえて切断し、自立していられない40km分のピラーを極力安全に、わざとそのまま倒してしまうことだと思います。
 あらかじめ、地上基部から東に、半径40~50kmの扇状の空き地や窪地を用意しておきます。
 ピラーには、コリオリの力で東の方へ倒れる力が働きます。さらに木こりが木の根元を斧で削って倒すように、人工的な力を加えて空き地へ誘導し、ドシーンと倒してしまうわけです。
 ただし、中がスカスカだとはいえ、高さ50kmの柱が倒れてきたら、大気を伝わる衝撃波も、倒れた振動も桁はずれでしょう。ですので、接地の直前に自爆してバラバラになるとかして極力相殺すべきなのは言うまでもありません。
 上述の「空き地」には、水を張っておくといいと思うのですが、「機動戦士ガンダム00 メカニック-1st」を見ると、アフリカタワーの近くにうってつけの場所があります(21頁)。

 ビクトリア湖です。東西300kmを超える大きさですので、ここにピラーを倒しちゃいましょう。
 これでも被害が出ることは免れないでしょう。しかしここで言いたいのは、「もしもの時はこのように壊れます」という事前の認識があるに越したことはないということです。おのずと対処もマニュアル化して、地上側でも体制が整うと思うのです。少なくとも、パネルが大陸全土に落下するよりましですし、このような壊れ方なら、周囲に限定的な市街地をつくることも可能だと考えます。
 もちろん、破壊の規模や方法によっては、どのような手段も歯が立たない「お手上げ」状態もありうるでしょう。本編はそのような位置づけなのかも知れませんが、客観的には人命尊重可能な選択があるように思えてなりませんでした。
 「倒れない」ことばかりにとらわれず、いざとなったら倒れても被害を少なく、という視点で考えることも大切ではないでしょうか。

 以上、ほんの一例ですが、思いつくままに書いてみました。協会ホームページにも書きましたが、『00』における軌道エレベーターの倒壊は、宇宙世紀のガンダムにおけるコロニー落としに並ぶ一大イベントであり、むしろ描いてくれて良かったと思っています。特にCGでパージが進むシーンは美しかったです。
 ブレイク・ピラー事件はあくまでパニックと、モビルスーツの活躍を描くための盛り上げ演出であることは理解しており、あえて無粋を承知で、色々ツッコませていただきました。しかし『00』への愛は変わりません。


参考
TVシリーズ「機動戦士ガンダム00」
小説「機動戦士ガンダム00 セカンドシーズン」③
(角川文庫)
「機動戦士ガンダム00 セカンドシーズン オフィシャルファイル vol.4」(講談社)
「機動戦士ガンダム00 300 YEARS LATER -ガンダム00が描いた300年後の世界-」(講談社)
「機動戦士ガンダム00 メカニック-1st」(双葉社)

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『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーター 勝手に検証

2017-10-29 17:44:50 | 軌道エレベーターが登場するお話
(『機動戦士ガンダム00』10周年勝手に応援企画)
 ちょうど10年前の今月、『機動戦士ガンダム00』のTV放送がスタートしました。あれから10年経た今も、ファンの間で根強い人気を保っています。我が軌道エレベーター派としても、優れた設定の軌道エレベーターが登場し、いわば "軌道エレベーター史" に足跡を残した作品として、関連記事がなお高い閲覧率を示しています。
 今回は『00』10周年勝手に応援企画の第3・4弾として、作中に登場した軌道エレベーターの検証記事を、2回にわたって掲載します。もともとは、宇宙エレベーター協会(JESA)の2009年度会報(年鑑)に特集記事として掲載したものを、若干リライトしてアップします。なお説明図のイラストは会員の新海さんに作成していただきました。また、文中の表現やデータは2009年当時のものということをお含みおき下さい。

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「『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターに関する誤解の検証」に画像を加えました

はじめに
 2007年10月から09年3月にかけて、1st、2ndシーズンが放映された『機動戦士ガンダム00』。皆さんご存じの通り、この作品には軌道エレベーターが登場します。軌道ね、軌道!。軌道エレベーターが登場したSFの最新作として、今回特集で扱い、ちょっとした考察をしてみたいと思います。
 なお今回の記事作成にあたり、事前に制作元のサンライズに連絡をしたのですが、悲しいことにまったく返事がありませんでした。仕方ないので、参考となる現実の研究を紹介しながら、勝手に、遠慮なく、検証してみたいと思います。

1. 背景
 西暦2307年から物語が始まる『00』には、3基の軌道エレベーターと、それらに連なる二重のオービタルリングで構成される巨大構造物が登場し、リングで発電した電力を世界各地に供給する太陽光発電システムが、人類社会の生命線をなしています。
 3基の軌道エレベーターは、米国を盟主とする国家連合「ユニオン」、ヨーロッパが主体の「AEU」、中国やロシアを中心とする「人類革新連合」がそれぞれ有しています。人類は無尽蔵でクリーンな太陽エネルギーの活用のため軌道エレベーターの建造に乗り出し、その過程において、外交関係や電力供給の地理的条件などから国際社会が三極化していきました。
 反面、この軌道エレベーター建造と国家集約の過程において、石油に依存する中東諸国などが太陽光発電に反対し、推進派との間で数次にわたる「太陽光紛争」が展開されました。物語は、紛争は一応落ち着きながらも、各地に格差と政情不安を残した時代から始まります。

 軌道エレベーターを建造するうえで、やはりエネルギー問題というのは大きな動機となりうるでしょう。JSEAメンバーの中にも、私を含め、宇宙への憧れや開発の利便化だけでは、万人に理解を求められるものではないと考えている人もいます。将来、軌道エレベーターが実現するとしたら、太陽光発電はひとつのPR要素になるに違いありません。



2. 基本構造
 背景はこのくらいにして、軌道エレベーターの構造の説明に移ります。三国家群の軌道エレベーターは、おおむね似たような構造になっているようです。単にデザイナーの便宜かも知れませんが、地上基部がいずれもよく似た形をしているのは、画一化された設計思想に基づいて作ったのかも知れません。
 「ピラー」と呼ばれる軌道エレベーター本体の全長は約5万km。赤道付近から、ほぼ均等に間隔を空けてピラーが天に伸び、上空で低軌道部と高軌道部のオービタルリングにそれぞれ接続しています。
 末端には、全体の重量バランスを維持するためのバラスト衛星(アンカー重量)が接続されており、必要に応じてパージできるようになっています。ピラー内部にはリニアトレインが走行しており、地上から静止軌道にはおよそ2日かかるそうです。
 横道にそれましたが、本作の軌道エレベーターの基本構造や、導入されているアイデアは、これまで多くの研究者の構想やSFなどに登場した構想であり、これらを巧みに取り入れています。
 ピラーの基本構造は、静止軌道(高度約3万6000km)を境に、重力で地上に引っ張られる部分と、遠心力で外側に飛び出そうとする部分が釣り合うことで保たれており、軌道エレベーターの基本原理ともいえます。
 提唱者は多数いるのですが、古く、かつ有名なのは、何といっても「ロケット工学の父」として知られるK.ツィオルコフスキーと、Y.アルツターノフの2人でしょう。特に後者は、宇宙から吊り下げて構造を支えるという概念を提示したことで知られています。
 以下、パートごとにみて、若干の推測や疑問を加えてみたいと思います。

3. 地上基部
 ユニオンの「タワー」はアマゾン川流域、AEUの「ラ・トゥール」はアフリカ大陸、人革連の「天柱」はソロモン諸島の海上に設置されています。ここから宇宙へ上がって行きましょう。
 アーサー・C.クラークの「楽園の泉」(早川書房)で、赤道上の架空の島の山頂が選ばれるように、かつては軌道エレベーターの地上基部といえば、なるべく重力的に安定した、地上の高い場所を、という考えが支配的でした。しかし最近では、能動的に位置を変えることもできる海上基地が幅を利かせており、B.C.エドワーズなどは、海上基地を提案しています。
 なお本編でも述べられているように、軌道エレベーターは脆弱な構造をしていますから、爆弾でも持ち込まれたら一巻の終わりです。現代の空港と同様、ここでの保安チェックに命運がかかっているはずなのですが、コロニー資材に紛れたガンダムを見過ごしたりして、えらく杜撰な感じもします。とはいえ、リニアトレイン公社総裁のラグナ・ハーヴェイがソレスタルビーイングの一味なので、ここは私設武装組織「ソレスタルビーイング」の組織力のお陰ということにしておきましょう。

4. ピラー
 多数の外装パネルで覆われた外壁の内側を、リニアトレインが上下しています。
 リニアトレインの電力の一部は上下運動自体で賄えます。つまり上昇には電力を消費しますが、降りてくる時には重力で落下しつつブレーキをかけて速度調整することで発電でき、これを上昇用の電力に回す(この電力の需給関係は、静止軌道の外側では逆になります)。余談ですが、このエネルギー回生こそが軌道エレベーターの真価なのであります。



 これにより輸送コストはかなり安上がりになっていると思われ、減価償却も早かったんじゃないでしょうか? 『00』の時代には相当一般化しているようですから、運賃もけっこう安いのかも知れません。ああ乗りたい! 「トレイン」の名の通り、車内の描写は列車の旅そのものといった感じ。本編では沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィがイチャつきながら満喫してやがります。

5. 低軌道リング
 高度約1万kmに位置する低軌道部オービタルリング。ステーションでピラーとリングが接続しています。(下はリングの模式図)



 この高度では地球の重力の方が強く、そのままでは構造を維持できないため、『00』の世界では、リング内部に磁性流体を循環させて張力を生み出し、高度を維持しています。この発想で有名なのは、P.バーチが提唱した「Orbital Ring System」(1974)で、『00』に登場する軌道エレベーターの基本構造は、これに準じていると言えます。
 なお、設定には見受けられませんが、磁性流体の循環が一方方向ならリングやピラーに反動を与えてしまうため、これを解消するには磁性流体を双方向に巡らせれば良いのではなかろうかと推察します。
 このほか、リング内にもリニアトレインが運行されている上、リング自体が粒子加速器も兼ねており、さらにこの加速器が、2ndシーズンに登場した兵器「メメントモリ」のレーザーの発振機構に利用されたとのこと。物騒ですがじつによく設定が練られています。ちなみに2基登場したメメントモリのうち、1基は刹那・F・セイエイがダブルオーライザーのライザーソードでぶった切り、もう1基はロックオン・ストラトス(2代目)のケルディムガンダムが狙撃して破壊しますが、実に都合よくリングには傷つけずに除去されます。これで低軌道リングが破断していたら、第2次ブレイク・ピラーが発生していたかも知れません。その意味では、軌道エレベーターの構造を理解した壊し方ですね。

6. 高軌道リング
 高軌道リングは資料によって高度がまちまちですが、小説版で静止軌道の高度「約3万6000km」と述べられており、その高度以外にありえません。高軌道リングの周囲に、直径約1kmの太陽光発電衛星が取り囲むように周回しています。もしリングと衛星群が静止軌道より高くても低くても、およそ24時間で一回転する高軌道リングと同期できないからです。
 G.ポリヤコフの理論では、リングを静止軌道よりあえてちょっと上に設けることで、遠心力による張力を生み出すことを想定しています。おのずとその方が安定するでしょうが、『00』の世界では低軌道リング同様、磁性流体でバランスをとっているのかも知れません。

7. 太陽光発電衛星群
 さて、地球を取り巻く太陽光発電システムは、全体として24時間電力を供給します。発電衛星から送電衛星へマイクロウエーブでいったん送電、ここからピラーの超電導素材を経て、あるいはマイクロウエーブで、地上へ送電を行っているようです。
 1stシーズン5話で、リニアトレイン内の説明アナウンスで天柱1基の発電量が「1日に1.2エクサジュール(1Wの10の18乗倍)」(私には「えさじゅーる」って聞こえるんですが、エクサでしょう)と言っていますが、伴う発電衛星が全体の3分の1とすれば、総量はさらに大きいことになります。
 総務省によると、2005年の世界の発電量が18兆kW/hくらいだそうで、太陽光発電システムを通じて、人類は豊富なエネルギーを得ていることが想像できます。
 1999年に米航空宇宙局(NASA)で行われた軌道エレベーターの関連研究には、太陽光発電衛星の構想があり、イメージイラストがちょっとだけ『00』と似ています。発電効率はともかく、将来実現した時にきっと導入されることでしょう。大気の邪魔のない宇宙空間での太陽光発電は、今や軌道エレベーターの設定における必須アイテムかも知れません。

8. バラスト衛星
 高軌道ステーションより上には、傘の骨組のような物が連なっているのが見えます。これが軌道エレベーターの重量バランスを支えているバラスト衛星。
 この部分の設定は不明な点が多く、静止軌道部のすぐ上から設置されているように見えますが、末端まで続いているとすると、約1万4000kmもの長さに達しているということになります。しかし設定画にはこのバラスト衛星が1個しかついておらず、作中のシーンはバラスト衛星がまったく見えない描写も数多くあります。
 このバラスト衛星が1個なのか複数なのか、謎が多かったのですが、複数連なっているというのが当サイトで検証した結論です。詳しくは、『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターに関する誤解の検証をご覧ください。
 さて、バラスト衛星は、ようするにオモリなわけですが、昔の研究では小惑星をつかまえて軌道エレベーターの末端にくっつけ、材料供給源も兼ねて利用しようというアイデアがありました。しかし最近はあまり見かけません。
 何はともあれ、静止軌道から下が破損や落下したりして、全体の重量バランスが崩れた時、このバラスト衛星がパージされて均衡を保つよう働きます。2ndシーズンで実際にこのシーンが登場しますが、それは特集の後半で述べます。

9. 結び
 以上、地上から末端まで簡単に解説しましたが、『00』に登場する軌道エレベーターを含むオービタルリングシステムは、(特有の問題は別として)原理的な矛盾も見受けられず、過去に提唱されたアイデアや理論を上手に生かしており、関連研究の集大成というか理想形のような印象を受けます。はるか遠い未来でしょうが、このようなモデルが実現したらと切に思います。
 そして何より美しい! これに尽きます。
 黄金色の太陽光発電衛星が並ぶ高軌道リングや小さな地球から迫るピラーには、無機質で存在感のある美を感じます。一方、地球を眼下に、暗い宇宙を画面の端から端までリングが伸びる様子は、なんだか幻想的でシュールです。
 遠目には、地球から3方向に伸びるピラーとリングから成る造形美(肉眼で見えるわけないけど)は、『00』の世界の象徴です。完成度の高いものは美しい。そう実感するデザインでした。
 SF作品における軌道エレベーターは、『00』において、ひとつの完成形を見たと感じます。JSEA発足の年に本作が登場したことはとても幸運でした。
 この軌道エレベーターは本編で破壊されるのですが、それについては後編の記事にて。

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軌道エレベーターが登場するお話(18) CALL OF DUTY INFINITE WARFARE

2017-03-20 17:17:35 | 軌道エレベーターが登場するお話
 CALL OF DUTY INFINITE WARFARE
(コール オブ デューティ インフィニット・ウォーフェア)
アクティビジョンほか(2016年)

 ゲームソフトを取り上げるのは初めてですね。本作はPlayStation 4、Xbox One、Microsoft Windows用シューティングゲームの人気シリーズの一作です。多くのFPS同様、ゲームモードが1人ぼっちでプレイする「キャンペーン」ど、ネットにつないで多人数が参加して楽しむ「マルチプレイ」の2モードに分かれます。昨今はマルチプレイが目玉ですが、ここでは軌道エレベーターについて述べるのが目的なので、シナリオが固定しているキャンペーンを基に紹介します。

あらすじ 人類が外惑星に進出した未来。国際宇宙同盟連合(UNSA)に大規模な攻撃を仕掛けてきた反体制過激派組織 "Settlement Defence Force"(SDF)に対し、UNSAの軍人ニック・レイエスは残存部隊を指揮して反撃を開始する。プレイヤー諸君、レイエスを操って太陽系の戦場を駆け巡り、SDFと闘え! (`д´)/

1. 本作に登場する軌道エレベーター
 本作では火星に軌道エレベーターが存在し、末端部が造船工廠になっていて、SDFの艦艇の供給元になっているようです。ここを破壊することで戦局を決定づけられる天王山であり、ゲームのラストステージの舞台となります。レイエスたちは火星で地上戦を闘った後に「軌道プラットフォーム」に侵入。造船所の破壊を試みます。末端の造船所を破壊したければ、ピラーを壊して破断させてしまえば手っ取り早いのですが、お約束なんでしょうね。
 火星の静止軌道高度は約1万7000km。火星の軌道エレベーターは色んなSFに登場していて、二大衛星の一つフォボスと交差(避ける)のもおなじみですが、本作の軌道エレベーターは全長など詳細が不明です。末端部の造船所も、低重力なのか無重量状態なのか描写ではよくわからず、静止軌道に位置する(つまり科学考証的には間違い)なのか、質量バランス的にも末端なのか不明です。本作の世界ではマクロスみたいな巨大な軍艦が大気圏内でも悠然と飛んでて、重力制御も空間跳躍もできているようなので、科学的検証に意味はなさそうです。これなら軌道エレベーター自体が不要な気もするんですが。



 昇降機は、遊園地のアトラクションみたいに肩や首を覆うバーで体を固定してギューンと上昇。ピラーはトラス構造になっており、エレベーターシャフト以外の役割は果たしていないようです。このためか、レイエスたちが乗ったエレベーターが上昇していく様子が数カットあるだけであっという間に終点に到着し、大した描写はありません。
 この後は、敵を掃討しながら造船所の中枢部に達して爆破を試みるという展開で、室内描写がほとんど。窓から宇宙を背景にした造船所の景色が見える程度で、普通の宇宙ステーションと似たようなもので、軌道エレベーターならではという描写は特にないです。
 ただ面白いのは、磁力なのか、何らかの人工的な引力をつくり出しているのかわかりませんが、場所によっては低重力が働く環境になっていて、レイエスたちは通路に足をつけて歩き、進んでいくと通路が真下に向かって直角に曲がるんですね。それでも普通に歩けるのでプレイしていて不思議な感覚を覚えるのですが、これはFPSの視点ならではの体験ですね。これも軌道エレベーターは関係ありませんが。

 余談ですが、火星近傍宙域で艦隊戦をプレイするステージがあり、波動砲みたいな母艦の主砲で敵艦を粉砕するという、ジェノサイドな戦法を展開するのですが、その敵艦群の背景に火星の軌道エレベーターが見えています。でも主砲を軌道エレベーターに撃っても壊れないんです。どんだけ頑丈なんだよ!
 

2. ストーリーについて
 キャンペーンモードのストーリーは、導入部を除き、一貫してニック・レイエスを主人公にして展開します。UNSAがジュネーブで観艦式みたいなことをやっている最中にSDFの攻撃を受け、主力艦隊が壊滅。その場での残存兵を統率して状況を収めたレイエス少佐は、地球圏に残された2艦のうち空母「リトリビューション」に乗り込みます。さらに艦内の最上級先任将校としてリトリビューションの指揮を任され、中佐に昇進。各惑星系を転戦してSDFを排除していきます。
 。。。ですがこのレイエス、勇猛果敢で優秀なのですが、責任感があるんだかないんだか。現場(惑星)に到着するたびに下艦して陸戦部隊の指揮まで執るわ、戦闘機で出撃してドッグファイトするわ、もう肉体労働者の鑑みたいな人物。彼の副官で、戦時特例で副艦長になるソルターも降下しちゃう。まあね、確かにレイエスはもともと特殊部隊を率いてたらしいし、最前線で闘わなきゃゲーム楽しめないのわかるけどさ、お前が死んだら誰がリトリビューションの指揮とるの? とツッコみたくなります。

 レイエスは仲間への愛が強く、体を張って部下たちを守り、どんな状況下でも全員を生きて連れて帰ることにこだわります。尊敬すべき気質ですが、指揮官としてはかなりの甘ちゃんです。決して仲間を見捨てないという、この無責任さと表裏一体の偏った責任感は、やがて彼を追い詰めます。仲間の一部を犠牲にしないと敗北する状況にあっても、任務のために非情になれず、結果としてより多くの犠牲を招いて戦局を不利にしていきます。
 彼が責任を自覚して一皮むけるのは終盤、敵に決定打を与えられないままリトリビューションが轟沈し、味方に多大な損害を出してからで、その後も「命の選択」を迫られる場面が何度も訪れて、指揮官として成長していきます。キャンペーンでは、この辺の成長を描いた物語も楽しめるようになっています。彼をサポートする人工知能E3N(イーサン)と共に戦場を戦い抜き、時には命を救われて友情が育まれていくのも見どころです。ただ、個人的にはラストはいただけませんでした。


3. FPSの好み話
 PS4のFPSゲームというと、この『コールオブデューティ』(以下COD)と『バトルフィールド』(以下BF)のシリーズが双璧らしいです。両方やってみたのですが、やはり好みがはっきり出ますね。
 どちらも自分が死亡すると、少し前の場面に戻ってやりなおすことになりますが、BFに比べてCODはリプレイの間隔が短く、個人的にはイマイチです。たとえばBFだと区切りが長くてマップも広いので、火炎放射器兵(私はジェイソンと呼んでいる)を始末するのに、背中の燃料タンクを狙撃したり、ワイヤートラップやダイナマイトを仕掛けた場所に誘い込んで爆殺したりと、多様な戦術を楽しめて、作戦を考える楽しみがあります。
 あと私はスナイプが好きなので、どうしてもロングレンジのスコープ付きの武器で闘いたい(そしてほかの兵たちの後ろに隠れ、自分だけ安全を確保して狙撃するのである)ので、スピード感重視の接近戦が多いCODは少々物足りなさも感じました。
 とはいえ、これはこれで楽しめるし、何より映像が美しくて、アニメでなく実写映画に匹敵するCGで軌道エレベーターを描いてくれたのはありがたいです。本当にゲーム映像の進化に驚かされた一作でした。

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軌道エレベーターが登場するお話(17) 通天閣発掘&果しなき流れの果に・補足

2016-08-16 22:06:18 | 軌道エレベーターが登場するお話

通天閣発掘
(『小松左京ショートショート全集』などに収録、初出は1965年)
果しなき流れの果に
(最新版はハルキ文庫 初出は1965年)

 最近、「幻の通天閣」が出現して話題になっているそうです。あべのハルカスの展望台の、ある一点から一定の角度で夜景を見ると、反対側にあるはずの通天閣が見えるのだとか。反射や屈折の関係で窓ガラスに映るらしいですが、今回の更新のタイミングでこんな話題を耳にしたのも何かの縁かも知れません。『果しなき流れの果に』については以前詳説していますので、ここでは『通天閣発掘』を「本作」と呼び、中心に述べることとします。

『通天閣発掘』のあらすじ 36世紀、日本の「宇宙橋」について、立地が決まらないうちからある場所に建つという噂が流れる。その場所を発掘したところ、"通天閣" と呼ばれる塔の痕跡が見つかる。日本文学史上、軌道エレベーターを初めて描いたと思われる、亡き小松左京氏のショートショートの一篇。(『果しなき流れの果に』についてはこちらを参照)


1. 本作に登場する軌道エレベーター
 わずか3頁の作品ですが、本作では西暦3501年に日本で2番目の「スペース・ブリッジ(宇宙橋)」を造ることになったんだそうです。

 「宇宙橋」というのは、文字どおり、宇宙空間にむかってかけられた橋である。宇宙空間に「定点衛星」(略)をうちあげて、地上から衛星まで、超軽合金の橋をかける。たいへんな仕事のようだが、地上からうんとはなれれば、地球の引力が非常に小さくなってしまうから、工事はそれほどむずかしくない。

 宇宙空間との交通がますますふえてきたそのころでは、もうふつうの空港ではまにあわず、世界のあちこちに、宇宙への入口として、こういった宇宙橋ができていた。人工衛星までの三万キロあまりを電車で走り、そこからフェリーで月の宇宙港へわたるのである。


──という具合に、世界中で軌道エレベーターが何基も完成しており、宇宙へのアクセス機関の主役となっているようです。
 本作はその地上基部をどこに造るかという際、はるか昔(私たちにとっては現在)に存在した「通天閣」の話が出て「じゃそこに決めちまおう、ちゃんちゃん」という、それ以上でも以下でもないお話です。Wikipedia によると現存する通天閣は北緯34度なので、本来なら赤道上にあるべき軌道エレベーターの構造上の特性が働くか疑問ですが、36世紀には補う技術があるのかも知れませんし、ショートショートにツッコんでも仕方ないでしょう。軌道エレベーター自体の考察はここまでにします。



2. 小松左京氏の着想のルーツを探る
 本作での記述はわずかですが、やはり小松左京氏の著作で、軌道エレベーターが初めて登場した長編小説『果しなき流れの果に』と併せて見てみると、小松氏が軌道エレベーターの基本知識を正しく理解していたことがうかがえます。さすが小松左京先生です。
 本作や『果しなき流れの果に』の発表は、アーサー・C・クラーク卿の『楽園の泉』より10年以上も早く、ジョン・アイザックスの研究グループの発表の前年にあたります。冷静時代の当時、軌道エレベーターの発想は西側ではあまり知られておらず、クラーク卿も1975年のジェローム・ピアソン論文に触発されて『楽園の泉』を書いたと言われています。
 ということは、小松氏の着想の源流は西側世界の研究ではなく、やはりユーリ・アルツターノフによる1960年のエッセイにあるのでしょう。我が軌道エレベーター派の憶測ですが、1961年に早川書房の『SFマガジン』がその翻訳を載せているので、そこから着想したという流れが自然だと思われます。


3. 初出の謎
 ただし、軌道エレベーター派が確認した限り、本作の初出年月日に疑問が残りました。本作を収録した1979年発行の短編集『まぼろしの二十一世紀』(集英社)には、本作の初出を「昭和四〇・一・一一『毎日新聞』掲載」とあります。その後の『小松左京ショートショート全集①』(勁文社)などでも同じ初出が記されています。
 一方、『果しなき流れの果に』はSFマガジン1965年2月号から連載を開始しました。昭和40年=1965年。そして1月11日の新聞と2月号。近年は「2月号」って1月中に発売することが多いので、以前、このコーナーで『果しなき流れの果に』を扱った時から「初掲載はどちらが先だったのだろうか?」と疑問に思っていました。一般の人にはどうでもいいことでしょうが、軌道派的には重要な歴史なのです。
 普通に考えれば『通天閣発掘』の方が先なんです。『果しなき流れの果に』で軌道エレベーターが登場するのは三章からで、本格的に記述されているのは四章ですから、初回から出てくるわけない。しかし1次資料にあたって調べる姿勢は取材の基本。図書館で調べて参りました、はい。で、結論から言うと「わからない」。以下、詳細を説明します。

 まず『果しなき流れの果に』ですが、確かにSFマガジン1965年2月号から連載開始していました。そして三章は4月号。発行日付は「昭和四十年四月一日発行」となっているものの、一般的に発売日とは一致しないので無視しますが、とにかくも『果しなき流れの果に』における軌道エレベーターの記述が初めて世に出たのは、1965年3~4月となります。ちなみに5月号掲載分の扉には、軌道エレベーターとおぼしきイラストが描かれていました!

 問題は『通天閣発掘』の方。毎日新聞の縮刷版で1965年1月11日の紙面を調べてみたところ、載ってない (゚Д゚)!?この日は月曜日で、念のため前日も翌日も調べたみましたが見当たらない。1月1日から通しで探しても、同じ日付の朝日、読売、日経を見てもない。同じ短編集収録で「昭和四一・一一・二〇『毎日新聞』掲載」の『長い旅』は掲載されていたのですが、『通天閣発掘』は前後の年の1月11付紙面にもなく、ここで調査の手が止まってしまいました。

 現在のところ、『通天閣発掘』が1965年1月11日の毎日新聞に掲載されたという直接証拠は見つからないままです。そして申し添えると、K.E.ツィオルコフスキーは、1895年に出版した『空と大地の間、そしてヴェスタの上における夢想』で軌道エレベーターの原初的構想を紹介しており、これを「文学」としてみなせば、短編では『通天閣発掘』よりはるかに古い "軌道エレベーター文学"(神話や旧約聖書は文学とはみなさないとして)と言えるでしょう。
 これらを整理すると、軌道エレベーターが登場した文学作品は、長編では『果しなき流れの果に』が世界初の作品であるのは確かで、短編も含めた場合、「収録本の表記が正しければ」という注釈つきで、『通天閣発掘』が日本で最初である。これが我が軌道エレベーター派が確認した限りの結論です。今後、機会を見つけて調査は続けたいと思いますが、有力な情報をお持ちの方、ぜひお知らせください。軌道派の同志の諸君、情報求ム!
 何にしても、「日本は、恐らく軌道エレベーターという概念が世界でもっとも広く、一般的に行き渡った国ではないかと思われる」(『軌道エレベーター 宇宙へ架ける橋』より)とあるように、「軌道エレベーター」という名称が定まる遥か前から、日本は誇るべき軌道エレベーター文化史を持っていました。軌道派としては、この系譜を絶やさず続けていけるよう努力したいと思います。

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