試合の後ピーターとジウンとそして時々その友達たちとお持ち帰りのハンバーガーを食べながら夕暮れの海岸線を、窓を全開にして風にあたりながら80’sの音楽を聴きながら帰る。その車の中で食べるハンバーガーは格別の味であった。
私がスポーツを競技したのは海外であるが、やはりこちらに帰ってきて思うことは、日本と外国ではかなりの温度差があると言うことだ。私から見たら日本人の競技者はお互いがすごく仲がいい、試合後にあいさつに行くのなんてまさにそうだが、試合後談笑なんかしている姿を見ると拍子抜けしてしまう。アジア大会のある競技で中国人に暴言をはかれた時に競技者があれは通訳の間違いで、彼はいいやつだみたいなことを言っていたが、ここまで言ったらスポーツも平和ボケのレベル、私が理解できないのはクラブなどで自分が練習に行かなくては迷惑がかかるという発想である。そこまで連帯意識を求めてどうするんだと思ってしまうが、日本人はいい意味でも悪い意味でも和を尊びすぎる傾向がある。向こうは多民族国家だ、日本人のようにほとんどが同じようなことを考え、行動するとは限らない、それゆえに対立が起きやすい。そういう感覚を日本人は持っていない、そういう視点で見たら何か少し違う。日本人は安易に仲良くしましょうと言いすぎる。
ノーランと言うバンタムからフェザー級あたりのウエイトのボクサーがいた。結構有名なボクサーで、ある時ジョージが彼のトレーナーと仲がいいので彼も含めて4人で食事に行くことになった。昼食をレストランでとったのだが、私とジョージそしてその対面にはノーランとそのトレーナーがすわった。ジョージとそのトレーナーは仲がいいので当然冗談を交えて話をしていたが、しかし私とノーランは口をきくどころか目さえもあわさない、そういう状態が10分、15分と続いて、たまりかねたジョージがはなしをふる。しかし私はその話にも「ああうん」ぐらいで、たぶんその時はお互い敵対心を持っていて、試合も2か月ぐらい前だったのでお互いもし自分のクラスにエントリーして来たら絶対ぶちのめしてやろうぐらいは思っていたと思う。結局スパーを今度やろうということで話しはおさまったが、当時の私は今では考えられないが、大した実力もないのに闘争本能だけは人以上に持っていたと思う。
今考えたら本当にアホだったと思う。それゆえにすごく痛い思いをしてきたことも事実だ。でも宗教や哲学を学び、そして何よりもボクシングを通してリスペクトすることを知ったし、最後は負けてしまったが、そのことを通して自分の小ささを知ることで、人間は無駄に争って生きるよりも助け合って生きるものだと言うことを知ることができたと思う。